花は花なれ、人は人なれ
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あしからず。
一般的に、歳をとるほど一日が短く感じるようになると言う。
それは成長するに連れて蓄積された経験が多くなり、日常に刺激が少なくなるかららしい。
しかし、子供の私にだって一日はとてつもなく短い。だってやること多いんだもん。
例えば美味しい物を食べられるように料理長と研究したり、エリーゼと着なくなった服のリメイクをしたり、源三さんにレグルス君の剣術の稽古をつけてもらってるのを見学したり、菜園の土を混ぜ返したり、ヨーゼフと一緒に庭で飼ってるにわとりから卵を貰ったり、ロマノフ先生からお勉強を教わったり。
充実してると時間が飛び去るっていうのは、本当なんだと思う。
だって気がつけば、マリアさんに国立劇場に招待された日の朝になってたんだもの。
とは言え、招待された国立劇場の開演時間は夕方。
帝都のヴィクトルさんのお宅には、ロマノフ先生が魔術でびゅーん!と連れていってくれるとか。
だから朝はやっぱりレグルス君を連れて姫君の元へ。
ウエストポーチの中には、ヴィクトルさんとマリアさんへのお土産の氷菓子と、姫君へお渡しする髪飾り。マリアさんにも同じ布で作った小さな髪飾りを渡すつもり。
奥庭は季節の移り変わりに寄り添うように、少しずつ様相を変えている。
姫君に初めてお会いした時に咲いていた野ばらは、もう次に咲くために花を落としているし、今は桔梗が艶やかな紫を誇り、金木犀がちらほらと蕾をつけ始めていた。
いや、うちの庭、かなり統一感なくない?
源三さんはそんな不規則でバラバラな花の育て方はしない感じなんだけどな。
「それはそうじゃ。この花たちは、妾に目通りを願って各々こちらに姿を現しておるだけで、庭師は関係ない」
うわ、ビックリした!
辛うじて叫びはしなかったけど、急に声をかけられて身が竦む。
と、赤や黄のポーチュラカをつついては、花が揺れるのを見て笑っていたレグルス君がぺこりと頭を下げた。
「おはようございます、ひめさま!」
「お、おはようございます……!」
「うむ、大儀」
おう、出遅れた。
って言うか、なんだかまたレグルス君の話し方が大人の話し方に近づいたような?
無理してなければいいんだけど、やっぱり同年代くらいの遊び相手は必要なのかしら。
つらつら考えていると、姫君が目を細める。
そして薄絹の団扇で私のウエストポーチを指した。
「妾に捧げ物があるのであろう?苦しゅうない、出してみよ」
「あ、はい」
促されてつまみ細工の牡丹の髪飾りを取り出せば、それをレグルス君に持ってくるようにと合図される。
袱紗であらかじめ包んでおいたそれを渡せば、レグルス君は彼なりに恭しく姫君のお手に差し出した。
「ふむ……牡丹かや」
「はい、姫君様は牡丹かと」
「天下無双の花と、初めて会った時に謳いおったのう。妾は天下無双かえ?」
「私にとっては」
万人のことは知らない。
けれど私は姫君以上に美しい方には会った事がないから、私にとって姫君は天下無双だ。
ふっとぽってりと艶やかな唇が持ち上がる。
手に持った髪留めをしげしげと眺めて、姫君はそれをお髪に挿されると、涼やかな流し目をされた。
「気に入った、妾の髪を飾る栄誉を授けよう」
「ありがとう存じます」
「しかし、まだ腰の袋の中にはまだ小さな髪飾りが入っているようじゃが?」
「ああ、これは……」
かくかく然々、アレコレ、どうこう。
マリアさんと出会った経緯や国立劇場に招待された件を姫君に話す。
「ふむ、その礼に髪飾りをくれてやる……と」
「はい」
淀みなく言い切った私に、姫君が悪戯に唇を三日月の形に歪め、口許を薄絹の団扇で隠した。
物言いたげな視線に小首を傾げると、姫君が口を開く。
「そのマリアとやらを慕っておるのかえ?」
「は……?」
「嫁に貰いたいとか、そういうアレではないのか?」
「いやいや、まさか。マリアさんは妙齢の女性ですよ。もう婚約者がお決まりになってるはずです。決まってなかったとしても、五歳の許嫁なんてものを、妙齢の女性に宛がうような親はまずいないかと」
いたとしてもそれは政略と呼ぶのだろう。
それにしたって、男女の歳の差が逆ならまだしも。
私の眉が八の字になったのに気付いたレグルス君が、眉間によったシワに指を伸ばす。さわさわ撫でて、シワを伸ばしてくれるつもりのようだ。
にしても、色恋とか五歳児に聞かれてもなぁ。
女性に優しくするのは、男性なら当たり前だと習うのは常識じゃないんだろうか。
それに。
「姫君様、私は女性に優しくありたいと思いますが、それは姫君のご家来衆の末席に加えて頂いたと自負しているからです」
「ふむ、その心は?」
「前世の言い回しに『解語之花』と言うのが御座いました。これは女性を花に見立てて、『人の言葉を解す花よ』と賛美した故事が由来となっております。人の女性が花なれば、この世全ての花の主たる姫君様の眷属です。姫君様の家来の私が丁重に接するのは当たり前かと」
「ほ……、人間の女が妾の眷属とな」
姫君の目がまん丸になる。
一回二回と瞬きをすると、次はころころと鈴を転がすように笑いだした。
「ほほほ……愉快な!人の女が花なれば、そは妾の眷属か。だから優しゅうするとな!」
「他にも『人は考える葦である』と言うのもありますが」
「なんとのう……!あちらの世は、人間について随分と詩的な物言いをするのじゃな。良い、気に入った」
「は、ありがとうございます」
姫君、もしや笑いの沸点が低くていらっしゃる?
特に面白いことを言ったつもりはないのだけれど、どうやらツボに入ったようで姫君はころころと鈴を転がし続けていらして。
笑いすぎて目尻に溜まった涙を華奢な指先で拭われた。
「そうじゃのう。人間が葦で、女が花であるなら、そなたのいう通り妾の眷属よな。なればこれからは少しばかり、人間に目こぼししてやらねばのう」
「あー……はい、ありがたき幸せ」
「ありがたきちあわしぇ」
おぉう、レグルス君の話し方がまたひよこに戻ってしまった。
「ひよこは一進一退よのう」
まさしく、それ。
姫君のお言葉に頷くと、レグルス君がぷぅっと唇を尖らせた。
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