新たな希望と弟の可愛さはプライスレス
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次回の更新は、2/17です。
空飛びクジラの墓場とその骨のありかは確認できた。次に来るときは、防具を作ってくれる職人さんと一緒に。
そうでなければどれがいい物か素人には解らないもんね。
この件はその時まで持ち越すこととして、夜はもう一度魔術市へ。
滞在三日目で、次の朝には菊乃井に戻る事になってる。
魔術市自体は年に何回か開催されるし、案内を貰えるようになった。
私も転移魔術が使えるようになったんだから、参加したい時は大人と護衛の人がいてくれたらそうしていいって事に。
でも私としては次は出店側に回りたいんだよね。
そう言うとヴィクトルさんがミルクティー片手に「出来るよ」と言った。
「出店したい時は魔術師ギルドに出店側での参加申し込みをするんだよ。そうしたら魔術市の開催日のお知らせと、店の場所を知らせる手紙が一緒に届くんだ。決められた場所なら、魔物や禁呪以外の魔術に関わる物なら販売していいんだ」
「じゃあ、私が個人的に作ったアクセサリーとかでもいけます?」
「うん。でもそうだな……アクセサリーも良いけど、石鹸もいけると思うよ」
「石鹸かぁ」
石鹸という言葉にロマノフ先生もラーラさんも頷く。
菊乃井の名物には禍雀蜂の蜂蜜があるんだけど、実はその蜜ろうを使った石鹸も密かに人気があるんだよね。仄かな蜂蜜の香りがいいんだ。私も使ってる。
けど石鹸に蜜ろうを使うのって、凝固させやすくなるからで他に効果があるかどうかはちょっと解らない。前世の記憶にもないっぽいから、手作り石鹸は「俺」の趣味の範囲外だったんだと思う。
でももっと、石鹸よりもっとこう、菊乃井に関わりある使い方があったような……?
悩んでいると、ロマノフ先生が「あ」と声を上げた。
「そう言えば叔父上、大根先生からメッセージが来たんですよ」
ホテルに帰ってお茶飲んで休憩してる間に、ロマノフ先生はメッセージを受け取ったんだとか。
内容はというと、一昨日の夜に合流して菊乃井にお連れしたお弟子さん・ヴィンセントさんの事。彼を連れ帰った事と、その研究の危うい所に気付いて、彼にそれとなく伝えた事に対してのお礼と、その研究を守るためにお国と協力することに対する理解とかそういう話。
特にヴィンセントさんの研究を守ることについては、自分の出来ない方法での守り方を考えてくれて有難いとまで言ってくれたそうだ。
彼の研究は菊乃井だけでなく世界を変えるもの。それを悪い方向に向かわせることは出来ない。心あるものなら皆そう考えるだろう。特別な事じゃない。
それに彼の研究するお化粧は歌劇団にも寄与してくれるだろうし。
そう考えたところで、ふっと思い出した。蜜ろうはアレだ。
「保湿クリームとか口紅……!」
「へ? なに?」
突然声を出したからか、隣にいた奏くんが肩をびくっと跳ねさせる。紡くんと前を歩いていたレグルスくんも、驚いたように私を振り返った。
「いや、蜜ろうだよ。たしか保湿クリームの材料になるんだ。それで口紅とかも作れた筈!」
「そうなの、にぃに?」
「うん。たしかそうなんだ。うち、ほら、蜂蜜有名でしょ? 蜂蜜取った後の蜜ろうで化粧品作ったらブランドとして出せるんじゃないかな?」
「あー……。でもお高いぞ?」
それ。
禍雀蜂はモンスター、それも結構強い。その蜜を取るのも難しければ、巣をどうこうとか難しい。味は最高なんだけど、採るのも最高に難しいから自然とお値段も良くなるんだ。
最高級の蜂蜜が産出されても、菊乃井がイマイチ潤ってなかったのは、その採取の難易度のせいなんだよね。私の家にそのお高い蜂蜜が結構あるのは、うちに採って来れる人がいるからだ。
これはアレかな。そろそろ次の事業に乗り出す頃なのかも。
私の呟きを拾ったラーラさんが首を傾げた。
「次の事業?」
「ああ、はい。養蜂を……」
「あ! ラシードくんにてつだってもらうの?」
養蜂という言葉に、すぐにレグルスくんが反応する。
そっかー、レグルスくん養蜂知ってるんだ? 凄いなぁ!
ふすふすと得意げに胸を張るレグルスくんの頭を撫でると、紡くんが奏くんを仰ぎ見た。
「にいちゃん、よーほーって、なに?」
「ああ、蜂を飼うんだよ。巣が作れるように箱を用意してやったり、蜂が好きそうな花を沢山育てて周りにおいてやったり、暑さ寒さから守ってやったり。そういう世話をする代わりに、蜂が集めた蜜やらを貰うんだ」
「へー、おせわたいへんそう……」
「生きてるからな。生きてるもんの世話は大変なんだぜ? 若様だってタラちゃんのご飯のために、大嫌いな巨大ゴキブリを集めてたりするんだから」
そうなんだよ。タラちゃん、あの巨大G大好きなんだ……。たまには一緒に獲りに行くけど、大概は冒険者さんへのお仕事として発注してる。それを受け取りに行く時が、本当にツラいんだ。死んでても気持ち悪いモノは気持ち悪いんだもん。
じゃない。思考が他所に逸れていく。
「女王蜂を説得して、折り合いをつけて共存共栄を目指すのもありかなって。ラシードさんには菊乃井で集落を持つっていう望みがある。そして人は生きていくのに生業が必要です。それには蜘蛛の糸の生産だけでなく、他にも何かあった方がいいと思うんですよね」
「なるほど。食い扶持はいくらあっても困りませんからね」
これは帰ってから、ラシードさんとの話し合いだな。場合によっては、雪樹の一族のところに乗り込む前に養蜂の実験をやらないといけないかもしれない。
脳内のスケジュールに予定を組み込む。
やらないといけない事が溜まっていく。ヒマよりは余程良いのかも知れないけど、さて。
煌々と魔術で灯ったランタンが広場を照らす。
手に持ったカップは魔術で保温しているから、ミルクティーは丁度いい温度だ。
気になるお店を流しつつ商品を見ていると、万年筆の持ち手が光を弾いたのに気付く。
思い立って、そのお店に近づいて万年筆を手に取った。
すると店主さんが「試し書きしてもいいですよ」と言ってくれる。それに甘えれば、紙に引っ掛かることもなくスムーズだ。
なのでレグルスくんに持たせてみる。ひよこちゃんは不思議そうな顔をしていたけど、私と同じく試し書きをすると「おお」と感嘆の声を上げた。
「かきやすい!」
「そっか。じゃあ、二本買おうか」
「え?」
「一本は和嬢にプレゼントするといいよ。お揃いの万年筆でお手紙書いてくださいって」
「!」
ほわっとレグルスくんのお顔が笑顔になる。大好きな女の子とお揃いの持ち物とか良いと思うんだぁ。
因みにこの万年筆、魔力を通して手紙を書くと、書いた人の声が文字に封じられて、手紙を読んだ時にそれが読む人に聞こえるっていう道具だそうだ。
二本買うと、その両方をレグルスくんに渡す。それをいそいそ大事にひよこちゃんポーチに仕舞うと、レグルスくんはモジモジと両手の人差し指をつんつん合わせた。
「あのね、にぃに。れー、なごちゃんにおリボンあげたいんだ」
お? おお?
身体を恥ずかしそうに左右に揺らす。実際頬っぺたが夜目にも解るくらい赤いレグルスくんを見ていると、宇都宮さんが静かに背後から私に耳打ち。
「旦那様、レグルス様は梅渓家のご令嬢に似合うおリボンを自分のお小遣いで買われたいって仰ってまして……」
「えー、かーわーいーいー!」
「それに幻灯奇術を付けて差し上げたいのだそうです。いつも一緒にいるみたいに思えるような」
「なにそれ尊い」
勿論協力するに決まってんじゃん‼
ぐっと握りこぶしを固めていると、奏くんが生温い視線を私に寄越す。
「なに?」
「いやぁ、若さま前にシオン殿下が兄ちゃん好き過ぎみたいな事言ってたけどさぁ……。人のことは分かるけど、自分の事は中々解んねぇんだなって」
「どういう意味かな?」
「え? そういう意味」
にこっと笑う奏くんも人のことは言えない筈だ。
だってどんなに書いても魔力を注げばインクが尽きない万年筆を、使うヤツと予備と予備の予備買って、そっと紡くんに渡したの。私、見てたんだからね!
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