忘れ得ぬ夏の一片
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次回の更新は、12/16です。
この場所の詳しい地理——地図上のどの辺とかは教えてもらえなかったけど、象牙の斜塔近くのフェーリクスさんの実験場なんだそうな。
隠ぺいの魔術に隠されていたのと逃げ隠れするので精一杯だったから気が付かなかったけど、広めの山小屋があったのだ。
昔は教え子とここで合宿みたいなことをしたらしいけど、象牙の斜塔の派閥争いとやらのせいで弟子達がフェーリクスさんに迷惑かけないよう散り散りになったから、そういう事も出来なくなったそうだ。
この場を識さんが知らなかったのは、彼女との旅の間にここを使わなかったから。
広いから二人、或いは三人旅には適さないと思って寄らなかったんだってさ。
山小屋にはなんと近くの源泉から引いた露天風呂もあって、泥だらけの身体をそこで浄めさせてもらった。
最初は皇族と裸の付き合いなんてって思ったけど、殿下方が私たち以上に乗り気で。
あっという間に風呂場に押し込められた、背中を円になって流し合うなんてことになった。
それにノエくんも一緒に入ったから、ドラゴニュートの身体の事なんかも色々教えてもらったし。
ドラゴニュートって羽根を魔力で身体の中に出し入れできるんだって。
いや、正確に言うと羽は魔力で出来ているので、必要ならば消して体内に引っ込められるのだそうだ。それでも完全に見えなくなる訳でなく、背中の付け根のような場所に鱗は残ってた。
尻尾も同様で引っ込められるけど仙骨部に鱗が残る。
羽も尾も引っ込めて人間として生きていくのは可能……じゃないんだな。
ドラゴニュートにとって、魔力で出来た尻尾や羽が存在することが自然の状態なんだから、それを常時引っ込めておくっていうのは自分の身体を縛っているような物。人間で言うと手足を縛って生きているような物なので、至極動きにくいし、身体に不自然な歪みが出るんだとか。なので必要以外は引っ込めないんだって。
そういう話をしつつで、お風呂は気持ちよかった。
そしてお風呂から出てほこほこの状態で食べる料理長のご飯も、凄く美味しかった。
「まさか転移魔術をあそこで使われるとは思わなかったですね。まだまだ私も青い」
「いや、あれ、夢幻の王に手伝ってもらったので」
「まあ、武器ありアイテムありのルールには則ってますもんね」
ご飯の後、紅茶でまったりしているとロマノフ先生が苦笑いでそんな事を言う。
たかが鬼ごっこ、されど鬼ごっこ。
一応訓練でもある訳だから、反省会だ。
それにしても今回の事で思った事がある。
「先生方、普段凄く手加減してくださってるんですね」
改めて実感した。
しみじみと口に出したそれに、奏くんが大らかな笑顔で同意する。
「ラーラ先生に瞬殺されたもんな! びっくりした。アレっておれも出来るようになる?」
「勿論さ。そうだね、あと五年のうちには出来るようになるかな」
「そっか! 改めてこれからもよろしくお願いします!」
「こちらこそ。カナは教え甲斐がある生徒だしね。これからもビシビシ行くよ」
ラーラさんがそう言うと、奏くんも目を輝かせて「はい!」と元気よく返した。
あの豪雨のような矢を射れるようになる奏くんを想像すると、それはそれで頼もしいな。
そんな二人にシオン殿下が首を捻った。
「ルビンスキー卿、あれ、クロスボウでも出来る技なんですか?」
「出来なくはないよ。やろうと思えばスリングショットでも出来る」
「それは凄いな。後で原理を教えてもらっても?」
「ああ、構わないよ」
シオン殿下もあの技が使いたいらしい。
それが弓談議になる前に、フェーリクスさんが奏くんに「少しいいだろうか?」と声をかけた。
「つむ君を今度吾輩が研究している遺跡に連れて行ってやりたいのだが、どうだろう?」
「お、つむ、大根先生にお願いできたんだな?」
「うん。にいちゃん、いい?」
「おう。おれはいいよ。父ちゃん母ちゃんと話する時も付いててやるよ」
「ありがとう。その時はお願いするよ」
フェーリクスさんが奏くんに頭を下げた。それに一瞬目を丸くした後、奏くんもフェーリクスさんにお辞儀する。
お互い頭を上げると、奏くんは紡くんの鬼ごっこでの様子をフェーリクスさんに尋ねた。
フェーリクスさんはつぶさにラシードさんと紡くんとの実力試験の様子を語って見せると、顎を撫でつつ「まさか先読みで後れを取るとは思わなかった」と賛辞を贈る。
奏くんはその言葉に、紡くんをがばっと抱きしめた。
「すげぇな、紡! お前、本当にすげぇよ!」
「ラシードにいちゃんがてつだってくれたからだよ。つむだけじゃ、むりだった!」
「ありがとな、ラシード兄ちゃん」
「いや、つむの作戦に乗っかっただけだって。俺は大したことしてないよ」
奏くんにお礼を言われてラシードさんが慌てて首を振る。それに対して、フェーリクスさんが首を否定形に動かした。
「そんなことはないぞ。君の氷の魔術が私が思うより威力があったから、完全に蒸発せず泥濘を作ったんじゃないか」
「ああ、それは……俺、氷の魔術はめっちゃ得意だから。ほんの少し凍るぐらいに見せかけて、辺り一面凍らせられるぐらいの魔力込めてみたんだ」
「素晴らしい腕だよ」
真正面から褒められて、ラシードさんが頬を染める。
照れ臭かったのかお茶を飲もうとしてカップが空で、それを見た董子さんがミルクたっぷりのミルクティーをそこに注ぐ。
一口それを飲んで、ラシードさんがふと思いついたとばかりに口を開いた。
「俺、そう言えば氷や雪とか得意だけど、火の魔術はあんまり得意じゃないんだよな。それって俺が雪樹山脈で暮してたのとなんか関係あるかな?」
ミルクティーは雪樹の一族でも良く飲まれているらしいから、そこから連想したんだろう。ぽつりと零れた言葉に、ヴィクトルさんが「関係あるよ」と答えた。
「魔術はイマジネーションだからね。雪樹山脈で暮していた君には、火よりも氷や雪の方が思い浮かべやすいだろう? 勿論その怖さ含めて」
「ああ、たしかに」
納得した様子でラシードさんが頷くと、今度はノエくんが首を傾げた。
「じゃあ、識が雷が得意なのって……?」
「さぁ? ウチの父さんが雷親父だからだったりしてね?」
「いや、いくらイマジネーションって言っても……」
「じゃあ、エラトマがそもそも得意だったんじゃないかな。やたらと雷使いたがるし。今回雷で落とされたから、めっちゃ怒ってる」
けらけらと笑う識さんに、ノエくんも「ああ、エラトマ機嫌悪いね」と苦笑いしてる。
識さんがエラトマを上手くいなしているのか、エラトマが芯から怒ってる訳じゃないのか判別がつかないけれど、初めて見た時のような恨みの思念は垂れ込まない辺り、それなりに折り合ってるのかも。
ちらっと識さんに向くフェーリクスさんの視線が私に緊張感を抱かせるけど、そこは上手くやってほしいとこだ。
そう思いつつ、私はレグルスくんの髪を撫でた。
負けたのが相当悔しかったようで、レグルスくんはしょっぱいお顔でおやつのクッキーを齧っている。
統理殿下は苦笑いで、肩をすくめた。
「派手に負けてしまったからなぁ」
「むぅぅ!」
「いや、あれは、レグルスくんや統理殿下の力がどうとか言うより、ロマノフ先生が異次元なんだから仕方ないと思うよ……」
何なら私のちょっと自信のあった障壁を物理で砕かれた訳だし。
もう一度頭を撫でると、レグルスくんがぎゅっと握りこぶしを固めた。
「いつか、かつ! ぜったい、かつ!」
「いつでも再戦は受け付けますからね?」
叫んだレグルスくんに、ロマノフ先生はニヤニヤ笑って返す。
めっちゃ煽るやん。
だからレグルスくんの対ロマノフ先生限定反抗期が終わんないんじゃないの?
ジト目でロマノフ先生を見るけど、先生は気づいてそうなのに知らんふりだ。
反省会が和やかなお茶会に変わりそうな雰囲気のなか、締めくくるように統理殿下が目を細める。
「楽しかったな。一応、俺やシオン個人は逃げ切れなかったけど、チームとしては引き分けの善戦だった。これで帰っても父上に申し訳が立つし、ゾフィーに褒めてもらえる」
「そうですね。この夏一番の思い出、ですね」
シオン殿下の言葉が、皇子殿下二人の夏休みの終わりを連れて来たのだった。
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