無駄なことってあるようなないような?
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次回の更新は、5/6です。
善は急げって事で、私はルイさんと砦のシャトレ隊長に遠距離映像通信魔術で連絡。
二人とも偶々執務室にいたようで、緊急通信に驚きながらも会談に応じてくれた。
私の後ろに皇子殿下二人が立ってて驚いたみたいだけど、シャトレ隊長は更にリートベルク隊長にもちょっと驚いていた。
で、これこれこういう理由でってお話をすると、ルイさんとシャトレ隊長は物凄く複雑な面持ち。
『……近衛と我らは役割が違います。ですからこちらで訓練しても、それが意味を成すかと言われると疑問がありますな』
『しかし、個人的な武勇は鍛えられるのでは?』
『それは、そうですが……。貴族出身の近衛が平民がほとんどの部隊で訓練することを良しとできますかな?』
それはたしかに。
だけどこれに関してはリートベルク隊長が首を横に振った。
「モンスターにどこそこの名門などと言って、手加減してもらえるわけがない。そんな事も解らん者は、逆に近衛のような場所にいてもらっては困る。強くなる機会があって、それを身分云々で不意にするものも必要ない」
「責任は父上に連絡したうえで、こちらできちんと取ろう。頼めないだろうか」
統理殿下とシオン殿下が、ルイさんとシャトレ隊長にそれぞれ真摯な顔を見せる。
するとシャトレ隊長が「御大将はどのようにお考えで?」と、私に水を向けた。ルイさんも軽く頷いている。
「私は……正直を言うなら、砦の兵士たちの妨げにならなければ、訓練でもなんでも。受ければ国に貸しを作ることになりますけど、近衛の手の内を知って謀反の時に利用する気だって言い出す人もいるでしょうから。どう転んでも何かしらケチは付けられるでしょうね」
『なるほど。とはいえ、菊乃井の手の内を明かす忠義を見せた……と受け取られることもある訳ですな』
『近衛が教えを請うという時点で、菊乃井の扱いは別格と内外に示すことにもなりますね』
「それはそうですけど、大事なのは現場に何らかのしわ寄せがいかない事です」
良かれと思った事がどう転んで悪くなるかなんて、誰にも想像はできない。でも現場が望まない事をやらせるのは、間違いなく状況を悪くする。それは避けたい。
そう考えていると、統理殿下がくっと笑った。
「そういう、貸しを作るとか、面倒だからいらないという話は、相手がいるところですることじゃないだろう」
「明け透けにもほどがあるけど、その辺は僕達が『渋ってたのを頼み込みました』で通す。それは約束するよ。ね、兄上?」
「ああ。実際頼んでる訳だしな」
シオン殿下もおかしそうな顔で頷く。
こんなものだろう。目配せするとスクリーンの向こうのルイさんとシャトレ隊長も頷いた。
『ならばシャトレ隊長、引き受けてもらえるだろうか?』
『無論。あとの事は書面と通信で話し合いましょう』
『では計画が出来次第のご報告でよろしいでしょうか?』
「はい。こちらも陛下のご裁可が必要でしょう。食料等の準備もありますしね」
後の実務レベルの話し合いはその後で。
そういう事で今日の会談は解散。
会談するために私たちは菊乃井邸の元祖母の、現私の執務室兼書斎に来ていた訳だけど、てこてこと応接室へ。
本当にお忍びなので、友達が……奏くんがいる時と同じ対応だ。
即ち、皆仕事をきちんとしてるし、レグルスくんは源三さんの稽古に。
「それで、これから鳳蝶は何をするんだ?」
「今からはおやつまで、趣味の時間です」
「趣味?」
「手芸ですね。ちょっと作りたい物があるんで」
そう言えばシオン殿下の目が輝く。
ああ、この人は可愛いものが好きなんだっけ?
そしたら作る方も興味があっておかしくないか。
「見ます?」と聞けばシオン殿下はぶんぶんと大きく首を縦に振った。
でも統理殿下はちょっと気乗りしないような表情をしてる。
「おやつを食べたら、今日は夕飯までヴィクトルさんとラーラさんとお勉強で、明日は朝から菜園の仕事と動物の世話。それが終わったら初心者冒険者講座を受けに行きます。今は自由時間だから、何かやりたいことがあるなら言ってもらえたら善処しますけど?」
「うーん、正直俺は手芸がよく解らんから、身体を動かすことが出来れば……」
正直な統理殿下の言葉にリートベルク隊長がちょっと慌てる。
個人の嗜好なんだからそりゃ仕方ない。
でも身体を動かすっていうなら、レグルスくんだ。
なので「タラちゃーん!」と大きな声を出せば、天井からすぐさまみょんっとタラちゃんが姿を現した。
最近タラちゃんは丸いフォルムの蜘蛛になりつつある。
「御用ですか」という看板を器用に尻尾で掲げるタラちゃんを撫でると、私は殿下方にタラちゃんを紹介した。
「私の使い魔のタラちゃんです。筆談ができる賢い蜘蛛ちゃんです」
「あ、ああ、武闘会で活躍していたな」
「覚えてるよ。この子、火眼狻猊を寝かしつけてたよね……」
「お、大きいのですね」
若干殿下方とリートベルク隊長の腰が引けてる気がするけど、なんでや?
タラちゃんはおしとやかなレディなのに。
それでも悲鳴を上げて逃げる訳じゃないから、純粋に驚いただけって感じ。
それは良いとして、私はタラちゃんにお願いすることに。
「タラちゃん、源三さんとこに行ってお客さんがレグルスくんと源三さんの剣のお稽古を見学したいって言ってるんだけど行って良いか聞いてくれる?」
『承知しました』と看板を出したかと思うと、シャーっと糸を使ってタラちゃんは高速で行ってくれた。
その様子に統理殿下がハッとする。
「凄いな! 奈落蜘蛛の先祖返りってあんなことができるのか!? それにレグルスの師匠と言えば『無双一身流』の……!」
「はい。でも、そういうのって他の人が加わって良いか解んないので」
「それは、もしや俺も稽古を付けてもらえるかもってことか!?」
「そりゃ源三さん次第ですねぇ」
私は時々レグルスくんのお稽古に顔をだすけど、それで何をしてるかっていうとレグルスくんを応援してるだけだし。
……実は一回だけ、源三さんに剣術を見てもらったことはあるんだ。
先生があまりにも「どうしたらいいんだ、これ」って顔だったのを見て、ちょっと思うところがあったらしい。
でもその結果「若様は戦わんでも、周りが何とかしますしのう」っていい笑顔を見せられた。
才能? あったら、そんな反応になるわけないな!
私の話に殿下方が目を見張る。
「なんです?」
「や、意外だなと」
「うん。君って何でも出来そうに見えるし」
「出来ませんよ。私は運動はからっきしです」
人間には向き不向きってのがある。
出来ないことは無理するより、出来る人にやってもらえばいい。
「無理して苦行に挑戦しても、それが得意になるなんてないでしょ? それより得意な事をしている方が建設的だと思います」
「いや、でも、逃げていると言われないか?」
「言われたってなんです? 不得手に挑戦しても全然役に立たなかったとして、『逃げるな』と言った人がその無駄になった時間を返してくれるので? 失われた時間に責任なんか、誰も取れません。結果無駄じゃなかったって事はあっても、それってその時間に得意な事をして得るものと引き換えに出来るほどのことなんですかね?」
「む、それは……。でも、学ぶことは無駄じゃないと、お前も思うだろう?」
「やりたくて不得意な事に挑む分には。でも気が向かないのにやって失敗したら、徒労感は倍以上ですよ。それで得意かつやりたい事に打ち込む時間が無くなるって、私は人生の無駄遣いだと思います」
「なるほど……」
統理殿下が頷いて、シオン殿下が「そうか……」と呟く。
そして何を思ったのか、シオン殿下が私の手を取って力強く握った。
驚いていると、シオン殿下が晴れやかに笑う。
「僕、凄く不器用なんだ」
「はい?」
「でも、可愛いものは好きだし、自分でも作ってみたい!」
「はあ?」
「教えてくれる? 不得手な事でも、やる気があるなら無駄な学びじゃないんだろ?」
わぉ、藪蛇だったんだぜ!?
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