煙はなくとも伝説は作られる
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何か大きな事でも小さな事でも、やるとなったら根回しと手回しが必要なんだ。それを惜しんだ結果、物事を失敗したり敗北したりっていう例は前世でも今世でもよく聞く話。
菊乃井でコーラを知ったジャミルさんは、今次男坊さんのところでジンジャーエールの開発に勤しんでいるそうだ。
私がアイデア出したんだけど、生産は彼方にお任せ。だって次男坊さん宅の領地、ショウガの名産地らしいから。
Effet・Papillon印のコーラとポムスフレのセットは、試験的に菊乃井の町のフィオレさんのお宿でも、菊乃井歌劇団のカフェでも幕間のおやつとしても売られることになった。
評判は上々。あまりお安くはないからこそ、ちょっとした贅沢品としてうけてるらしい。この調子なら、他でも流行るかも知れないな。
丁度その相談にジャミルさんは菊乃井に来ようとしてくれていたそうだ。そこに私からお客の紹介をしたいとの話だったから、すぐに来てくれて。
なんと彼は董子さんが作った人類にはまだ早いカンタレラを気に入ったらしく、その試作品の味見を条件に彼女のスパイスお取り寄せの依頼を格安で受けてくれることになったのだ。
あと、董子さんがカンタレラをもっと辛くしたい理由を聞いたってのもある。
ノエくんと識さんの境遇を聞いた彼は、その目を潤ませて「世界ハモット子ドモニ優シクアルベキデス」と深く嘆いてくれたそうだ。そして、彼に出来る事は手伝ってくれるとまで言ってくれた。
世界は悪い人ばかりでは成り立たない。寧ろ善意の人の方が多いのだ。ただその善意が上手く作用しないとか、一方的とか、独りよがりになってるとかで、よろしくない方に行きがちなだけで。
前世、真面目に仕事をこなしていてさえ首を締められたり、殺してやると叫ばれた「俺」は、そう思う事で自身の心を守っていた。それだって間違いじゃない。
私の日常はそんな難しい話から、そうでないものまで沢山だ。
そうやって合間に仕事を片付けて、やって来ました次なる休暇場所への出発日!
晴天。夏の菊乃井って結構晴れが多い。
ラーラさんによるとその古王国時代の遺跡っていうのは、楼蘭教皇国の近くにあるそうだ。
遺跡という事で、一応人工迷宮の扱い。なのでその中で道具さえあれば寝泊まりも可能だ。でも体調が万全の方が良いって事で日が暮れたら菊乃井に帰って、翌日また来ることになってる。
難易度的に、二日あれば踏破可能って感じ。でもじっくり遺跡を見たかったら、もう少しかかるみたい。
ばびゅんっと飛んだ楼蘭教皇国はその名の通り、教皇が頂点の宗教国家で主神は太陽の神なるえんちゃん様。
菊乃井で孤児院を手伝ってくれてるブラダマンテさんは、この国の最上位の巫女様だ。ちょいちょい先生方の何方かと一緒にお里帰りしていると聞く。
ブラダマンテさん的には地位に執着とかないし、寧ろただの巫女さんとしていられる今が凄く気に入っているんだそうだけど、政治的にそうはいかないってところもあるらしい。
楼蘭の上層部はえんちゃん様の加護を受けておられる人が殆どだけど、ブラダマンテさんほど近しい人がいないのが原因だそうだ。
私にまで在家の司祭にならないか、ブラダマンテさんを通じて打診があったほどだし。ブラダマンテさんもその打診には困ったそうで、上には「お断りされる事は明らか」と言いつつ私に相談という形で話を持って来られた。
私の主神は姫君なのを、ブラダマンテさんはご存じだもんね。
ブラダマンテさんの言ったように、私はその話をお断りした。でも別にえんちゃん様を崇めないって言うんじゃないし、えんちゃん様はその辺をご存じで「気にせずともよいぞよ」って、姫君を通じてお言葉をくださっている。
因みに、絹毛羊の刈り取った毛を使って、私は絹毛羊の王子であるナースィルをモデルにしたマスコットと、星瞳梟のお嬢さん・ハキーマをモデルにしたマスコットを作った。それは無事、姫君からえんちゃん様にプレゼントされたそうな。物凄く喜んでくれたって。良かった。
ぽてぽてと歩くぽちの背中に、私とレグルスくん、奏くんと紡くん、先生方三名が乗る。
楼蘭はマグメルとは反対に暑い。
ポチは砂漠出身だから、暑い所は平気なようで楽しそうだ。
菊乃井は涼しいから、暑い砂漠出身のポチはちょっと物足りない感じみたい。ゴロゴロと退屈そうにしていたから連れて来たんだよね。
ポチは自身の大きさを変えられるから、私達全員を乗せられるくらい大きくなって貰った。
乗馬の要領で背中に跨ってるんだけど、私より私に抱えられているレグルスくんの方が揺れてない。
「体幹の違いが出てる……!」
乗馬は私だって下手じゃない。年相応っていう評価を先生達にもヨーゼフにももらってる。だけどレグルスくんのしっかりしたバランスの取れ具合を見てると、なんか私と全然違うじゃん!?
レグルスくんの才能と修練ぶりにはわわとなっていると、後から声がかかった。
「もう少しで見えてくるよ」
楼蘭から出てずっと荒涼とした平原が広がっていた。あまりにも何もなさ過ぎて長閑だったのが、段々と粗い石畳のような地面に変化していく。
いつの間にか荒野は岩場が多くなり、中には壁の名残と思われる朽ちたものも見られるようになってきた。
遠くからでは豆粒ぐらいにしか見えなかった何かが、ポチの歩みと共に段々と建物らしいと分かるまでに。
「うわぁ……」
奏くんの驚きに満ちた声は、私達の総意だ。
見上げたその大きな建物は、天を突くように聳えている。まるで天に手を伸ばすが如く、高く高く伸びる尖塔は、しかしその中ほどが大きく破壊されていた。
「かつて天に手を伸ばそうとした不敬故に、この塔は打ち砕かれたそうですよ」
ロマノフ先生が、口を開けて塔を見上げる私達にそう教えてくれた。
いや、でも、神様方そんな事するかな?
私の知る神様方は、そういう事しない気がする。歯牙にもかけないっていうか、あんまり興味なさげな気がするけども?
首を傾げると、ラーラさんが面白そうに笑う。
「実際は単に雷が落ちただけみたいだよ。ブラダマンテさんがえんちゃん様に聞いた話だと、だけど」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「ああ。この建物『天地の礎石』って言われてるんだけどね。それを神様が壊したという伝説があるってお尋ねしたんだってさ。そしたら『あんなに高い建物を、雷が落ちる可能性も考えずに建てたことに驚いたぞよ』って、逆に言われたって」
「ああ……」
神様からすると、人間というものは時々恐ろしいくらい無謀を為すそうだ。
この塔もそう言うものの一つで、当時は「大丈夫かいな?」と思われていたっていうね。
「なるほど。姫君様は『放っておいた』と仰ってたし、そう言う罰的なことなさらない気がするって思ったんですよね」
私の言葉にレグルスくんも奏くんも紡くんも頷く。
姫君も氷輪様もお優しいし、えんちゃん様やイゴール様はご自身自ら人間と親しもうとなさってくださる。ロスマリウス様もイシュト様も、それなりに人間には愛着を持ってくださってるみたいだし。それは人間じゃなく、意志ある者すべてに言える事だとも思うけど。
でもヴィクトルさんは眉を八の字に落とす。
「まあ、でも、一概には言えないよね。伝説とかで生贄を神様から求められたって話もあったりするし」
「あ、そうだった……」
そう言えばそうだ。
雨乞いやら日照りの解消に生贄を求めたという話は、各地に神話として残っている。
それが六柱の神様の名前だったり、違う神様のお名前だったり、パターンは色々だけど。
「この塔にもそういう伝説があるんだよ」
ラーラさんの瞳がキラリと光を弾いた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




