過去に繋がる本、未来を作り出す針
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次回の更新は、4/25です。
夏休みのお出かけが決まったと言っても、すぐすぐ出かけるわけじゃない。
だって二週間後、そこから暫く経ってからにしても皇子殿下方がやって来るし、休みに入っても大丈夫なようにお仕事とかを片付けないと。
なので夏休みは殿下方がいらした後でって事になった。
皇子殿下方のご訪問はプライベートではあっても、私にとっては一応公務なんだよ。
その間に侯爵としての勉強もしないといけないし、普通の貴族の子どもとして知っておかないといけない事も学ばないとだし、魔術師或いは戦場に行くものとして鍛えておかないといけない。
それに加えて屋敷の模様替えもしなきゃなんないし。
行啓に際して人の出入りが激しくなるだろうから、体裁を整えるってやつだね。
皇子殿下方はレクス・ソムニウムのお城に宿泊予定で、あの方々がお城に泊まってる間は私も責任者として主の間で寝泊まりする。
あの城、何にも無くても魔術防御や物理防御は堅牢なんだけど、主があそこにいる間は更に堅固になるそうだ。
レクス・ソムニウムの城の構造解析に携わってくれてるフェーリクスさんとヴィクトルさんによると、この城にはあまりに魔力を大量消費するせいで使い手がいなくなってしまった古代の防御魔術が幾重にもかけられてるんだって。
その起動キーがかつてレクスの愛用の杖だった夢幻の王で、持ち主がいるかいないかは、その杖に流れ込んだ使用者の魔力で判断される。夢幻の王に流れてるのと同じものが城や主の間に感知されたら、防御魔術がより堅牢になるような魔術を重ねがけされてるそうな。
もう、レクス・ソムニウムって怖いなぁ。
こういう仕組みを作る人は、ニコニコ笑ってる間に態度を改めないと、その人が無表情になった瞬間隕石とか落ちてくるタイプだよ。多分、きっと、絶対。
「あー、若様と似た感じだったんだな。解るわ、若様もそういうトコあるし」
「え? 奏くん?」
「うん?」
ガサガサと祖母の書斎の天井まであるような本棚から、一冊一冊丁寧に取り出しては埃を払う奏くんの笑顔が眩しい。
なんか解せない事を言われたような?
私が首を捻っていても、奏くんはそれに対しては何も言わない。
けど、私をまじまじと見て「あ」と呟いた。
「若様から頼まれてたフェルティング・ニードルだっけ? 出来たぞ」
「わー! 奏くん、相変わらず仕事が早い!」
「っていっても、試しに使ってもらわないと本当にできたか解んないけどな」
「おお! じゃあ、早速模様替えが終わったら!」
「うん。持って来てるから、後で渡すな?」
「うん、ありがとう!」
お礼を言えば「だから試してからだって」と、奏くんがはにかむ。
奏くんって本当に頼りになるなぁ。
そう言えば、奏くんは照れてほっぺたを掻く。
「そ、それより、本はどうすんの?」
「棚の中を拭かなきゃいけないから、一旦レグルスくんと紡くんに渡して」
「別の部屋に持ってくのか?」
「そうそう」
って訳で、別の場所で本を回収していたレグルスくんと紡くんの名前を呼ぶと、二人がちょこんと本棚の間から顔を出す。
だけどその表情はちょっと困ったようなそれで。
奏くんと顔を見合わせて、私達はひよこちゃん達のいる場所へと向かう。
すると紡くんがほっとしたように、一冊の本を私に渡した。
ひよこちゃんもなんだか緊張した面持ちで、私に渡された本を見ている。
「なに、これ?」
装丁と言えるほどしっかりした表紙ではなく、タイトルもない。当然表紙にもないものが、背表紙にある筈もなく。引っ繰り返して奥付の部分を見れば、隅っこに十年位前の日付が申し訳程度に書いてある。
けど、その日付の字に何でか見覚えがあって。
なんで見覚えなんてものがあるのかと疑問に感じていると、レグルスくんがモジモジと指をしきりに動かす。
「にぃに、このごほん……あの……」
「うん?」
「あの、れー、ちょっとよんじゃった……」
「ああ、そうなんだ? 何か困ることが書いてたの?」
目線を合わせるようにレグルスくんや紡くんの前に屈むと、同じように奏くんも屈んだ。そして困り顔の紡くんの頭を撫でて優しく問いかける。
「どうした?」
「……わかんない……」
「解んないって……」
解んないけど困るってなんだ?
奏くんと二人で顔を合わせて首を捻る。するとレグルスくんがきゅっと結んでいた唇を開いた。
「にぃにのおばあさまのおなまえがかいてあったの。それでちょっとだけよんだら……おうちのひと、みんなきらいってかいてあった……」
「おぅふ、そりゃ困るね」
つまり、これは祖母の日記か何かだった訳だ。
もうさぁ、こういうの始末に困るから隠すなら徹底的に隠してくんないかなぁ。まあ、祖母が領民に対しては善政を敷こうとするような人でも、家族に対してはちょっと難ありな人ってのは、ロッテンマイヤーさんから貰った日記でうすうす感じてはいたけども!
そんなものを読んじゃった多感な子どもの心が傷ついたらどうしてくれるんだよ、って話だな。
眉毛を下げるちびっこ二人の頭を撫でると、私は口の端を上げた。
「うん。何が原因でそうなったか解んないけど、少なくてもこの時はそうだっただけで、時間が経ったら変わったんじゃないかな? 私が持ってる日記には曽祖父様の事は無茶苦茶尊敬してるってあるし」
「ほんとう?」
「本当。後で見せてあげようか?」
手の平をひらひらさせると、安心したのかひよこちゃんも紡くんも少し笑う。
それにしても本当に読ませるつもりがないのなら、変なとこに置いとかないでほしいもんだよ。
気落ちしちゃった二人には気分転換が必要だろう。目配せすると、奏くんが動いた。
「休けいすっか。アリス姉ちゃんのとこにいって、お茶もらおうぜ」
「うん。にぃにのぶんももらってくるね?」
「おやつも貰ってきてね」
「はぁい! つむ、はこべるよ!」
きゃっきゃしながら部屋を出ていくおチビさん達に気付かれないように、奏くんが私にちらりと視線を寄越す。
その眼に「大丈夫」と口を動かすだけで答えると、私はその本を持って書斎を出た。自室においておけばこの本がレグルスくんや紡くんの目に触れる事はないだろう。
そんな訳で本を私の部屋にある机の引き出しにしまうと、私はそのまま書斎に戻った。
その夜のこと。
奏くんに作ってもらったフェルティング・ニードルを試す時が来た。
洗って乾かした羊毛を必要な分量だけ取り分けると、それを四つくらいの束に分ける。
その内の一本を端っこから、くるくる巻いて行くんだけどボール状にしたいから、この時から横に広がらないようにできるだけ球形に丸めていくのが大事。
で、巻き終わった辺りでニードルの出番だ。
丸めた羊毛が解けないように針でプスプスする。この作業無心で出来るから結構好き。
針の具合も良い感じで、気持ち良く羊毛を刺していると手元に少しだけ影が差す。
『楽しそうだな』
「はい。これが中々楽しいんです」
振り向けば氷輪様がいらしてた。
今日のお姿は、黒地に銀糸の唐草のような刺繍の入った長いジャケット、その下は裾の僅かな部分しか見えないけど、白いワンピースのようなお召し物、ズボンも幅広の白いもの……これはアレだ。前世なら「石油王」って言われたら「なるほど」って感じの。
頭部の被り物はしてないけど、何となく日本人が石油王に抱くイメージていう?
『今日は何をしている?』
「えんちゃん様に差し上げるぬいぐるみというか、それっぽいものを作るための準備です」
『ふむ。見せよ』
「はい。もしもご興味がおありでしたら、一緒にいかがです?」
『良いのか?』
「はい!」
道具と羊毛を差し出すと、氷輪様が私の隣に椅子を持って来て座られる。
そうして受け取った道具を興味深げに眺めると『どうするのだ?』と仰った。
そうだな。私達が作るのもだけど、自分のために大好きなお兄様やお姉様がぬいぐるみを作ってくれたと知ったら、えんちゃん様はもっと嬉しいだろう。
姫君にも聞いてみようか?
そう考えながら、私は氷輪様の分の羊毛を取り出した。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




