Boy Meets Girl & Weapon
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次回の更新は、10/17です。
対策を立てるから、決して逸らないように。
そう言えばノエくんと識さん二人ともきちんと短慮は起こさない約束をしてくれた。
実際問題、まだ完全に身体も心も元気とは言えないし、何よりその封印された悪しき竜とやらに立ち向かう力がない。
二人はそう言ったけど、実のところノエくんが食べたのは仙桃なので傷も体力も戻ってるんだよね。それでまだ行動が起こせそうにないって事は、やっぱり精神的に疲れてるからなんだと思う。
わざわざそれを指摘する必要はない。しばらく療養が必要、それだけの事だ。
それでも識さんの方は一応元気だというので、折角だから研究レポートをまとめてもらうことにした。
痛みのない回復魔術っていうのは汎用性も高いし重宝がられるだろう。それから回復魔術と同等の効果を見込める薬も、かなりの需要は見込める筈だ。
魔術は生まれつきの資質が物を言うから、一生できない人には出来ない。だから人口に対して魔術師の割合は決して多くないのが実情。
大きな街には必ず一人は回復魔術を使える人がいるだろうけど、小さな農村だとそうはいかない。
じゃあ医者はどうかと言えば、魔術師と同じぐらい少数。
そんな現状を、識さんの研究は大きく変えることになるのだ。投資を惜しむつもりは全くない。
「気合いれて頑張ります!」
「よろしくお願いします」
「はい!」
元気よく返事を返してくれるあたり、識さんは本当は象牙の斜塔で研究したかったんだろうな。
大根先生も董子さんも、識さんの様子に察したみたいで、ちょっと複雑そうな顔だ。
不意にノエくんが「あの」と、手を上げる。
「オレも、元気になったら何か仕事があったら……お世話になりっぱなしなのも気になるし」
「そうですか。えぇっと、では後ほどどういった事が出来るかを教えてください。お仕事を探しておきますから」
「はい。よろしくお願いします」
ノエくんも律儀なんだよなぁ。まあ、好意に胡坐をかかれるよりはよっぽど好感が持てるんだけど。
大根先生や董子さんも、その辺は好意的に感じたのか、二人のノエくんを見る目も温かい。いや、識さんを孤独から遠ざけてくれた人達なんだから、彼らもノエくんを同じように受け入れてるんだろう。
少なくとも半年前にはもうノエくんと二人暮らしする位には仲が良かったみたいだし、それより前から知り合いではあったそうだし。
そこではっとする。
諸々と激重事情を聞いたばっかりに、ノエくんがアレティを使いこなせる理由を聞き忘れていた。
なので「話を戻しますけど」と、アレティの契約者という意味について尋ねる。
すると識さんは少し考えて、ノエくんの顔を見た。見られたノエくんは恥ずかしそうに頬を染めつつ、鼻の頭を指先で掻いた。
「私が斜塔を飛び出てすぐの事なんですけど」
識さんが苦笑いで語りだす。
エラトマの精神支配を振りほどいたところで識さんの体内からフェスク・ヴドラが出ていくわけではなく、結局のところエラトマの怒りに力を与える邪念の主から遠ざかって生きなければいけないわけで。
どんな人がいるか解らないから、沢山人がいるところには長くは滞在できない。そうなると自然、識さんは人のこない山や森に潜むことになったそうだ。
洞窟や巨大な木の洞、たまに打ち捨てられた山小屋なんかを転々として、街や村に下りるのは生活必需品を手に入れるといった最低限度だけ。
そういう生活は、元々甘えん坊で寂しがりな識さんには凄く堪えたそうな。
「そういう生活を続けていくのには、上手くストレスの発散しないといけないんです。それで私、あったかい日には近くの滝つぼで泳ぐことにしたんです」
「はあ」
「で、その滝つぼがノエくんがよく修行しに来る場所だったんです」
「ああ、そこでノエくんと知り合ったんだ?」
菫子さんがぽんっと手を打つ。
それに識さんとノエくんが同時に頷いたんだけど、そのシチュエーションがまた。
全裸で滝つぼで泳いでた識さんと、汗を流しに来ていたノエくんが鉢合わせたという。しかもそれだけでなく、水の中で固まった識さんを背後から蛇型のモンスターが襲ったそうだ。
「普段なら対処出来たんですけど、慌てて動けなくなっちゃって。その頃はエラトマの制御も出来なくって、アレティを使ってたんですけど、ノエくんの目の前だしどうしようか悩んだのも良くなかったんですよね」
「識はそういう突発事態には弱かったからなぁ」
「面目ないです、師匠」
「まあ、無事で良かった」
「無事なのはノエくんのお蔭なんですけど」
顎を擦る大根先生に、識さんが首を横に振ってノエくんに視線を移す。ノエくんは「そんなことないよ」と言いつつ話を引き取った。
「オレがその蛇型のモンスターに気が付いて剣を投げたんだけど、あっちの皮がかなり固くて弾かれちゃったんだ。当然蛇型のモンスターは怒り狂って襲い掛かって来たんだけど、戦おうにも武器がなくて……。せめて識だけでも逃がそうと思って、モンスターと識の間に割って入ったんだ」
「私は私で、割って入ってくれたノエくんが怪我すると思って、アレティを具現化してノエくんに渡したんです」
「そうしたら、昔から使ってたみたいにアレティが手に馴染んだし、頭の中にああしろこうしろ、この方が効率がいいからとか聞こえて来て、それ通りにやってたら気が付いたらモンスターが死んでたんだ」
何というボーイミーツガール。
それで蛇型のモンスターが死んで一件落着ではなくて。
結局のところアレティがノエくんの手に馴染んだのは、咄嗟とは言え識さんがノエくんにアレティの使用許可を出し、許可されたノエくんが更に使いやすさと、中に眠っていたかつてのアレティの使い手たちの戦闘経験を必要として、無意識下で契約を交わしてしまった事が要因だったそうだ。
更にノエくんが顔を真っ赤にする。
「オレの一族では、裸を見たり見せたりする相手は家族か、その、永遠の愛を誓う人とだけで……」
「事故だから気にしないって言ったんですけど、そういう訳にもいかないから、兎も角家族に会ってほしいって言われまして。そこで会ったのがノエくんのお父さんのアルトリウスさんとお母さんのゼノビアさんだったんです」
「あー……そりゃ大問題ですね」
「はい。いや、でも、事故でそんなノエくんの将来を縛るつもりなんて……。だってまだノエくん十歳だったんですよ?」
「それを言うなら識さんだって十四でしょうに」
「私は、ほら、寄生されてるから……。恋だの愛だのとは無関係で過ごすんだろうなって、ちょっと覚悟してたんで」
あははと識さんが乾いた笑い声をあげるけど、聞いてるこっちは口の中が苦い。
大人が起こした暴走事件のツケを、子どもが将来に亘って払うなんて、そんな理不尽は許せない。
もやっとしたものの、識さんの話を聞くことを優先する。
「なので、アルトリウスさんとゼノビアさんとノエくんに私の事情をお話したんですよ」
「それが『言うつもりのない事を言わせた』に繋がるのか。なるほどな」
大根先生が大きく息を吐きながら言えば、識さんが頷いた。
「はい。で、事情が事情なので一旦将来の事は保留になったんです。ただノエくんがアレティと契約を結んでくれて、そのお蔭かアレティの正のエネルギーが増大して、エラトマをかなり抑えられるようになって。だからその繋がりは維持しようって事で、私とノエくんとご家族のお付き合いが始まったんです」
「ははぁ、婚約期間的な?」
「う、まあ、そうなのかな?」
識さんがもじもじと両の人差し指をくっつける。
何だかはにかんだ様子に、識さんの方は満更でもないのかも知れない。ノエくんの方を見れば、彼は彼で識さんを見てニコニコしてて。
その頬は少し赤いし、彼の識さんを見る目は結構甘い。
観察していた私にノエくんは気が付いて、すっと表情を改める。
「オレには生きていたい理由があるんです。それもオレがオレじゃないとダメな理由が。だから、よろしくお願いします」
「いいですよ。きちんとバックフォローはしますとも」
そういうヤツも嫌いじゃないしね。
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