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9巻発売記念SS・「そんな事ってあるぅ?」と言いたいのはこっちの方

本日2回目の更新です。

書籍9巻発売記念SSをお楽しみください。

次回の更新は、3/13です。


 天界は人間が思うほど、娯楽に溢れている訳ではない。

 常春の憂いがない場所というのはそうなのじゃが、憂いがないという事は刺激がないのも同じこと。

 毎日毎日穏やかで同じような日々の繰り返し。

 そんな日々が続けば破壊衝動が生まれたりするもの。そうなるとそれを発散させるために暴れるものや、破壊行為をするものが出るのじゃ。

 古来、まだ世界が混沌としていた頃、頻発していた天変地異はそんな理由で引き起こされたものも中にはあった。

 吾達はそんな気まぐれで世界を歪めた神々を粛清しては、破壊される側の心持を学ぶように地に堕としてきたのじゃ。

 が。


「こんなことある?」

「そうはならんじゃろ……?」


 イゴールあに様と百華のあね様が額を突き合わせて、下界を映し見る水鏡の前で顔を歪めていた。


「あのさ、百華……」

「ええい、解っておる。皆まで言うな!」

「いや、だってさぁ」


 水鏡に映っているのは吾の友にして、師でもある鳳蝶じゃった。それだけでなく鳳蝶の教師達も。

 彼らも姉様と兄様と同じく顔を合わせて苦い顔じゃ。

 事の始まりは、鳳蝶の領地に生ける武器に寄生された娘がやって来たこと。

 彼の娘に憑いた生ける武器の中には、かつて吾達が粛清した神が宿っていると言う。けれど更にそこから、問題が拡がった。娘が連れて来た婚約者のドラゴニュート。かつて神になるのだと喚いて封じられたなり損ないに、呪いをかけられた者の末裔と言うではないか。


「何という災難発生率なのじゃ……」


 吾は思わず言ってしまった。

 これはちょっと酷過ぎるのではないかえ?

 ただ見ているだけの吾ですらそう思ったのじゃ。当事者の鳳蝶はもっとそう思ったのじゃろう。


『姫君のお力を疑う訳じゃないけど、これって本当に厄除けされてるんだろうか……?』


 小さな鳳蝶の心の呟きが聞こえた。

 そうじゃろうとも。

 だって酷すぎるじゃろ。

 吾も一緒に行かせてもらった真珠百合の実の採取。あの時に拾った男が元で、ルマーニュ王国とやらいう国の冒険者ギルドに目を付けられ、喧嘩を売られ。更にその対処の最中に火神であるイシュト兄様の、訳の解らぬ信者共とも事を構えることになったのじゃ。

 おまけに、これは吾も感謝せねばならぬことじゃが、帝国の皇子兄弟の仲直りも手伝って……。

 厄介事が、鳳蝶の元に集中しすぎでは?

 そう言葉にしようとして、吾は息と一緒に色々を飲み込む。

 隣の百華の姉様の手の中で、いつも持っておられる薄絹の団扇がみしりと軋んだのじゃ。

 慌ててイゴール兄様がとりなす。


「あの、鳳蝶も悪気があって疑ってる訳じゃ……」

「解っておる!」


 ぴしゃりと姉様は答えた。お顔を見れば、姉様は怒っているというより、物凄く困ってるというか戸惑っているような雰囲気じゃ。

 吾も少し戸惑い気味に「姉様?」と声をかける。すると姉様は大きなため息を吐かれた。


「何故じゃ……? 妾の厄除けは完璧ぞ? 完璧の筈なのじゃ! しかし……」

「次から次によくもまあこれだけ引き寄せるよね?」

「うむ。妾の厄除けをもってしても避け得ぬものは必要な試練じゃ。しかし、それにしたってちと多すぎではないかえ!?」

「あー……ねー……」


 姉様の困惑しきった言葉に、兄様が天を仰ぐ。

 天上の天はいつでも瑞雲が漂う青空、そこを虹色の尾をたなびかせて鳳凰が飛ぶ。

 偶に吾の古龍や兄様の古龍が飛んでいたりするが、それは今はどうでも良い。とにかく長閑なのじゃ。

 その長閑な中、地上のお蔭で吾と姉様と兄様は阿鼻叫喚であった。


『や、姫君の厄除けでこの程度ですんでるとか、そんなことあ……りそうだね?』

『怖い事を言わないで下さいよ、ヴィーチャ!?』

『だって尋常じゃないよ、この騒動集まり具合!?』

『ぎゃー!? 止めてくださいヴィクトルさん!』


 地上も阿鼻叫喚。

 この世の終わりでも来たような騒ぎの中、また姉様の手の中で団扇が軋んだ。

 恐る恐る吾も兄様も、姉様を見る。すると姉様の身体は少し震えていた。


「そ、そうじゃ。ひょっとすると、妾、手を抜いたのやもしれぬ……」

「へ?」

「姉様?」

「こう、無意識に! 無意識に適当で良かろう、と……」


 乾いた笑いを浮かべて、姉様が目を水鏡から逸らす。


「でなくば、恐ろしすぎるじゃろ!? 妾の厄除けが効かぬほどの、どんどこやって来る災厄なんぞ!」

「たしかに百華の厄除けでさえ防げない災難が沢山やって来るとか怖いよね。それ位なら手抜きしたって思う方が、まだしも……」


 そう、じゃろうか?

 吾はそっと地上を見る。

 だって百華の姉様の厄除けが手抜きで、それが災厄を遠ざけられない要因であれば、手抜きとは言え神としての力が災厄に押し負けているということでは? 寧ろその方が問題な気がするのじゃが……。

 ぼそっと呟くと、姉様と兄様がぴしっと固まった。


「……いけない。艶陽、それ以上はいけない」

「あ、はい」


 凄く真面目な顔で兄様が止める。

 きしきしと姉様の手の中で泣いていた団扇が、とうとうぱきりと折れた。

 あ、まずいことを言ったかも知れぬ。


「艶陽、妾は手抜きなどしておらぬぞえ?」

「はい。姉様は完璧!」

「うむ。妾は完璧なのじゃ」


 姉様の手の中には頭と柄が離れかかっている団扇がある。

 ごめんなのじゃ、吾が迂闊な事を言ったばっかりに。あとで修繕に出してやる故、ゆるしてたも。

 可哀想な団扇に詫びる。兄様も複雑な顔で団扇を見ているから、きっと元通り直してくれるじゃろ。

 じゃが、問題は片付いていない。

 何故鳳蝶の元にこうまで災難が集まるか、まるで見当もつかない。

 厄除けはされている。でもそれをすり抜けるように災難がやってくるのは何故なのじゃ?

 三人で頭を寄せて考える。

 すると地上で動きがあった。

 鳳蝶達の悲鳴に鳳蝶の守り役が部屋に飛んできたのじゃった。

 騒ぎの理由を聞いて、彼女は鳳蝶に跪いて手を握る。


『旦那様。今までも大きな騒動はございました。けれども旦那様は周囲の方々と協力して、全て乗り越えて来られたではありませんか。今回の事もきっと越えられぬ試練ではないからこそ、いえ、旦那様でなければ越えられぬ試練だからこそ、困難を背負った方々が菊乃井にいらしたのでしょう。私も微力ながら、お手伝い申し上げます。今まで通り何なりとお申し付けくださいませ。ええ、旦那様お一人には致しませんとも』


 守り役の言葉が響く。鳳蝶だけでなく、天上の吾達にも。

 そして閃く事があった。


「姉様、我らの加護のせいでは?」

「は? 加護のせい、じゃと?」


 鳳蝶には吾達が加護をこぞって付けている。それは上手く作用すれば、付けられた人間に幸運をもたらすもの。

 でもそれは時に応じて人に恵まれるという形や、手元に冨が舞い込む、或いは急に病が治るという不定形の現れ方をするもので。

 イゴール兄様と百華の姉様が首を傾げた。


「え? つまり、鳳蝶に必要な人脈を作ったり、お金儲けのきっかけになる人間を連れてきたり、その時々で鳳蝶の所に必要な人材や物を運ぶために、災難って形になってるってこと?」

「思えば、あの時拾った男のお蔭で戦う事にはなったが、鳳蝶は領地と地位と名声を手にいれたのじゃ。皇子達の仲を取り持ったことで、更に先が明かるくなった。他にも渡り人を拾って、歌劇団計画を進められて領地は潤い、空飛ぶ城を手に入れて劇場も確保できたのじゃ」

「そう言われてみれば、中々によいように進んでいっておるのう?」

「はい。鳳蝶本人がそうなる努力をしたのもありますし、災難を良い方に動かそうと頑張った結果ではありますが。でも切っ掛けは大概災難からなのじゃ」


 思い返せば鳳蝶は災難を好機へと、才覚と人材の力で変えて来た。

 そしてそれは益々鳳蝶の力になったのだから、試練とは言い得て妙。そう考えれば、これは吾達の加護の齎す幸運の形ではなかろうか?

 こじ付けと言われればそうじゃが、できれば吾はそうあってほしい。


「でなかったら、鳳蝶の運が百華の厄除けでさえどうにもならないくらい悪いって事だもんね……」


 若干目を逸らしたイゴール兄様に、吾と姉様は遠くを見る事しか出来なかった。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
ひたすら鳳蝶界隈を強化してやっと太刀打ちできる特大の厄災が待ってるんですね 白目
着々と神様になる下地を積み重ねていっているようにも感じますね。常々姫君の臣であることを神様ら相手に発言していることで言霊となって自身に返ってきてる的な(笑) (永遠に)姫君の臣としてあるために、あるが…
[良い点] 厄災「試練です!!通してください!!」 よくよくみると、ちゃんと面々のレベルに合わせたことしか起こってないとも言う。いきなり空から隕石がふってくるとか、星の裏から人類を滅ぼす悪の大魔王が…
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