音楽家と子どものポルカ
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次回の更新は、3/18です。
箏というのは大昔、神事の際神様にご降臨を願うために爪弾かれた楽器なんだとか。
そしてその箏を演奏するのは王族か神官かあるいは貴族で、かつてたしかに筝は貴族の一般教養だった。
「千年位前だけど」
「おぅふ!」
「それも麒鳳帝国が成立する前にあった東方国家の一般教養、だったかな」
ヴィクトルさんが眉間を揉みながら言う。
因みに、このお箏はその東方国家が工芸技術の粋を尽くして作った、楽器でありながら美術品とも言えるコレクター垂涎の逸品。
それだけじゃなく、長く天界におかれてたようで、精霊さんはお住まいだし、他にも持ってるだけでも「ドえらいこっちゃ」と思うような効果があるって、ヴィクトルさんの目には映ったそうな。
「……すごく、むかし?」
「そうだよ、れーたん。今じゃ箏自体弾ける人の方が少ないんじゃない?」
「わぁ……」
じゃあ、今の私にはあんまり関係ないじゃん。
でも、姫君は弾けるようになれって仰ってたし、レグルスくんにも弾けるようにっていってたっけ。
その辺の事をお話しすると、ヴィクトルさんが天を仰いだ。
「あー……、姫神様は本気であーたんとれーたんをご自分の御使いにするつもりなのかなぁ」
「御使いって」
「そのままだよ。地上でのご自身の代理人。姫神様はこれまで地上に神殿も置かなければ御使いも置かれなかった。だけどあーたんとれーたんにはご自身で声をおかけになるし、可愛がってもくださってる。つまり、まぁ、そういう事かな?」
「え、いや、どうなんでしょう?」
そんな事を言われたことはないんだけど。
でも代理人って言われても、私は侯爵家の当主だし出家して世俗と縁を切ることは出来ない。レグルスくんもだ。
例えばこのまま何事もなく私もレグルスくんも大人になれれば、私はレグルスくんに分家を興してほしいと思ってる。
本家の当主に自由はほぼないけど、分家ならまだ自由に動けるし、レグルスくんの好きな事をして生きてほしいんだよね。
困った時は相談だ。
思ってることをヴィクトルさんに伝えると、ふわりと頭を撫でられる。ヴィクトルさんの手は楽器を弾く人のそれだから、柔らかくて繊細だ。
「出家はしなくていいんじゃないかな。今まで通りって言うか。どっちか言えば、これは僕達大人の方が難しい話になるねぇ」
「そうなんですか?」
「うん。例えばお見合いとかの話はかなり慎重にしなきゃいけない、とかね」
「お見合いですか?」
何でだ?
レグルスくんと顔を見合わせて首を捻る。
するとヴィクトルさんがふにゃりと眉を下げて笑った。
「神様の奥方様になった人がいない訳じゃないから。それを踏まえて、姫神様はあーたんとれーたんが大人になった時に二人をお召しになるんじゃないかって考える人もいるだろうね」
「は!?」
「考える人もいるってだけだよ。僕は寧ろ、あーたんとれーたんの結婚を大人たちに利用させないようにしようとしてるんじゃないかなって。ほら、ロスマリウス様からお見合いが持ち込まれたって言うし、陛下のとこには外国からも釣書が届いてるって聞いてるし。それはあーたんも知ってるでしょ?」
「はい」
「君は難しくてもれーたんならって考える奴もチラホラ出て来てるしね」
「れーも!?」
政略結婚は貴族の常だけど、いくら何でもちょっと理解が追い付かない。
レグルスくんと二人手を取って震えあがると、ヴィクトルさんが私にしたようにレグルスくんの頭を撫でる。
レグルスくんは私がよくやるからか、頭を撫でられるのが好きみたい。ヴィクトルさんの手に自分から頭を押し付けに行く。
それを私が見ている事に気が付いたのか、もじもじと「ヴィクトルせんせいのおてて、にぃにのおててににてるから」と照れる。可愛いな。
ヴィクトルさんもレグルスくんの様子に目を細めた。
「姫神様は君達二人を出来るだけ自由にさせておこうと、御心を砕いてくれてくださってるんだと思うよ。そしてその風避け役を僕達大人にきちんとしろと仰るつもりで、この箏をお渡しになったと思うんだよね」
「えー……」
「僕達大人がこの箏を持ち出して『姫神様は菊乃井侯爵とその弟君の箏の音には応じられる用意がおありのようですよ』って一言言えば、どんな権力者も引かざるを得ない。仮令陛下であっても、ね」
なるほど、突然のお話にはそんな意味があったのか。
レグルスくんの顔を見ると、ちょっと難しかったのか眉間にしわがむきゅっと浮いていた。
そのしわを伸ばしながら私は少し首を捻る。
「じゃあ、箏を弾けるようにって仰ったのは……」
「いや、それは本当に弾けるようにならないといけないんじゃないかな」
「Oh……」
「れーも、ひけないとだめ!?」
「そうだねぇ」
穏やかにヴィクトルさんは言うけど、たしかに姫君はしなくていい事を「しろ」とは仰らない。
となれば、箏は私達兄弟の必須科目になる訳で。
私はヴィクトルさんの服の裾をおずおずと摘まむ。
「弾けるようになりますかね?」
「うん? 大丈夫じゃないかな。何事も挑戦してみるのはいい事だと思うよ。もし違う楽器の方が手に馴染んで、そっちが楽しいなら姫神様にそう言ってみたらどうかな? 怒られはしないと思うけど」
穏やかに私の手をとってヴィクトルさんが言う。
そうだな、何事も挑戦だ。
そう思ってレグルスくんと顔を見合わせると、ひよこちゃんがキラキラとおめめを輝かせる。
「それではヴィクトルさん、よろしくご教授ください」
「ヴィクトルせんせい、おしえてください!」
「はい、任されました。じゃあ、早速やってみようか?」
「はい」
「はい!」
そんな訳で、その日の音楽の時間はお箏の演奏会とお稽古の時間になったのだ。
と言っても本格的にお稽古するには、道具をきちんと揃えないといけない。特に爪と箏。
爪はやっぱり個人個人で用意した方が良いし、お箏は姫君からいただいた物を練習用にするなんて怖いと、ヴィクトルさんが違う物を用意してくれることに。
それにレグルスくんが演奏会で他の楽器に興味を持ったので、そっちも用意してくれるんだそうだ。
龍笛なんだけど、ぴゅい~って感じの響きが気に入ったらしい。
私達兄弟の反応にヴィクトルさんは何か感じる事があったようで、他にも楽器を何か見繕ってくれるみたいだ。
「あーたんは歌があるから良いかなって思ったんだけど、やっぱり音楽を教えるなら楽器もやって欲しいとは思ってたんだよね。だけど君達忙しいから、あれこれ詰めちゃうのはなって」
「そうなんですね」
「うん。だから自分からやりたいって言ってもらえてよかったよ」
「れーもじぶんでひくの、たのしいってしらなかった!」
「そうだね。まずは楽しむことから始めようか。かなたんやつむたんにアンジェちゃんも交えて」
皆何か楽器が弾けて、それを一緒に演奏するってきっと楽しいだろうな。
想像すればワクワクするけど、それだけじゃなくて。
胸の中が逸る。
想像する未来は遠いけど、言うだけなら今はタダだ。
私は胸のドキドキをそのままに、口を開く。
「あの、ヴィクトルさん」
「うん?」
「私、これからの菊乃井の事で考えてることがあって」
「なにかな、聞くよ?」
ルイさんやロマノフ先生にも話したけど、菊乃井はこれから学術・芸術の都を目指す。
誰もが自由に学びたいことを学び、芸術や文学を愛し、技術を研究することの出来る、実りある平和な都市になるのだ。
そしてそれが未来永劫守られるように、安全で豊かで自由な都市にする。
それがこれからの目標だと話せば、ヴィクトルさんが目を細めた。
「……そうか。うん。僕はあーたんが音楽学校を作りたいって思ってることに惹かれてここに来たんだ。だけどそれだけじゃなく、それを守り未来に受け継いでいけるような場所も作ることにしたんだね。勿論、協力するよ」
「はい!」
「れーもきょうりょくする! がんばる!」
「うん。れーたんも一緒に頑張ろうね!」
「えいえいおー!」と勝どきを上げる私達兄弟に、ヴィクトルさんは惜しみない拍手を送ってくれた。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。
 




