他人という鏡の映すもの
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次回の更新は、2/6です。
所謂女優泣きってヤツ。
何の異論もなく美しい人が、そんな風に涙を零せば絵になるに決まってる。
けど、私にはなんの感慨もなく。
だって泣いてるキアーラ様が、結構いい性格なのを知っちゃってるからなんだよな。
でも私より長い付き合いのゴイルさんは、その鋭い目を潤ませている。
見つめ合った二人は、素直にお喋りできないのか無言だ。だけどそのままじゃ埒が明かない。
「だそうですけど、ゴイルさんはどうなんです?」
「え!? あ、あの……私は……私なんかが……」
「キアーラ様が御望みなのは、ゴイルさんがお傍にいること。それだけでいいみたいじゃないですか? だったら後は貴方の気持ち一つですよ。キアーラ様は姿形が変わろうとも、貴方が傍にいてくれることが大事らしいですし?」
キアーラ様が一瞬困ったような表情を見せたけれど、それはそれとしてブンブン首を縦に振る。
本当を言えば、ありのままのゴイルさんでいてほしいけど、ゴイルさんが外見を気にするなら変えても仕方ない……そんな感じか。
一方、ゴイルさんはイマイチ、イマニくらい「ありのままの貴方がいい」という言葉を受け止めかねている。理由は単純だ。ゴイルさんの外見を誰より醜いと感じているのは、外野ではなく本人だから。本人が一番自分を受けれてないんだから、他人の言葉なんて聞きようがない。仮令それが敬愛する女神様の言葉であっても、だ。
そしてそんな精神状況が手に取るように分かるのは、私にも似たような所があるからなんだよな。自分の悪い所を見せられているようで、実は結構苦しいし、いたたまれないんだよね。
余計な事だと思いつつも、私は苦い思いで口を挟むことにした。
「ゴイルさんが外見を変えたいなら、そのようにすればいいと思います。でも今外見を変えたところで、貴方の悩みは無くならないかもしれない」
「!?」
外見を変えて、それを受け入れられたからって、元の自分はいつまでも心の中にいる。白豚がどれだけ外見を変えたとしても、白豚じゃなかった事にはならない。それと同じでゴイルさんだって、外見を変えたって自身が醜いと思う姿だった事実は心に残るんだ。
自分を嫌うその心と向き合わない限りは、何をしようが納得なんてきっとできない。
「ゴイルさんは自分の外見を嫌うあまりに、自分自身も嫌いになっていませんか? 外見を変えたら、自分をほんの少しでも好きになれますか? キアーラ様の言葉を受け入れることが出来そうですか? そうじゃなければ、どれだけ外見を変えたって『これは本当の自分じゃない、本当の自分では受け入れられない』って悩みが増えるだけだと思います」
ざっくり急所に切り込んだようで、石膏なのに青褪めているのが解るくらい、ゴイルさんは震えている。
ああ、覚えがあるとも。全部私自身の事でもあるんだからさ。
今だって自己嫌悪とか色々、心の中にくすぶってるものはある。
それでも少しでも前に進もうと思えるようになったのは、レグルスくんがずっと「にぃにが好き」と伝えてくれたからだ。
レグルスくんだけでなく、皆そう。
皆言葉と心を尽くしてくれるのに、それを向けられる私が、いつまでも蹲って受け取ろうとしないのは違う。そう思えるようになったからだ。
立ち止まっていても、皆許してくれるだろう。それだって甘えだと思うなら、立ち上がって前を向くしかない。
いつだって良くも悪くも自分を許さず責めるのは、自分自身なのだ。
突き付けた言葉の切っ先の鋭さは解っている。突き付けられる怖さも痛みも知っている。けれど視線を逸らさない私に、動いたのはキアーラ様だった。
「ゴイルさん、私の事好きよね?」
唐突にゴイルさんの石膏の身体に、キアーラ様が腕を回して抱き着く。
敬愛する女王様にいきなり抱きすくめられたゴイルさんは、目を白黒させつつも首を勢いよく上下させた。
そのリアクションにキアーラ様は艶やかな唇を引き上げる。嬉しそうに弧を描いた紅い唇が、ゴイルさんのこめかみに寄せられた。
思わずレグルスくんのお目目を隠せば、隣で奏くんも紡くんの視界を手で遮る。
「私がゴイルさんの一番よね?」
「は、はひ……!」
「じゃあ、私のお願いを聞いて。私のために、私の好きな貴方でいて。そのままのゴイルさんで、変わらず私の傍にいて」
キアーラ様の紅い唇が「お願い」と言葉を紡いだ。
彼女の紅い唇はゴイルさんのこめかみから額、鼻先、頬へ順に動いて行く。
その様子に、奏くんがぽつりと零す。
「呪いと祝福って紙一重なんだな」
「うん」
キアーラ様はゴイルさんに呪いと祝福を与えた。
祝福は敬愛する女神からの、ゴイルさんの存在の全肯定だ。呪いは、お願いという形でゴイルさんの存在の全てを縛ること。
それが良いのか悪いのかなんて野暮なことは言わない。そんなものは当事者間で決めてくれ。
奏くんと顔を見合わせて大きく息を吐くと、ゴイルさんが「私でよければ」と消え入りそうに返事をしたのが聞こえた。
これで一件落着だろう。
全く、なんで休みにこんな騒動に巻き込まれんだよ。
若干死んだ魚の如く目を濁らせていると、ロマノフ先生が私の頭を撫でた。
「疲れてませんか?」
「まあ、少しは……」
「ゆっくりでいいんですよ。一足飛びに何もかも向き合って片付けてしまわなくても、君のペースでいいんです」
「はい。でも、人は自分の鏡っていう言葉の意味は解ったかなって」
苦く笑うと、頭を撫でる手が増えた。ヴィクトルさんとラーラさんだ。振り返ると、ヴィクトルさんが凄く浮かない顔をしている。
首を捻ると「ごめんね」と、ヴィクトルさんが小さく呻いた。
「へ?」
「折角の夏休みなのに」
「ああ……いや、でも、こんな事誰も予想できないですし」
予想出来たら神様の領域に足突っ込んでるだろう。そのくらい今回の件は唐突に降って湧いた話だ。ヴィクトルさんのせいじゃない。
そう答える前に、ゴイルさんに抱き着いたままのマッチポンプ自己中女神様がぺこりとこちらに向かって頭を下げた。
「えぇっと、全てはマッチポンプ自己中女神の私のせいなんで。本当に巻き込んでごめんね?」
「まったくですね。姫君様に告げ口しますから」
「ひょえ、ごめんって!」
びくっと肩を竦める女神様を見つつ、私と奏くんは自分達が目を塞いでいた弟達からようよう手を放す。
うごうごしながら話を聞いていたのか、レグルスくんが私を見上げてにぱっと笑った。
「にぃに、もうおわり?」
「うん。多分ね」
「ゴイルさんどうするの?」
その問いに私は答えを持っていない。持っているゴイルさんを見れば、彼? 彼女? はゆっくり頭を下げた。
「その……女王様の思し召しのままに……。今はまだ、何をどう受け止めていいか迷っていますが、私は女王様のお傍にありたいのです」
「なら、そうしたらいいですよ」
葛藤を払うのは最後は自分だ。これだけは周りの人がどれだけ言葉と心を尽くしてくれても、どうにもならない。
でも一歩は踏み出せた。なら後は行きつくところに行くだけだ。
苦笑いのまま「一件落着ですね」と言えば、キアーラ様が「あ」と呟く。
なんだよ、まだ何かあんの?
雑な反応に、今度はキアーラ様が苦笑いを浮かべた。
「うん。役割が肩代わりできるのは本当だから、この際やっちゃおうかと思って。それでその時に、この大聖堂に付けてある荒天を呼ぶための核を持って帰ってもらえないかなって。それが言い伝えのお宝でもあるんだけど」
「へ?」
「私が昔付けていたアクセサリーなんだけど、身に着けた者の魔力と意志次第で雨や雪を呼ぶことの出来る首飾りを核にしているの。天を左右する力は王権を担保するっていうんで、献上されたものなんだけどね。君、回収してくんないかな?」
「え? 普通にそんな揉めそうな物は要らないんですけど」
「君が回収しないで、変な人に渡った時の方が困ると思うよ?」
こてんとキアーラ様が首を傾げる。これは解っててやってるヤツで、ゴイルさんも申し訳なさそうにしている。
是非も無しだ、ちくしょうめ!
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