何でもかんでもは良くない
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次回の更新は、6/17です。
ベッドの上で土下座した三人は、去年の春、海の向こうの故郷からこっちに出て来た新人冒険者だとか。
出て来たと言っても、自由意志ではなく強制で。
なんでもポーターや魔術師、斥候として雇われたのだそうだけど、足手纏いだのなんだのと理由を付けて賃金をピンハネされて、その上人間関係のゴタゴタでパーティーは解散。
仕方ないので新人三人でまとまって行動していたという。
「何という地獄……」
シャムロック教官の呟きに、レグルスくんと紡くん、アンジェちゃんのちびっ子組以外が頷いた。
で、そんな彼らが何故あのダンジョンの階層ボスに挑んだかって言うと、彼らより冒険者歴が浅いパーティーに、ここの最初の階層ボスはそんなに手強くないと聞いたかららしい。
うーむ、こういうのは正直想定していなかったな……。
遠い目をしていると、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんが問題に気付いたらしく、少し苦い顔をした。勿論シャムロック教官も。
そんな私の表情で、奏くんも問題に気付いたらしく「なあ、兄ちゃん」と、新人パーティーの中の一番年上っぽい、坊主頭の少年に話しかけた。
「兄ちゃん、ギルドで初心者講座の話聞かなかったのか?」
「初心者講座の話? 聞いたけど、俺らもう初心者じゃないし……」
坊主頭の人は統理殿下より上だけどまだ二十歳にもなってないくらい。彼と同じく土下座していたローブの女の子と、軽装備の男の子はそれより少し下くらいかな。
もごもごと言う姿に、予想が当たってシャムロック教官が大きくため息を吐いた。
「あのな、この菊乃井では冒険者歴の長短に寄らず、冒険者として生きていくためのノウハウを教えてくれるんだ。初心者講座と銘打ってはいるが、実のところは冒険者の養成学校みたいなもんなんだ。初心者だろうが中堅だろうが、魔術や一般教養も身に着けさせてくれる上に、卒業の証には簡単に死なずに済むような準備も格安で用意してくれる。受付でそう説明されなかったか?」
「……何か説明してくれるって言ったけど、面倒だったし」
軽装の少年が唇を尖らせる。
こめかみが痛いし、眉間も痛い。
これは由々しき問題だ。
シャムロック教官もそう思ったんだろう。彼の顔には「これは困った」ってくっきり書かれていた。
そんな「どうしようか、これ?」っていう雰囲気に、統理殿下とシオン殿下が首を捻った。ゾフィー嬢はと言えば、問題に気付いたのか「ああ」と呟いて口元を手で覆う。
おそらくだけど、彼らは誤解している。
彼らより冒険者歴が短いけど最初の階層ボスを倒せたパーティーというのは、多分「初心者冒険者講座」の卒業生だ。
極々まれに才能がある人間ばかりが集まって出来たパーティーって可能性は無きにしもあらずだけど、他の領地ならいざ知らず。菊乃井であったなら確率としては初心者講座出身のが確率が高い。
目配せすると、ラーラさんがヴィクトルさんと一緒に部屋から出ていく。
代りにローランさんが部屋に入って来た。
「失礼するぜ。鳳蝶様、リュウモドキが出たと報告が……?」
「ああ、はい。講座受講中に……」
ローランさんの顔は強張っていたけれど、そう言えばそっちも重大事なんだよな。
すると、奏くんが手を上げた。
「俺がそっちの説明するから、若さまと教官は兄ちゃん等の話聞いてやってよ」
「ああ、では吾輩もその説明とリュウモドキの話をしようか」
大根先生も立ち上がって、ローランさんの方に近づく。すると紡くんがアンジェちゃんの手を引いて、その後を追う。
アンジェちゃんも「わかさま、こっちはおまかせください!」なんて胸を張ってる。頼もしいな。
そんな訳でリュウモドキの出現状況とかは、奏くん達におまかせ。
ローランさんもシャムロック教官に「後でそっちの報告も頼む」と声をかけて、部屋を出て行った。
さてと、どう説明するかな。
話す内容を考えていると、ローブの女の子が「あー!!」と叫んで、私を指差した。
「ご、ごりょ!? ヤバい! ご領主サマだ!? アタシ絵姿持ってる!」
「へ?」
「見て!」
見たくないですけど!?
止める間もなく、ローブの女の子が荷物をガサゴソやって取り出したのは、手のひらサイズの小さな布。
補強に厚紙を中に入れて綺麗に縁取りしているその真ん中、箏を演奏している私がそこにいた。
めっちゃ最近のやつ!?
ぎぎっと錆び付いたように鈍い動きで首を回してロマノフ先生に視線をやると、先生は明後日の方向を見た。
シオン殿下と統理殿下がその布と私を見比べる。
「れーもそれもってるよ! でもいちばんあたらしいのは、こっち!」
「!?」
にぱぁっと嬉しそうにひよこちゃんポーチからレグルスくんが取り出したのは、レクス・ソムニウム衣装を着こみ、城の玉座にもたれてあらぬ方向を見ている私の写った小さい布。やっぱり厚紙とかで補強した上に、少し豪華な造りだ。
「鳳蝶? その……これは?」
「こ、これは……! 影ソロの練習して疲れてぶー垂れてる時の!?」
統理殿下が戸惑うように布を覗く。
物凄く不機嫌な姿に、いつだったのか思い出すと、シオン殿下がまじまじと布を見た。
「ぶーたれ……そう言えば不機嫌そうだね?」
「あらあら、憂いが滲み出たお顔……。でも鳳蝶様の黒薔薇のような雰囲気がよく表現されていますわね」
「黒ばら? 黒腹? 腹黒の間違いですか……?」
ゾフィー嬢の言葉に首を傾げる。
つか、これ作ったのヴィクトルさんだな。
帝都公演大千穐楽の直前、色々あって音程が中々安定しなかったんだよな。
いや、ヴィクトルさんは及第点をくれてたけど、なんかしっくりこなくて練習を繰り返してた時だ。
喉を傷めるからって練習を強制終了させられたから、余計にぶーたれて不機嫌になってたんだっけ?
なんでこんなものを作ってて、それがひよこちゃんの手にあるんだ?
「レグルスくん、これ、なに?」
顔面を引き攣らせて尋ねると、ひよこちゃんがいい笑顔で教えてくれた。
「えぇっとね、これはシークレットなんだよ!」
「『菊乃井歌劇団スターシリーズ』というブロマイドですよ。異世界には好きな役者さんの絵姿を集めるという娯楽もあるそうなので。君の絵姿を極僅かに入れているんですよ」
「ユウリ君の発案ですね」なんてロマノフ先生は軽く言うけど、シークレットってなんだ?
因みにブロマイドの概念はユウリさんがエリックさんに教えて、そこからの布教らしい。
ちょっと何言われてるか解んないですね?
内心で白目を剥いていると、坊主頭と軽装の少年たちが、再びベッドで土下座した。
「そ、そんな偉い人とは思わずに……!」
「ため口きいて、すんませんでした!」
がばっと頭を下げた途端、二人が腹や胸を押さえて呻く。傷に障ったんだろう。
二人を心配するローブの女の子も、手を伸ばした途端痛みに呻いた。
話が進まない。
坊主頭の少年の背中を擦ってやると、レグルスくんも同じように軽装の少年の背を、ゾフィー嬢がローブの女の子の背を擦ってやる。
そうしていると落ち着いたようで、ゆっくり三人が顔をあげた。
すると統理殿下が小首を傾げて、三人に尋ねる。
「そう言えば、さっきも土下座していたが……どうしてだ?」
「ああ、そうですね。領主の顔は今思い出したみたいだし」
シオン殿下も気になったんだろう、口を開いた。
じっと視線が集まった三人はそれぞれ顔を見合わせると、坊主頭の少年がおずおずと話し出す。
「金が無くて……」
「怪我が治れば、地道に働いて払いますから、その……ちょっと待ってもらえたらと思って」
「ああ、そういう……」
聞けば彼ら、位階が低くて中々受けられる依頼が無いらしい。
なので手っ取り早く稼げるダンジョンに潜ったとか。
小声でラシードさんが「拾うの?」なんて聞いて来るんだけど、これ、私が拾わないとアカンやつか?
いや、何でもかんでも拾うの良くない!
お読みいただいてありがとうございました。
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