使用責任は製作者には帰さぬもの
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マヌス・キュア、前世で言えばマニキュア。
指先の保護だけでなく、お洒落の一環としてのそれは、まだこの世界で有名ではない。
それを社交界へ持ち込めば、新しもの好きなご婦人たちは飛びつくだろう。
でも、だ。
このヴィンセントさんのマヌス・キュアは、それだけの用途にするには惜しい。
魔術が使えるお嬢さんであれば、その爪に防御用の魔術をアートで乗せてやれば護身術としても使える。
社交界にデビューしたり顔出ししたりするお嬢さんは、だいたいが年頃だし、親にとっては掌中の珠だろう。勿論家にとっては家門を背負って家同士を結びつけてくれる大事な存在でもある筈だ。
その彼女達のお洒落心を満たしつつ、彼女達の安全を確保する道具にもなる。
マヌス・キュアはそういう風に使われるのが今のところは妥当なんじゃないかな。
だけど、だ。
「転用すれば暗殺の道具になってしまいかねないんですよね、これ」
「あ……」
私の指摘にヴィンセントさんの顔が歪む。
彼は魔術を使えない事で困っている人を何とかしたいと考えて、今まで研究してきたのだろう。
そんな事考えもしなかった、と顔に出ていた。
ずどんと落ち込んでしまったヴィンセントさんを見て、奏くんが私の脇腹を突く。
「若さま、この研究お国に任すのか?」
「任せる訳じゃないよ。こういう研究はお国のためにもなると思うので、どうぞご支援いただきたくってお手紙を書くだけ。必要があれば直接どんなものかご説明する準備も御座いますって」
「なるほど?」
奏くんは「ふうん」と納得した様子。
ロマノフ先生とラーラさんとヴィクトルさんが、それぞれ視線を交わして肩をすくめた。
「ひとまずはロートリンゲン公爵とけーたんに連絡入れよう」
「叔父様にもお弟子さんの成果が凄い事になってるからって連絡入れないといけないかな?」
「あー、これ、母にも一声かけた方が良い案件ですね」
大人組があははと乾いた笑いを浮かべていると、ひよこちゃんがひょいっと宇都宮さんと紡くんと一緒に、ヴィンセントさんにお茶を飲ませているのが見えた。
そんな落ち込むこともないんだけどと思っていると、レグルスくんがにこっと笑う。
「おにいさん、だいじょうぶだよ」
「……」
「どうぐにわるいものはひとつもないんだよ。わるいものがあるのは、それをつかうひとのこころだから」
そういって首からさげているひよこちゃんポーチと、腰に下げていた木刀をヴィンセントさんに見せた。
「このひよこちゃんポーチとぼくとうとおなじ。どうぐはどうぐ。つかうひとがわるいことにつかおうとするから、わるいものになっちゃうだけだよ」
「……はい」
こくりとヴィンセントさんが頷く。だけど頭は項垂れたままだ。
奏くんがもう一度私の脇腹を突く。これは「どうにかしてやりなよ」の合図だ。
落ち込ませたんだから回復させてやれって事なんだろうけど、私あんまりそういうの得意じゃないんだけどな。
天を仰いで、それから落ち込むヴィンセントさんの背中を擦る。
「あのですね。研究をする人は、その『誰かのためになれば』という気持ちで突っ走ってくれたらいいと思うんです」
「……でも……」
「それが悪用されるかどうかなんてことは、その成果を使用する側が考えればいい事です。今回の私のように。そしてそれが少なからず研究者の意図と違う使われ方をしそうな時は、先んじて防ぐことを考えるのも使用者側に任せたらいいんじゃないかと。道具それ自体に意思はないんだし、責任は道具を作った人でなく使うものに帰すべきなんだし」
役割分担だよな。
例えばの話、このマヌス・キュアという施術を免許制にしてしまって、施術者は住んでいる場所を国やそこの領主に届け出ておかないといけないようにする。施術される側もきちんと住所・氏名・身分を明らかにしておかないと、施術を受けられないようにしておく。勿論破れないように呪術的な縛りを設けて、悪用した際には罰則がある、とか。
ざっと考えただけでもこのくらいの対処法はある訳だから、それほど悪用に悲観的にならなくていい。
そう説明すればヴィンセントさんがあんぐりと口を開けた。
「……そういう事が、出来るんですね」
「出来なくはないですね。だからね、研究者さんとか技術者さんはこういう御役所仕事が出来そうな人間を頼ったらいいんですよ。私が国に噛んでもらえばいいと思ったのも、噛んでもらえたら研究費にゆとりが出来そうなのと、こういう仕組みを一緒に考えてもらえそうだからです」
他にも、こういう研究を抱え込んで謀反を起こそうとしているって周りから思われないようにするのに、お国の研究を菊乃井で請け負ってる形にはしたいって意図はある。けどそれも別に痛くも痒くもない。寧ろこの研究を隠し、それを他所の家に知られて、ヴィンセントさんの身柄を要求される方が痛い。
彼の身の安全を考えるなら、菊乃井一択だ。菊乃井は帝都より治安も良ければ衛兵も強いのは、二人の皇子殿下からお墨付きをもらっている訳だし。
つらつらとそんな話をすれば、ヴィンセントさんの頬に血の気が戻って来た。
その手には甘じょっぱいミルクティーのカップがあって、ほこほこと湯気が立っている。
それを一口含んで、ヴィンセントさんが「なるほど」と零した。
「先生が、一刻も早く菊乃井に来なさいと仰る訳ですね」
「そうなんです?」
「はい。一刻も早く菊乃井に来て腰を据えなさい、安心して研究が出来るぞって何度も手紙をくださっていたんです。先生は僕には見えない研究の危うさが見えておられたのかな……?」
それは何とも言えないけれど、オブライエンの象牙の斜塔情報を踏まえるに、そうかも知れないな。
そして菊乃井に来なさいっていうのは、仮に私が彼の研究の危うさに気が付かなかったとしても、余所者に自分の膝元で好き勝手させることはないし、フェーリクスさんのお弟子さんはいわば身内。身内に要らん事をされた時の私の対応なんて、今までの行動を顧みればお察しだろう。
期待値が相変わらず高いな。
では、お応えしますかね。
そんな事を考えていると、紡くんがヴィンセントさんの服の裾をつんつんと引いた。
「あの、つむです。このあいだ、せいしきに、だいこんせんせいのでしになりました! よろしくおねがいします!」
「あ、はい。ご丁寧にどうも。ヴィンセントです。何か困った事があったら何でも言ってくれたら……。弟弟子妹弟子の面倒を見るのもその上の弟子の修行になるからね」
改めての自己紹介がしたかったようだ。
紡くんの小さな手を、ヴィンセントさんの手が握る。自分が弟弟子と認められたのが嬉しいのか、紡くんのほっぺが真っ赤に染まった。
リンゴのようなそれをヴィンセントさんも、ちょっと嬉しそうにぷにぷにと突く。
キャラキャラと笑う声に和んでいると、ラーラさんが私の肩をポンと叩いた。
「今から彼を連れて帰ろうか? 転移魔術ですぐだし」
「え? 今から?」
もう大分暗いのに大丈夫なんだろうか?
ヴィンセントさんに視線を向けると、彼は「そうしていただけるなら」と力強く頷く。
本人が言うならって事で、ヴィンセントさんは荷物を速攻片付けると、ラーラさんの転移魔術で菊乃井に飛んだ。
奏くんが転移魔術の光の名残を薄目で見る。
「……なあ、若さま」
「何かな、奏くん」
「結局仕事してんな?」
「何でだろうね?」
笑い声が乾く。
これを持ってるというのか違うのか、ちょっと私には判断できない。
でも今夜は何だかそれ以上遊ぶ気にならなくて、ラーラさんが戻って来たので撤収することにしたのだった。
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