矛盾が暴くもの
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、3/27です。
「でろでろでもまっぷたつにできるけど、ぼくとうよごれちゃうからやだ」
「だよねー。それは解るよ。腐ってないのはそれだけで良い事だよね」
「うん。くさってないのはやりやすいんだ! おれやすそうなところをねらうといいんだよ!」
にこにことひよこちゃんが、アンデッドを切る時の心構えを語る。
ダンジョンだしね。燃やすとちょっといけない時もあるし、物理で何とかなる時は何とかした方が良い。ブラダマンテさんもそう言ってた、多分。
「たしかに矢もスリングショットの礫も、腐ってるよりはミイラの方が当てやすいもんな」
「くさってると、びゅんっていしがあたるとかんつーしちゃうもん」
ほらー、グールとかゾンビとか人気ないんだよ。私が嫌いなのも仕方ないことじゃん?
そんなようなことを話すと、レグルスくんは勿論奏くんも紡くんも理解を示してくれた。触りたくないんだよ、腐ってるし。
でも先生方はちょっと微妙なお顔だ。
「呪術的な要素で作られるミイラの方が、実はモンスターとして強いんですけどね」
「自然にそうなった物でも、グールやゾンビより防御力も高いんだけど」
「そうそう。呪術的に作られた物って魔術使えたり厄介だよ? 昔の権力者の御遺体だったなんて落ちもあったりするし」
昔の権力者の御遺体はちょっと相手にしたくないかもしれない。文化財的に。
人は不老不死に夢を見る。前世もそうだったけど、今世もそうらしく、古来の権力者は不老不死の研究に余念がなかったみたい。アンデッドっていう魔物が人々を脅かすことも往々にあるのに、だ。
だからか権力を永遠に保持したいと考えない権力者は、逆に自分がアンデッドとして蘇らないように、然るべき処理を後世に託すこともある。
帝国なんかはそう。
霊廟を作ってはいるけど、基本的に火葬。霊廟は一日一回確実に霊験あらたかなお香で浄化されるそうだ。菊乃井家のお墓もあるけど、葬られた人がアンデッドにならないような処置は当然してある。
以前、仕事の合間を縫って先祖の墓参りをしたんだけど、実は祖母はそこにいない。あの人は灰を川から海へと流してほしいと、ロッテンマイヤーさんにお願いしていたそうだ。
菊乃井のお墓も火葬して骨を埋める式だけど、父も母も埋めたかの確認はおろか葬式さえ形式的に顔をだして終わり。全てロッテンマイヤーさんにぶん投げてたから、その希望を叶えるのは容易だったそうだ。
前世、お墓の中に私はいないという弔いの歌があったけど、まさしくそうだったという。
懺悔するように青褪めて告げられたけど、その時も今もそれが故人の望みで法に触れないならそれでいい。実際そう返したら、ロッテンマイヤーさんはほっとした顔をしてたな。
死者が生きてる人間を悩ませる方が、個人的には罪深いと思うけどね。
うちの葬儀とかは今どうでも良くて。
権力とか冨とかそういう物に執着があると、最悪モンスターでも良いから不死でありたいと思うのかアンデッドにならない処置をしない。もしくは意図的にアンデッドとして蘇るように呪術を使うってこともあるとか。
逆に王様が名君過ぎて、国民が蘇りを画策するって事もあったみたい。そんな話がお伽噺にもある。
結果? 死者が治める国は、この世の何処にもない。そういう事。
天地の礎石は墓所じゃないので、権力者のミイラとやり合うとか面倒そうなのはなさそうだ。
代りにどこからか迷い込んで死んでしまった動物や魔物、旅人がアンデッド化したものと戦わなくちゃいけないみたい。
この階に着いた時に弦打の儀で浄化したのも、その辺のミイラだ。
で、壁画の探索は続く。
見つけた壁画に描かれてた場面は、主が沼にいた場面、その主が沼から出ようとした場面、沼の主が完全に沼からでた場面、そして沼の主が背中に人を乗せている場面だ。
単純に考えて、沼に主がいた場面はそのままの意味、沼から出ようとしている場面と沼から出た場面では主の容姿が変わっているから時間経過があったとする。そうなると、だ。
「沼から出ようとした場面は、立ち退き交渉中。沼から出た場面は立ち退き交渉が成立したって感じ?」
「沼から出ようとするところと、沼から出た後じゃ季節が変わってるっぽいから時間がかかったみたいだけど……」
「何故時間がかかったんだろうね?」
メモと顔を突き合わせて推理すると、ヴィクトルさんとラーラさんがそれぞれ疑問を口にする。
沼から主が出た後の場面で、その背中に人が乗っている絵があるからここは交渉成立して生贄を受け取った場面で良いだろう。
ただ人を乗せているって言っても、背負ってるような描き方なのはなんだろう?
「……いけにえのひとがけがしてたから?」
私が口にした疑問に、おずおずと紡くんが答えた。疑問形なのはそれもまた推論でしかないからだし、やっぱり村人が孤児に暴力を振るったという人の残虐性を認めたくない部分もあるんだろう。
証明終了とするには情報が少ない。
もう少し手がかりを探すことにして、フロアのまだ行ってない部分を見て回ることに。
壁画は全て建物の中心部である心柱的な物を囲うように描かれていて、それをくるりと一周。
その最中、ヴィクトルさんが「ん?」と一瞬首を捻った。そして心柱を囲う壁と、その正反対の壁を見比べる。
「ちょっとあーたん、こっち来て?」
「はい」
そう言われて着いて行った先は、沼から主が完全に出た壁画と、主が背中に人を背負った絵の中間。その正反対の側の壁だ。
壁には渦巻の意匠が施されていたけれど、それを鋭く睨んで「あった!」とヴィクトルさんが大きな声を出す。
「何があったんです?」
「この渦巻の装飾の下に、壁画が隠してある」
「え!? ど、どんな!?」
じっと渦巻の下の絵に、ヴィクトルさんが目を凝らす。ややあって、大きなため息と共にヴィクトルさんは肩を落とした。
「人が人に暴力を振るってる場面……」
「それって……!?」
ヴィクトルさんがみたものは、棒みたいなものを振り上げた人間と思われるものが数体、同じ姿ではあるけれど棒を持つ者より幾分か小さい存在を取り囲み、棒で叩いているように見える場面だそうで。
「なんで、ここだけ……?」
呟いた物の、心の中では「そりゃこれが見られたくない不都合な真実だったからじゃん?」と答えが返って来る。
今まで見ていた壁画とは正反対の場所、それも渦巻の意匠で塗り潰して隠すなんてそういう事だろう。
けれど。
「みつけてほしかったのかな?」
「え?」
レグルスくんはそうは思わなかったのか、首をこてんと倒す。
「だって、にぃにみたいにしんせいまじゅつつかえるひとと、ヴィクトルせんせいみたいにいろいろみえるひとがきたらわかっちゃうもん。かくしたかったけど、みつけてほしかったのかなって」
「そうかもな。隠しておかなきゃマズいくらい悪い事だって解ってるけど、それと同じくらいこんなことはしちゃいけないんだって誰かに言ってほしかったのかもしれないぜ? もしくは謝りたくても謝れないから、バレて責められたかった、とかな」
奏くんもガシガシ頭を掻きつつ苦笑いだ。
そうかも知れない。
人間っていうのは矛盾したことを平気でするもんな。
何処かで孤児に暴力が振るわれた事に対して、申し訳なく思った誰かがこういう風に隠しながらもその事実を残そうとしたのかも知れない。
ただ、やったのが職人さんで単独の思い付きなのか、この建物の施工主なのか気になる所だな。
「隠し壁画がまだあるかも知れませんね」
ロマノフ先生の言葉に、私達は頷いた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




