ふらり遺跡旅情
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本日20時に2回目の更新を致します。
書籍9巻発売記念SSをお届けします。
殺気は特に感じないし、ぽちも肩の上で眠ったまま。
なので姿が現れるようになるまで待っていると、陽気な鼻歌が聞こえて来た。だけど歌詞がちょっと不穏というか明るくない。
前世の古典の授業で習った「ゆく川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」とか「驕れる人も久しからず。ただ春の夜の夢の如し」とか、そんな世の中を儚む感じがある。
どう生きても最後に死ぬんだから、それまでは笑って過ごそうぜって事なのかな。
徐々に建物の陰からその人の姿が浮かび上がる。
全体が見える前に、その人が手を振った。
「おーい! 旅のお人かーい!?」
女の子の声だ。
皆で顔を見合わせてから「そうだよ!」と、ラーラさんが声と手を上げた。
するとひたひたって感じの足音が、弾むような音に変化する。走り出したのか、女の子の形が現れるのは早くなっていく。
ちょっと待っていると、赤茶の髪を一つぐくりにした女の子が、大きなバスケットを抱えて走って来た。
着ている物はこの辺の民族衣装なのか、丸首の上衣に下は巻きスカートにサンダル姿。小麦色の肌が健康的だ。
にこやかに手を振って「果物とかお菓子いらないかい?」って。年の頃は十四、五歳くらいかな。
「おかしだって!」
「あまいの?」
ひよこちゃんと紡くんが目を輝かせる。
「甘いのもあるよ! 果物も、良い感じに熟してンだけど、どう? 安くしとくよ?」
女の子はぱかっとバスケットを開けて中を見せてくれた。そこには紫の皮の細長い実や、ザクロに似た果実、木の実を入れて焼いたクッキーやこんがり焼けた小麦粉の棒のようなものが。
「紫のが猩々酔わせの実っていって、この辺りに住む大きな猿に似た魔物の猩々の大好物さ。猩々が食べれば酔っ払うけど、人間にはほっくりして甘い芋みたいな味なンだ。それで赤いのが紅玉柘榴。実の中にもしかしたら魔紅玉が入ってるかもね?」
「はー、猩々酔わせの実ってこんななんですね!」
「そうさ、珍しいだろ? この辺にしか出回ンないだよ。紅玉柘榴なんて、ありがたがって近隣の金持ちが買い占めちゃうからさ」
猩々酔わせの実って、楼蘭の伝統的なお菓子に使われてる実。足が速いから帝国にまでは中々出回らない貴重な果物だ。紅玉柘榴は魔素の多い所で育った柘榴で、その粒の中に魔力が凝ってルビーのような輝きの石が出来る。それが魔紅玉と呼ばれるものだ。紅玉柘榴自体が珍しく、魔紅玉は更に希少。そら買い占められるわ。
お菓子は彼女の家で作られたアーモンドや松の実を入れて焼いたクッキー、小麦粉の棒は揚げドーナッツみたい。
どうしようかと思っていると、ヴィクトルさんが「それ」と紅玉柘榴を指差した。
「こういうのは旅の記念だしね。その紅玉柘榴をもらうよ。あとは……どれがいい?」
そう私達に尋ねてくれる。
うーん、そうだな。
「あの、猩々酔わせの実って凍らせたりできます?」
「あんまりお勧めしないよ。味が落ちちゃうからね。今から楼蘭の町に持って帰っても、お菓子にするにゃ厳しいかな」
「おう、じゃあここで食べた方がいい?」
「そうだね、火の魔術が使えるなら炙ってもらいな。そのエルフの兄さん達、エルフなんだから魔術使えンでしょ?」
「ああ、火を通した方が美味しいんだ」
なるほど。行商のお姉さんが親切に教えてくれる。先生達もお姉さんに色々話しかけていた。
それで結局猩々酔わせの実を人数分と、ヴィクトルさんが紅玉柘榴を一つ、私と奏くんが木の実入りクッキーを、レグルスくんと紡くんが揚げドーナッツを購入。
金額は全部で金貨一枚と銅貨少々。紅玉柘榴が金貨一枚だ。まあ、紅玉柘榴は楼蘭では最低金貨三枚だもんね。魔紅玉は一粒あれば金貨五枚はお約束だから、損はしない。あれば、なのが味噌。ちょっとした宝くじみたいなもんだよね。
「一杯買ってくれて助かったよ」
「いえいえ、珍しい果物が買えたので!」
ほくほく顔のお姉さんに、私も笑って返す。お姉さんはぽりっと頬を掻いた。
「いやぁ。猩々酔わせの実なンてさ、あたしンち隣にいくらでも生えてンだけど、楼蘭に持っていくにしても傷のあるヤツは買ってもらえないし無駄になっちまうンだよ。安くしたら買ってもらえるけど、それだって一つか二つだからね。あたしが食べるって言っても、毎日じゃ飽きちゃうし。紅玉柘榴の実もそうだよ。おなじ柘榴で魔紅玉が入ってるかも解ンないっていうのに、傷があったら買い取れないとかさ」
「なるほどー」
こくこくと頷くひよこちゃんと紡くんに、お姉さんは目を丸くする。それから二人に「賢いねぇ」なんて声をかけてくれた。
そうして「よいしょ!」と気合を入れて、バスケットを肩で担ぐ。
「そうだ。沢山買ってくれたお礼に、あたしの村に伝わるこの遺跡の伝説を教えてあげるよ」
「伝説ですか? それは知りたい!」
声をあげると、皆が頷く。その様子に、お姉さんが髪を少し揺らすと、「むかーし、昔」と語り始めた。
それはこの地にあった沼の主が埋め立てに際して生贄を求めたってとこまでは同じ。違うのはそこからだった。
「生贄は実は生贄じゃなかったンだって」
「どういうことです?」
「実は、その沼の主と孤児は友達だったンだよ」
「え……?」
思いもよらない言葉に、皆困惑を隠せない。
お姉さんの話は続く。
沼の主は、もうすぐ神様になろうかと言うくらいには徳高い存在だったそうな。
だからか住み慣れた沼を人間の勝手で立ち退いてくれと言われても怒らなかった。それどころか人間達が自分を追った事に罪悪感を感じないよう旅に行こうとまで言ったそうだ。そしてその連れに、人間の友達の孤児を指名したとか。
「その孤児、村で辛く当たられてたみたいなンだよ。それで神様が同情して、連れて行きたいって言ったそうだよ。だけどそれがどう村人に伝わったのか、孤児は瀕死の状態で沼の主の前に引き出された。これには徳高い沼の主も怒り狂ったンだとさ」
「それで村が全滅した……と?」
「あたしの村ではそう言われてるよ」
「ははぁ、なるほど」
そりゃ友達に手出しされたら怒り狂うだろう。気持ちは解るな。村人たちにも同情できない。だけど、本当に?
やっぱり私の中の【千里眼】が「否」と言う。奏くんの【心眼】もそうみたいだ。微妙に眉を寄せてる。
「ま、事実は歴史の彼方だね」
そう言うと、お姉さんは「毎度あり!」と、手を振りつつ元気に去って行った。
他にも人の気配がするから、商売にはなるだろう。
お姉さんの背中を見送って、奏くんに声をかけた。
「どう思う?」
「んー……沼の主じゃないと思う」
「だよね」
どうしてか、徳高い沼の主と復讐と言うのがかみ合ってくれない。
どんなに高潔な人でも、自身の大事な物を他者に傷つけられたら怒り狂うものだろう。それは全くおかしいことじゃないのに、何故か予感は「否」とサインを出し続けていた。
「他に第三者がいるのかな?」
「かもな」
こういう時に予知系スキルがあるってのは何か面倒だ。はっきり見えないくせに、予感だけがひしひしと伝わって来るんだから。
ガシガシと頭を掻いていると、ロマノフ先生が顎を擦る。
「上の階より地下の方に行きましょうか?」
「地下ですか?」
「はい。地下はまだ碑文や壁画の解読が進んでないんですよ」
「入ろうとするとアンデッドが凄く出るんだよね」
ヴィクトルさんの言葉に、頷きかけて一瞬止まる。だからミイラも骸骨も好きじゃないんだってば~。
だけどなぁ、気になるし……。
迷っていると、がしっと奏くんが私の肩を掴む。
「行こうぜ!」
サムズアップした奏くんの腰には、顔に「行きたい!」って張り付かせた紡くんが引っ付いている。
いや、でも、私……。
「にぃに、れーほんとうのことしりたいな!」
ぎゅっと拳を握り込んでひよこちゃんが、私の腰に張り付く。
よし! お兄ちゃんに任せなさい‼
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




