旅するクジラの背に乗って
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「それはご苦労だったなぁ、少年」
呵々大笑って感じで大きなオーロラを纏うクジラが、腹を揺らして笑う。めっちゃ大きい。前世のテレビ番組でみたシロナガスクジラって感じ。
その目はクリっとしていて、理知の光があった。
空飛びクジラの長老様なのだ。
キアーラ様から回収を「お願い」って名目の押し付け依頼された、かつての彼女の王権の象徴であるアクセサリーなんだけど、なんと誰にも取られないようマグメル大聖堂の避雷針の上にぷかぷか浮かべられていた。
飛行型モンスターが近付かないよう、念入りに隠蔽されて。
見つけられたとしても、ゴイルさんか夢幻の王に関わりある誰かしか触れないような呪術的な仕掛けはある。けれどシステムをキアーラ様が肩代わりすると、この呪術的な縛りが消えて、誰でも触れられるようになってしまうのだとか。
このアクセサリーは単体でも、魔力をそれなりに持つ者が触れれば、立ちどころに天は曇り嵐が起こる。逆に嵐の酷い所でアクセサリーの力を解放すると、嵐を消し去ることも出来るんだそうだ。
天気を自在に操る。それは天変地異を人為的に起こすのと同義だ。
神様のいる世界でそんなことが出来る人間は、そりゃ神様の御使いやらなんやらと目されてもおかしくない。
神に選ばれた。そう喧伝して王権の強化や正当性が図れる訳で、これを利用すれば何の変哲もない人間でも「神様に選ばれた」と言って王に譲位を迫ることさえ出来た。
今はというか、帝国は皇族が艶陽公主様の御加護を持つお血筋だから、そういった心配はないんだけど、他国の神々の加護を持たぬ王族にとっては脅威だよね。
そんな危険なものはとっとと回収して然るべきところにお任せすべし。
そう思って嫌々回収作業に入ろうとしたんだけど、問題発生。
私、そんな高いとこまで行けない。っていうか、行きたくない。じゃあ、ゴイルさんに取って来てもらえばって思ったんだけど、キアーラ様がシステムの肩代わりする儀式に、ゴイルさんもいなきゃいけないっていう……。
だから行き当たりばったりで儀式をやろうとか言わないでほしいんだよな!
若干イラつきが増したんだけど、これを解決してくれたのがヴィクトルさんだった。
丁度渡りでこっちにいた空飛びクジラの長老様にお声がけしてくれたのだ。
この長老様、面白いこと大好き。
なので今回のマッチポンプ自己中女神様による痴話喧嘩の詳細をお話したら、「そのツイているのか、いないのか解らない坊やに会いたいから手伝おう」って来てくださって。
もう一回私が最初から最後まで、私の主観だけで話したらめっちゃ笑われた。
「なんかもう、どっと疲れました……」
「解る、解るぞ。ここの女神殿、少々思い込みが激しいのだよ。悪いお人ではないのだがな」
「ええ、はい。それはそうだろうなと思います」
キラキラ輝く満点の夜空。
昼間の荒れっぷりがやっぱり嘘のように治まった。
高い高い避雷針に長老様の背中を横付けしてもらって、ぷかぷか浮いてる球体のような物を回収。
ほっと一息吐いたら、夜空の散歩に背中に乗せて連れて来てくださったのだ。勿論私だけじゃなく、レグルスくんも奏くん・紡くん兄弟もだし、先生達や宇都宮さんも一緒。
寒さで月にスモークが掛かって見えるのも、遠くのお山の頭に雲がかかっていて雪が降っているのもよく見えて凄く綺麗。
隣できゃっきゃ、レグルスくんと紡くんがはしゃいでいる。
「おそらちかいねぇ! おほしさま、とれそう!」
「おつきさまのかにさん、きょうはなにしてるのかな?」
弟の言葉に、奏くんがちょっと首を捻る。
「月にいるのは美人な女神様だろう?」
そう、月にいるのは氷輪様だ。前世ではウサギがいるって聞いてた。蟹も前世では聞いたけど、こっちでは初耳。
紡くんにどういう事か尋ねれば、頬っぺたを真っ赤にした彼がにこやかに説明してくれた。
「ノエくんのおうちがあったところでは、おつきさまにはかにさんがいるっていってました」
「へぇ」
「そうだな。氷輪公主様の月の宮に続く道には、蟹もおるよ」
私の相槌に、身体を少しばかり揺らして空飛びクジラの長老様が返してくれた。
なんでも氷輪様のいらっしゃる月の宮には若水の守護を任された金剛蟹なるモンスターがいるそうだ。だけどそこに辿り着くまでにタラちゃんの一族である、奈落蜘蛛の群れもいるんだって。
「いやぁ、物知りだとは思ってたけど、よくそんなこと知ってるね」
ヴィクトルさんが肩を竦めると、また長老が少し身体を揺らす。
「そりゃあ、長く生きればそれなりに人が知らんことも聞くし見もするさ」
「そう言えば、ボクらエルフより空飛びクジラは寿命が長いんだってね?」
ラーラさんが思い出したという感じで手を打つと、ロマノフ先生も頷く。
「たしか……五千年は生きるんでしたか?」
「うむ、そんなもんだったと思うがね。しかし、長く生きていると途中から歳月など気にならなくなってな。自分がいくつなのか、正直解らんよ。忘れているというか、精神がある一定のところで止まるというか……。成長ではなく、それこそが劣化なのかもしれん。故に我らは常に刺激を求めて世界を回るのだ」
なるほど、と言えるほど生きてないけど、退屈が脳みそに良くないってのは前世の健康セミナーとかで聞いた事がある。
そういや、こっちもそういうのがあるって聞いたな。今度老人介護のセミナーとか開くか?
もしくはそういう家庭内介護も、役所の仕事として請け負うか……。
は!? また思考が仕事に流れている!? いかんな。
何となく隣のレグルスくんの頭に手を伸ばすと、さわさわと金の髪を撫でる。するとレグルスくんがにぱっと笑った。
「にぃに、きれいだね!」
「そうだねぇ」
はー、和むわー。
「彼の女神殿の魂も、これでしばらくは慰められようよ」
「え?」
不意に、長老様が呟く。その声音には労りと優しさが籠っていた。
「人間はよく生きて百年前後。知る人も、その子孫も千余年あれば絶えていこう。知る人の無い中、信仰は捧げられても自身とは程遠い虚像が人々の中で勝手に育っている。誰もが自分の名は知っているのに、誰も本当の自分を知ってはくれない。それは一人長い年月砂漠にいるのと何が違うのかね? あの魔術人形の真心だけが、その砂漠にふる恵みの雨だったのだろうさ」
「……」
「だからと言って、人を振り回すのはよくないがの。少年の憤りももっともなモノさ。それもまた乾いた砂漠に降る恵みであったろう。徳を積んだな、少年」
「だと、良いですね」
本当に、色んな意味でそうだと良いけど。
星が一つ、夜空を流れる。
オーロラが星の間を縫うように泳ぐのは、空飛びクジラの群れが旅に出るために飛んでいるのだと長老様が教えてくれた。
彼らの次の行先は、海の向こうの大陸だそうだ。
関係ないかも知れないけど、海の向こうの大陸って言うとちょっと気になる案件がある。それはノエくんと識さんの抱える案件だ。
それを「関係ないかもですけど」と話せば、長老様が呻く。
「関係ない事はないな。その愚か者の居場所なら知っているぞ」
「本当ですか!?」
「うむ。あの辺りは、我らも近付かぬようにしているからな。しかし、あれからそんなに経っていて、かの勇者殿の血筋がそんな事になっておったとは……」
感慨深そうに長老様は大きく息を吐く。
長老様は長生きの部類で、識さんやノエくんが倒さないといけない邪神の封印前を知っているそうだ。邪神を封じた勇者の事も、ご存じだってさ。
「ふむ。よし、あの勇者殿には借りがある。今こそそれをお返ししよう。我ら空飛びクジラには墓場がある。そこを教える故、骨などもって行くがいい。いい防具やアクセサリーの材料になるぞ。悲願を果たせる事、祈っていると末裔殿に伝えてくれ」
「はい、必ず!」
私の言葉に、長老様は歌い出す。
その声に彼の一族全てが応え、勇壮な鳴き声が空に響いた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




