一般教養、ただし今の時代とは言ってない
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、3/14です。
何にせよ迂闊には動けない。準備が必要だ。
その準備の中にはラシードさんとイフラースさんの能力強化も含まれる。
秋口までにはまだ時間があるから、役所で良く学び、私やレグルスくん、奏くん・紡くん兄弟と一緒にエルフィンブートキャンプに参加すること。
そういう話でまとめて、私達は今度こそ役所を出た。
それから数日後。
屋敷の菜園は夏の彩がちらほらと見えるようになっていた。
例年の如くナスやトマト、キュウリにフランボワーズ、それからござる丸が出してくれたサクランボが実をつけ始めている。
収穫にはちょっと早いから、雑草を抜いたり間引きしたり、結構忙しい。
暇を見つけてはロマノフ先生もヴィクトルさんもラーラさんも農作業を手伝ってくれるけど、なんと象牙の斜塔の大賢者こと大根先生・フェーリクスさんも加わってくれてる。
エルフは野に親しむものっていうけど、美形が麦わら帽子被ってタオル首に巻いて野良仕事って、ちょっとなんかこう……どうなんだ?
いや、楽しそうだからいいんだけど。
最初は戸惑ってた源三さんも、最近では私とひよこちゃんだけじゃなく、先生達にも菜園に何を植えたいか聞いてるぐらいだし。
今年、先生達はシイタケやマッシュルームを育てる気でいるそうだ。
私とレグルスくんは枝豆とトウモロコシに挑戦してる。奏くんや紡くん、アンジェちゃんも手伝ってくれてるんだ。
薬学に詳しいフェーリクスさんが自然に優しい虫よけ農薬を作ってくれたお蔭で、あまり虫食いもなく良い感じ。
皇子殿下方がお越しになる時には何か収穫出来るくらい育ってたらいいけど。
あれから行啓に関して、一つ連絡があった。
本当にお忍びのていで行くので歓迎セレモニーとかやらない方向で。ついでに野良仕事とか領地の見回りとかダンジョン制覇とか色々こき使っていいからね。その代わり空飛ぶ城にお泊りしたいんだってさ。わぁ、よかったー!
……って、よくねぇわ。
上の連中何考えてんだ、訳が解らない。
ロマノフ先生が私のスケジュールを宰相閣下から聞かれて、「朝は執務と家庭菜園での野良仕事、昼は勉強と領地の見回りの日もあれば、見習い冒険者講習受けてる時もある」って言ったからなんだそうだけど、それについて来るって何だ?
皇子殿下やゾフィー嬢も冒険者登録すんの? マジで?
奏くんなんかこの話をしたら「いいじゃん、手伝ってもらったら」とかゲラゲラ笑ってたっけ。
おのれ、奏くん! あの人たちが来るときは絶対に一緒に行動してもらうんだからね!
お忍びだっていうなら、普通の友人として遇する。そこに身分なんか持ち込ませないんだから。
そんな決意を胸に秘めつつ、間引きしたキュウリを集めてレグルスくんと紡くんに渡す。
「じゃ、お願いします」
「はい、まかされました!」
「はい!」
金色の髪をふわふわ揺らしたひよこちゃんと、にぱっと笑った紡くんの弟コンビは、間引きしたキュウリを大小に分ける。
大きいのは颯やポニ子さん達、菊乃井の動物たちのご飯。小さいのは酢漬けや味噌漬けにして先生達の晩酌用になったり、私達のごはんのお供になったりするんだ。
引いた雑草は米ぬかなどなどと混ぜて肥料にするので、無駄にはならない。同じ姫君の眷属だもの、違った形で花咲けるように使わせてもらう。
そんなこんなで朝一番の農作業を終えると、ここで一旦奏くんや紡くんとはお別れ。
私達兄弟は奥庭で姫君にお会いしに行って、その間奏くんたちはフェーリクスさんと実験をしているそうだ。
次の実験は「いかに人にも自然にも優しい除草・除虫剤を作るか」らしい。
レグルスくんとお手々繋いで、ぽてぽてと奥庭に歩けば、一輪、大輪の牡丹が風に揺れている。
「姫君様、おはようございます」
「ひめさま、おはようございます!」
呼びかけて牡丹に跪けば、ゆらりと牡丹から人の姿が現れた。
「うむ、息災かえ」
「はい。姫君も御機嫌麗しゅう」
「まあ、の。七日ぶりでは変わりようもないわ」
「たしかに」
薄絹の団扇を閃かせて姫君の唇が三日月になる。
いつもならここで今歌う曲を言われるのだけれど、今日はちょっと違って。
「鳳蝶よ、末の子が羊の毛を気にしておったぞ」
「ああ……、はい」
そう言えば翁さんからの返事も、ロマノフ先生を介してこの数日にあった。
毛刈りは来週の、よく晴れた日にしてほしいとの事。
その話を姫君にすれば「然様か」と仰り、そのあと少し考えられる。
「ひめさま?」
「うむ、鳳蝶よ。妾に一つ捧げものをせよ」
「はい、私で出来る物なれば」
「そなたでなくば無理だろうとも。羊のぬいぐるみか編みぐるみか、そういうものを一つ所望じゃ」
それも、今度獲れる絹毛羊の毛を使った物を。
そう口にされて、ひよこちゃんがにかっと笑った。
「えんちゃんにあげるんですか?」
「ひよこ、言わぬが花じゃ」
「わかりましたー! アンジェやつむやブラダマンテさんにもおてつだいおねがいしていいですか!?」
「ああ、末の子の友じゃな。よいぞ」
「だって、にぃに」
「うん。皆にも手伝ってもらおうね」
にぱっと笑うレグルスくんの頭を撫でると、姫君様も満足そうなお顔をされた。
そうだな、あの時えんちゃん様も一緒だったし、えんちゃん様になにかプレゼントするのに関われるとなれば、皆喜ぶだろう。
そう考えて、私も「承知いたしました」と頷く。
それを見て姫君が団扇をすっと閃かせた。するとずずっと重たい音を立てて、空間が僅かに歪む。
渦になって割れた空間に向けて姫君がもう一度団扇を振ると、そこから何やら木の板のようなものがゆっくりとこちらに這い出て来た。
黙ってみているとそれは結構な長さがあって、幅も割とある。単なる木の板でない事は上に張られた十三本の弦を見て分かった。
これって、あれだ。
「箏じゃ」
「はあ」
「やる故、励め」
「へ?」
え? なんで?
頭に疑問符を付けているのは私だけじゃなくレグルスくんもで、二人して箏と姫君に視線が行ったり来たりする。
私達兄弟の様子に、姫君が呆れたような表情をされた。
「……そなた、楽器は一般教養ぞ?」
「え、そうなんですか?」
「うむ。妾も琵琶くらいは爪弾くし、氷輪も竪琴くらいは弾く。艶陽も妾が琵琶を教えておるし、海と火のは笛、イゴールは何でもやるが、ギターとやらが最近の気に入りじゃ」
「神様の一般教養……?」
どういう事?
益々謎が増えるのに、姫君は団扇を横に振って否定の意を示される。
「違う。かつては人間も楽器の一つも弾けねば貴族の風上にも置けんと言われておったのじゃ。それが戦やらなんやらで変わってしもうた。今の貴族とやらは妾からすればちと無粋よの」
「ははぁ」
「何を間の抜けた声で鳴いておる。そなたにこの箏をやる故、貴族の嗜みを身に付けよと言うておるのじゃ。弾き方はそなたの音楽教師のエルフに聞くがよい。ひよこも習うのじゃぞ」
「はい……?」
返事をするものの、レグルスくんのお顔に困惑が浮かぶ。私だってびっくりだわ。
微妙な空気が漂う中で、箏がフヨフヨと私とレグルスくんの前でゆっくりと地面に置かれる。
拒否権は無いらしい。
「時折は上達したか、確認するゆえ。しかと励めよ」
「え、あ、はい」
「はい」
それが姫君の思し召しならやってみようか。
そんな事で本日のお歌を一曲歌うと、後は箏の説明をヴィクトルさんに受けるように言われて、本日のお歌のお稽古は終了。
えっちらおっちらレグルスくんと二人で箏を担いで、いつも音楽やダンスを習ってるホールへ運ぶ。
ホールでは既にヴィクトルさんがピアノを弾いていて。
「ヴィクトルさん!」
「はい、あーたん。どうし……」
「たの」って言いかけて、ヴィクトルさんの目が点になる。
それから何度か瞬きすると、震える指先で私達が持って来た筝を指差した。
「なに貰って来ちゃったの!?」
何って言われても、ねぇ?
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




