祭の後
お読みいただいてありがとうございます。
書籍化されている部分に関しては、後々の方の資料になればと思い、あえて誤字脱字や加筆訂正部分をそのままにしております。
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あしからず。
国立劇場のコンサートは、当然大成功で幕を降ろした。
名実ともに帝国一の歌姫になったマリアさんの楽屋には、彼女を一目見ようと、或いは言葉や握手を交わして、あわよくば取り入って第二皇子殿下への取次を願おうとする人々が押し寄せたそうで。
「お招き頂いたご挨拶もお礼も、まだ正式にはお伝え出来ていないんですが……」
「この様子だと、楽屋に近付くのも難しいですね」
「メイドさんに連絡して特別に中に入れてもらうのは出来るだろうけど……」
それをして、他家の方々に目をつけられるのはちょっと困る……らしい。
中立を掲げてはいても個人的に親しいとなると、矢張りその派閥に付いていると見なされてしまうからだそうで、権限が何もないといっても嫡男が第二皇子のお抱えの歌姫と親しいとなると菊乃井全体がそうだと思われる。
母や父が旗色を示していない以上、それはやっぱり不味いとのことで。
「んー。じゃあ、あーたん、マリア嬢にお手紙書いたらどう?」
「お手紙ですか?」
「ああ、そうですね。お招き頂いたお礼と挨拶と、コンサートの感想、後は直接会ってそれをお話しできない非礼のお詫びを添えて……」
そうしようか。
書いた手紙はヴィクトルさんが届けてくれるそうで、ご厚意に甘えることにする。
決めるとヴィクトルさんが劇場の係員に羽ペンとインク壺、それからレターセットを持って来て貰うよう声をかけてくれた。
然程待たずに届けられたそれに、お招き頂いた感謝とご挨拶、コンサートの感想をつらつらと書いていると、ロマノフ先生が後ろから覗き見てくる。ヴィクトルさんも。
「わぁ、あーたん達筆だね」
「ねー、五歳児とは思えない字を書かれるでしょう?」
「本当だよね。僕なんか五線譜以外はミミズののたくりって言われるくらいだし」
「貴方は……昔から悪筆でしたね」
「アリョーシャもそんなに上手くないじゃん。僕らの中で一番字が上手かったのはラーラでしょ」
「ラーラは美に対するこだわりが尋常ではなかったですからね」
「ラーラ」さんとは多分前に言ってた、「人間贔屓の三馬鹿」なエルフトリオの最後の一人だろうか。
インクが乾くのを待つ間、ウエストポーチを探って出てきた千代紙で蝶や花を折ると、封筒に添える。
それもエルフ二人には珍しかったのか、折り紙を手にとって繁々と眺めて。
「えー……紙でこんなこと出来るの!?」
「これは素晴らしいですね!」
「あ……っと、まだ作れますから、どうぞ」
眼をキラキラさせて紙の薔薇を見るものだから、二人の手のひらにそっと小さいのを乗せる。
ふと、喜んでいたヴィクトルさんの目が、なにかを透かし見るように細まった。
「あーたん、この紙がこの間イゴール様が降臨された時に仰ってた紙だね?」
「あー……はい、そうです」
「なるほど、これは加工してアクセサリーか何かにして使わせてもらうよ。常時回復の小が付いてる」
「おお……それは凄い」
綺麗なもの見ると癒されるよね、小ってのはそう言うことじゃないのかしら。
「マリア嬢に作ったのにも、同じの付いてるから、そう伝えておくよ」
「えぇっと……はい。それが良いなら、そのように」
「うん、必ず。マリア嬢はこれからは今よりもっと危ないだろうし、頑張らなきゃいけないからね。応援してくれるひとがいて、そのひとがいつも見てると思えば張り合いもでるし、安心も出来るでしょ」
目に見えない応援も大事だけど、「応援してます!」ってのがはっきり見えるのも勇気付けられるって、誰かが言ってた。確か、前世で。
マリアさんに差し上げた物が彼女の力になるなら、願ってもないことだ。
請け負ってくれたヴィクトルさんに、重ねてお礼を言うと首を緩く振られる。
「僕も良いものを頂いちゃったしね、これくらいお安いご用さ」
穏やかな顔で言い切ってくれるのに安堵する。
ヴィクトルさんには甘えきっていている気がしてならないけれど、ご本人がそう仰ってくれるなら甘えよう。
そういえば、対価に関して、私はヴィクトルさんにしなきゃいけない大事な話があった。
「ヴィクトルさん、私、大事なことをお伝えしそびれていました!」
「んん? 大事なこと……なんかあったっけ?」
「ほら、姫君様にご許可頂くって……!」
「ああ! そうだった! それで……どう?」
「『疾く、せよ』と。それから、それは自分も望んでいたことだから、それに関しては別に対価を授けるとも仰ってました」
「え!? ほ、本当に?」
「はい。なので、レッスンは2か月後からでしたっけ? それまでに対価をどんな風にお渡しするかとか、姫君様にお聞きしておきますね」
「ありがとう! 凄く嬉しいよ!」
がばりと抱き着かれて、ぎゅっぎゅ抱き締められる。つか、このエルフさんも見掛けによらない力強さで、思わず蛙が潰されたような声が飛び出た。
腕をタップして苦しさを訴えていると、するりと反対側から伸びてきた腕が、ヴィクトルさんをほどいてくれる。
「ヴィーチャ、鳳蝶君が潰れますよ」
「あ! ごめんね!?」
「い、いえ……」
内臓が口から飛び出すかと思った。
ともあれ、ヴィクトルさんは、今度は私の手を柔らかく握ると、ブンブンと少し強めに振る。
と、肩にロマノフ先生の手が置かれた。
「余り遅くならないうちに、お暇しましょう」
「あ、そうですね」
「うん、じゃあ、気をつけてね」
名残惜しくはあったけれど、コンサート自体は夕方から始まっているから、帰れば少し遅めの夕食が待っている。
「それじゃあ、2か月後に」
「はい、またお会いしましょう」
「では、ヴィーチャ。元気で」
告げて手を振ると、ヴィクトルさんはマリアさんの控え室に行くようで、くるりとこちらに背を向ける。
私とロマノフ先生は手をつないで、再び転移魔術に身を委ねた。
目を瞑る。
「楽しかったですか?」
「はい、とっても! 今日は連れてきて下さってありがとうございます!」
「いえいえ、これからも色々お出かけしましょうね。君には見て学んで、感じて考えなければいけないことが沢山あります。それは君だけでなく、大勢のひとに言えることですし、私も未だ未だ知らなければいけないことがある」
「はい」
「でも、まあ、今日のところはこれで課外授業は終了です。夕食をとってゆっくり休むとしましょう」
「着きましたよ」と、穏やかな声に導かれて眼を開けば、そこは我が家のエントランスで。
戻ったことを報せるのに、声をかけようとすると、物凄い風が吹いて来て。
いつかみたいに脇に手を入れられて、ロマノフ先生に持ち上げられると、土煙が私の足元を通りすぎて、壁の手前でぴたりと止まる。
静かに降ろされて床に足を着けると同時くらいに、土煙が収まって人影がゆらりとこちらを向いた。
バタバタと廊下の奥から、足音が複数。
「若様、ご無事ですか!?」
「お怪我ありませんか!?」
ヘロヘロのロッテンマイヤーさんと、なんだかボロボロの宇都宮さんが、肩で息をしながら走って来たのだ。
「ただいま帰りました……。無事? 怪我?」
「よ、良かった……!」
「レグルス様に跳ねられませんでしたか!?」
「撥ねられる!?」
「ああ……あの勢いで体当たりされたら、鳳蝶君なら跳ね飛ばされますねぇ」
レグルスくんに跳ねられる!?
なんで!?
会話に着いていけず、眼を白黒させながら大人たちを見上げていると、収まった土煙から出てきたのだろう。
レグルスくんが、私のお腹に頭を埋めるように抱きついてきた。
「にぃに!」
「はぁい、なんですか?」
ただいまの代わりに、ふわふわの金髪を撫でる。
顔を上げたレグルスくんは、その目に涙をためて上目遣いに見てきた。
「れーのこと、おいてっちゃ、『めー!』でしょ!」
ぎゅっと抱きついて頭をお腹にぐりぐりしてくるのは、ちょっと痛いんだけど。
なんなんだろう、この可愛い生き物。
「にぃに、おへんじ!」
やだー、私の弟だったー!
お読み頂いてありがとう御座いました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。