それは厄介ではなくて
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次回の更新は、9/12です。
「え? どういう事です?」
唖然としてしまったけど、驚いてばかりもいられない。
フェーリクスさんに説明を求めれば、彼も詳しくは聞けていないと緩やかに首を振る。
「なんでも、吾輩の弟子の友人は幼いドラゴニュートらしくてな。小さな集落で暮らしていたらしいんだが、最近親御さんが亡くなったらしい。生計を立てるために一人で狩りをしていたところを良くない輩に目をつけられて捕まったそうだ。それで吾輩の弟子はその子を探して色々渡り歩いていたそうなのだが、最近になってとある国の闇カジノで開催される闇武術会の優勝賞品にドラゴニュートがいると聞いて、そこに乗り込んだのが昨日なんだそうだ」
親を亡くしたばかりの子どもが一人で暮らしてるのもちょっとどうかと思うけど、それを食い物にするとかどういうことだ。
それにドラゴニュートってたしか人間にドラゴンの羽や尻尾が付いた獣人で、それも絶対数が少ない稀少種族のはず。
ドラゴンの性質の高い魔力に強い膂力が災いして、凶暴なドラゴンが暴れる度に、それと同じように暴れるんじゃないかと迫害を受けて数を減らしてしまったんじゃなかったかな?
彼らの鱗や羽や牙はドラゴンのそれだから良い値段が付く。人身売買の上に、もしかしたら素材を採るために惨い目に遭わされるかもしれない。
「情報量が多いな。で、お弟子さんが探してる人だったんですか?」
「ああ。それでその子を連れて逃げたいのだが、何処かないだろうか……と」
「うん? 無理に強奪する気だったんですか?」
「いや、真正面から乗り込んで優勝してくると言ってたし、それは簡単だろう。あの子は強いからな。で、優勝賞品をきちんと受け取ったあと、主催者の顔面をボコボコに歪ませて逃げるつもりだから追われるだろう、と」
「え? めっちゃ武闘派」
「そうでもないがね。あの子は魔術特化型だよ。ちょっとばかり、楼蘭の殴る神官のとこで修行させたことがあるだけで」
魔術特化型でブラダマンテさん並みの物理攻撃力を出せるって、それなんて恐ろしい魔術師なんだ……。
皆話を聞いて、眉を顰めている。
「助けにいかなくて本当に大丈夫なんですか?」
『何方か知りませんが~、大丈夫ですよ~。もう終わりましたんで~』
フェーリクスさんのブローチから、さっきの女の子の声が聞こえた。
終わったってどういう事だってばよ?
呆気に取られていると、フェーリクスさんが機嫌よさげにブローチに話しかける。
「終わったか。で、君の友人は?」
『今から迎えに行きま~す。最悪、転移魔術で街に転移するんで~』
「ああ、解った。今朝会った場所にいよう。許可を貰ったから、そこから菊乃井に吾輩がつれて帰ってやろうな」
『お願いしま~す』
その言葉を聞いた刹那、フェーリクスさんがまた瞬時にいなくなる。
今、凄い事聞いたぞ。
「……転移魔術使えるって言ってたな」
「言ってましたね」
統理殿下とシオン殿下が顔を見合わせる。
世の中広いな。やっぱり上には上がいるもんだ。
そう感じていると、奏くんが眉を八の字に落とす。
「うーん、おれの真眼もまだまだだな。厄介事じゃない事なかった」
「いや、決めつけるのは早いよ。第一被害者じゃん。それは厄介とは言わないよ」
「でも菊乃井にとってはどうだろう? 闇カジノとか闇武術会とか、明らかに胡散臭いだろ?」
「別に困った事にはならないよ。そもそも私は法を守らせる側の人間で、法を破ろうとする人間とはどうしたって相容れないんだから。そういう連中を取り締まるのはこっちの義務と責務であって、厄介とは思わない。寧ろ厄介だと思うのは向こうじゃない?」
「そうか?」
「うん。迎え撃つ準備さえ出来てたら、大概は気にしなくても何とでもなる。っていうか、する。その為の権力です」
それにメリットがない訳じゃない。
これで転移魔術が使える人間が増えることになるんだから、その旨味は計り知れないものがある。
にっと笑って拳を差し出せば、そこに奏くんもちょんっと拳を当てきた。
レグルスくんや紡くん、ラシードさんともハイタッチすると、何故か統理殿下やシオン殿下ともハイタッチ。
いや、殿下達二人は駄目じゃん。こんな田舎の事に首突っ込んじゃいけない。
そう告げれば二人揃ってキョトンとされた。
「え? お忍びの醍醐味って、こういう時に遊び人のふりして介入して、『実は皇子だったのだ! えぇい、頭が高い! 控えおろう!』とやることだろう」
「そうそう。初代の妃殿下が『この皇家の紋章が目に入らぬか!?』ってやるのが仕来りって言って、これ持つように遺言されてるんだけど」
「これ」とシオン殿下が懐から取り出したのは、いつぞや「鷹司佳仁」さんからいただいたものとそっくりな懐中時計だった。
蓋に鳳凰の透かしも入っているし、鎖まで金のアレと一緒。
これ、印籠の代りだったのか。そりゃ貴族に見せれば引くわな。
「私、それ、持ってます……」
「ああ、父上のだよね? これぞと思う人間には渡していい事になってるんだ」
「なんだったら俺達のスペアも渡すか?」
「謹んでお断り申し上げます」
「いや、君じゃなくてレグルスとか奏とかに」
シオン殿下がちょいちょいとレグルスくんを手招きする。
「ちょ!? なに考えてんですか!?」
慌てて止めると、レグルスくんとシオン殿下が揃って首を傾げた。
「でもさぁ、これ渡すって皇家のお気に入りの臣下ってことだから、色々牽制になって便利だよ。なんか言って来られたら、これ見せるだけで大概の奴は黙るし」
「そ、れ、は、ちょっと欲しいかも……!」
揺らぐ私を他所に奏くんは肩をすくめて、首を横に振る。
そして統理殿下に向かって軽やかに笑った。
「おれはそういうお高いのはちょっと。無くしそうで怖いからいらないや」
「そうか? お前なら有効に使えそうだが」
「信用してくれんのは嬉しいけど、若さまの方が上手く使えるからいいんだ。そういうのは」
「なるほど」
統理殿下も奏くんに笑みを返す。
ぐ、あの二人、なんか解り合ってる。
いや、それよりもレグルスくんだよ。牽制になる物はなんでも欲しい。
でもああいった物が一か所に集中するのは良くないんだ。菊乃井には皇帝陛下から下賜されたものが既にあるんだから。
あー、でもなー……。
迷っていると、再び部屋の扉付近に転移魔術の渦が逆巻く。
きらっと光ったかと思うと、人影が光の中に浮かび出た。
一人はフェーリクスさんで、彼の隣には背は統理殿下より頭一つくらい高い女の子と、彼女にしがみついて気絶してる少年が見えて。
女の子の方は顔に浅そうな切り傷があるだけで特に何もなさそうだけど、気絶した少年の背中から生える大きな四枚羽はボロボロで、身体の方も着せられた粗末な服から見えるだけでも相当な傷が見えた。
「回復魔術を……!」
「待ってください。内臓弱ってる時に回復魔術かけても、あんまり効果出ないから」
焦るこっちを冷静に止めると、女の子はフェーリクスさんに「寝かせる場所は?」と尋ねる。
尋ねられたフェーリクスさんは私の方に視線を移す。
「先に紹介しておこう。菊乃井侯爵家のご当主である鳳蝶殿だ」
「初めまして……とご挨拶したいところですが、先にそちらの方を手当しましょうね」
「はい! ありがとうございます、お願いします!」
女の子は勢いよく頭を下げるのと同時に、呼び鈴で呼んだロッテンマイヤーさんが姿を現す。
用意した部屋への案内をお願いすると、ロッテンマイヤーさんはフェーリクスさんに連れられた二人を一瞬見て「薬箱の手配もしてあります」と告げた。流石。
そして流れるように案内された客室に行くと、エリーゼや宇都宮さんが待機していて、ベッドに少年を協力して寝かせた後、テキパキと彼の手当てしていく。
その様子を女の子は痛ましそうに見ていたけども、力が抜けたようで膝から崩れ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい。怖かった……!」
ぐすっと鼻を鳴らして蹲った少女は、全身を震わせて大声で泣き出した。
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