過ぎたるものと、不足なもの
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えらく性急な訪問伺いの手紙に、私はロートリンゲン公爵閣下にお手紙を書いた。
殿下方二人の意向はこんな感じですが、そちらのご予定とかはどうなんでしょう?
そんな感じの。
それをロマノフ先生が届けてくださった訳だけど、お返事は「余程楽しみなようだから、よろしく。ついでにうちの娘も初心者冒険者講座の受講を希望してるので、それも良いように頼むよ」って。
ええんかい。
冒険者には女性もいるわけだから、別に性別をどうこう言う気はない。けども公爵家のご令嬢、それも皇室に嫁ぐことが決まっているお嬢さんが怪我でもしたらどうするんだろう。
そんな私の疑問に、ロマノフ先生が苦笑した。
「ゾフィー嬢が是非にと希望されて、公爵家では戦闘訓練を受けているそうですよ」
「え? なんでまた?」
「君と同じく逃げるのが専らですけど、皇帝陛下の最後の盾ですからね。なにかあった時、陛下と妃殿下では、優先されるのは陛下です。和子を身籠っておられるのであれば、また話は違いますが」
「自ら囮になって、時間を稼ぐため……ですか」
あのお嬢さんならやりかねない。もっとも統理殿下はそんなことをお許しにならないだろうけど。
でもあのゾフィー嬢だ。そんな単純な話じゃないんだろう。
そうだな、将来統理殿下と命運を共にし帝国を守っていく自分がここまでの覚悟を見せているのだから、その御代を共に支えていくだろう「貴方たちはどうなさるの?」っていうメッセージってとこか。
そのメッセージの打ち出し方が、私の領地で初心者冒険者講座を受けるという事なのがなんかなぁ。
世間では、正規軍を除いて、現在帝国において一番軍事的な力を持つのは菊乃井って言う認識になってる。
これってエルフ先生三人が揃ってるのと、空飛ぶ城、ついでに私がいるからなんだけど、実際の所私兵は砦と街を守ってる兵士達だけ。
冒険者は依頼と好意で、領の治安維持の手伝いをしてくれてるんだ。それは戦力としては数えない。
それでも精強な兵を擁していると思われてるウチが、他所の人であるゾフィー嬢を鍛える。それってうちは何があっても統理殿下に味方するから、ゾフィー嬢や殿下方に強さの秘訣を教えるんだって見方が成り立つよね。
相も変わらず女傑でいらっしゃることよ。
まあ、でも、親御さんと本人が「良い」って言ってるんだから良いや。
ロマノフ先生は怪我しても「冒険者は自己責任ですよ」って言質は取ってくれたそうだ。抜け目ない。いや、怪我なんかさせないけども!
という訳で、それから時間は流れて、七日後。
「来たぞ!」
「お世話になるよ」
がばっとした笑顔で、ロートリンゲン公爵家の馬車から降りて来た皇子殿下二人。
ゾフィー嬢は一日後に到着されるご予定だ。
「はい、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
迎えるは私とレグルスくん。後ろに控えまするはエルフ先生達三人と、とりあえず大事なお客様って事でメイドさん達や使用人一同も並んでお出迎え。
屋敷に入るのは殿下方とついて来た護衛が一人。近衛と言うだけに彼もそこそこの家の人なんで、宿舎にも気を遣う。一応母屋のお客人用の部屋を用意した。
殿下方には空飛ぶ城にある客間の物凄い良いヤツを用意してる。見晴らしも良いし、調度品も素敵なんだ。
で、殿下方には城の方の応接間に入ってもらって、その間にメイドさん達総出でお部屋に荷物や着替えなどを準備。
私達のお茶の給仕はロッテンマイヤーさんが担当だ。
「久しぶりだな」
「はい。一か月くらいですが」
「そうなんだよ、まだ一か月しか経ってないのにね?」
ソファーに身体を預けた統理殿下とシオン殿下が、ゆるりと紅茶に口を付ける。
その背後には近衛がびしっと背筋を伸ばして立っていた。
ちらりとそれを見たのが統理殿下には解ったんだろう、ほろ苦い笑みを浮かべる。
「彼がうちの中で一番強いんだ」
「そうなんですか」
「ああ。だから、連れて来た」
という事は、連れてこなかった連中は納得しなかったから来なかったって事か。
若干目を細めると、シオン殿下が「いや」と首を横に振った。
「僕らについてる近衛は、身分がどうのと口にする輩はまずいないんだけど……。ちょっと言いにくいな」
「?」
「いいにくい?」
困ったように二人の殿下が顔を後ろに向ける。ひよこちゃんと二人で殿下方の視線を追えば、金髪のその人が軽く咳ばらいをして「発言をお許しください」と発した。
別に禁じるも何もないので頷けば、彼はそっと手を胸に当てた。
「自分は第一皇子殿下付近衛兵隊長のヴェンツェル・リートベルクと申します」
「然様ですか」
「は、自分は士官学校時代、こちらの騎士団の団長を務めるアラン・シャトレと同級でありました」
「ああ、そうなんですか」
そうだった、うちのシャトレ団長は帝都で騎士だったんだ。そういう繋がりのある人もいるだろう。
でも、それが?
私が首を傾げると、釣られたのかレグルスくんもこてんと首を横に倒す。
「僭越ではと思いましたが、菊乃井の状況を知りたく。先日シャトレ団長に手紙を出させていただきました。衛兵の質や何かを知れれば、と」
「そうですか。それでしたら聞いてますよ」
この訪問のしばらく前に、帝都から知人がそんな手紙を寄越したから素直に答えたってルイさん経由で来てた。
私は兵力を隠してないし、そもそも菊乃井に攻めてくるにはロートリンゲン公爵家があるし天領があるし。
まず無理だから別に隠す必要もないって返したっけ。
それがこの人だったのか。
「その内容を自分なりに検討してみたのですが、どう考えても近衛が多くいた方が皆様方の足を引っ張りかねないという結論に達しました」
「あー……ねー……」
レグルスくんを除く皆が遠い目になる。
あくまでごく一般的な考えで行くと、冒険者と訓練をみっちり受けた兵士を比較すると、当然兵士の方が強い。じゃないと治安の維持が出来ない。
兵士よりも個人的な戦闘力が強い冒険者もいるにはいるんだけど、そんなのは上位の冒険者で極まれ。私が知ってる中で言えば、先生達はもう別格中の別格。それ以外にはバーバリアンとエストレージャ、ベルジュラックさんに威龍さん、晴さん、そんで私達フォルティス。
両手の指より多いと思うだろ?
でも冒険者の全体数から言えばコンマ割るし、そんな規格外が一極集中するのがおかしい。つまり、うちは今おかしいんだ。
出て来た結論にそっと目を逸らすと、統理殿下が小さくため息を吐く。
「なんか、皆自信を喪失してしまっていてな……」
「う、それは……」
「ほら、近衛って皇室の最後の砦だろう? それが、その、足手纏いって、ねぇ?」
ちらりとリートベルク隊長を見れば、その顔はちょっと暗い。
うん、まあ、ね?
近衛って言うのは家柄もさることながら、精鋭が集められる部隊でもある訳だよ。他所はどうか知らないけど、少なくとも帝国では実力・人格・見識が伴って初めて、そこへ至る道が開かれるって言うんだからよっぽどだ。
その精鋭部隊が足手纏いって言われたら、そらもう面子なんかないわな。
困ったぞ。
いや、最初は「私のライフスタイルに文句付ける気か? あ?」とか思ったけど、これはそれより酷い。
内心で白目を剥いていると、レグルスくんが私とリートベルク隊長と、どうしたもんかと困ってる殿下二人をくるくると見る。
そして「はーい!」と元気に手を上げた。
「よわいんならつよくなったらいいとおもう! みんな、とりででくんれんしたらいいよ!」
「それだ!」
いやー、ひよこちゃん天才!
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