広いようで狭いモノ
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その男とスパイスの出会いはざっと十年ほど前。
とある国で軍役についていた男は、些細な事で死にかけた。それまで男はエリート街道を真っ直ぐひた走って、それ以外の道など目にも入らなかったそうな。
しかし、ほんの些末な事が原因でその出世街道から外れて、自棄を起こした彼は国を飛び出したという。
紆余曲折色々あって、辿り着いた先で滅茶苦茶美味しい料理に出会ったそうで。
そこは生の魚を食べさせるのが名物で、獲れたばかりの魚を丁寧に捌いて、身を美しく切り分けて、ピリッと辛くて鼻につんとくるスパイスを載っけて醬油を付けて食べるというただそれだけの事なのだけれど、まあそれが旨いのなんの。
「アノ時カラ、私、山葵ノ事大好キニナリマシタ。山葵、最高。デモ世ノ中、美味シイスパイス山葵ダケジャナイ。沢山アリマス。菊乃井ノカレーモ美味シイデス。スパイスハツマリ最高! ソレヲ広メルノ、私ノ使命デス!」
「は、はぁ……」
「ソンナ訳デ私、スパイスハンターモヤッテマス。スパイスハンタートシテスパイスヲ追イ求メテル時、雪樹ノ一族ト出会ッテオ付キ合イシテモラウコトニナッタンデス」
「なるほど」
世の中は広いようで中々に狭い。
からんと手に収めたグラスの中で、凍らせたレモンが蜂蜜を入れた水に少しずつ溶ける。
菊乃井に新しく出来たカフェの人気メニューの蜂蜜レモン水だ。
ジャミルさんと知り合いだったらしいラシードさんとイフラースさんと、積もる話もあるだろうからと皆でお茶することにして。
菊乃井にスパイスを卸してくれる商人のジャミルさんと、雪樹の魔物使いの一族の族長の末息子のラシードさんが、帝国の片田舎の菊乃井で再会。それ何て運命。
因みに雪樹山脈にはそこでしか採れない「氷山椒」ってのがあるらしい。山椒というからには山椒なんだけど実も花も氷のように透明で、粉山椒にして脂の乗ったお肉やらお魚につけるとピリッと、でもサッパリするんだとか。
「ソレデ、ナンデ坊チャントイフラース君ハ菊乃井ニ? オ家カラカナリ遠イト思ウケド?」
「それは……」
言いにくそうにラシードさんもイフラースさんもグラスに視線を落とす。
うーん、これは私が説明するべきなのかな?
結構ややこしい話だし、あんまり余人に漏らさない方が良い類の話だとは思うんだけど。でもジャミルさんだしな。この人は菊乃井にお金がない事を知ってて、格安でスパイスを売ってくれてる人だ。信用は出来ると思う。
だけどなぁ……。
ロマノフ先生も判断に悩んでるのか、何にも言わない。レグルスくんも困った顔で私を見てるし、彼の瞳の中に映る私も同じように困った顔だ。
若干空気が重くなったのを感じたのかジャミルさんが何か言おうとするけど、言葉にならなかったのか口を閉ざす。
そんな中ラシードさんとイフラースさんが顔を見合わせ、そしてきりっとした顔つきでラシードさんが話し始めた。
それはラシードさんとイフラースさんが、アルスターの森で私と出会うまでと出会ってからの話で。
ジャミルさんは逐次相槌は入れても、決して口を挟むことなく聞いてくれた。
「……ナンテコトダ」
深く深く息を吐くと、ジャミルさんは眉間を揉んだ。
兄弟喧嘩なんてどこのご家庭にだってあるだろうけど、それが生きるの死ぬのに繋がるなんて本当に「何てことだ」だっての。
ジャミルさんは切なそうに再び溜息を吐くと、ラシードさんに「族長ハ?」と問うた。
「族長ハ坊チャンノオ母サンデショ? ドウシテイマスカ?」
「判らない。俺、あれから帰ってないし」
雪樹の一族とコンタクトを取れそうな人を探すのに難航していたところに、火神教団の騒ぎとか色々起こったせいで、ラシードさんには申し訳ないけどそっち方面は後回しにさせてもらってたんだよね。
ラシードさん本人も「今連絡取れても帰れないしな」って言ってたのもあるけど、後手に回ってるのはたしかだ。
「って言うか、連絡取れても俺もどんな顔したらいいか判んないし……」
「アア、ソウカ。オジサン、余計ナコト言イマシタ。ゴメンネ?」
「うぅん。おっちゃんは心配してくれたんだろう? 謝んないでくれよ」
お互いに気まずげにして、ジャミルさんとラシードさんは黙る。
暫くみんなで黙っていると、ジャミルさんが何かを思いついたのか、少し躊躇いながら口を開いた。
「オジサンガ知ラセテアゲヨウカ?」
「え?」
「オジサン、菊乃井デ取引ガ終ワッタラ『氷山椒』採リニイクツモリダッタカラ、ソウシヨウカ?」
それは願ってもない事だけど、何となく嫌な感じがしないでもない。でもそれはジャミルさんではなくて、ワイバーンの行動が異様だった事に由来する。
だってこれ多分単純な兄弟喧嘩じゃなくて、もっと大きな何かが絡んでる気がするんだもん。
ましてラシードさんは、本人の知らない封印が掛けられてた身だ。
今だってイフラースさんとの約束があるから、それを彼には話していない。そしてイフラースさんも思う事があるらしく、さっきから一言も発していないんだよね。
「どうしよう、鳳蝶? 頼んでいいかな?」
ラシードさんも何か感じる物があるのか、不安そうな目を私に向けてくる。ラシードさんって危機回避能力天然で高いんだっけ?
その彼が不安げって事は、ちょっと良くないのかもしれないな。
だとしたら……。
「ジャミルさん」
「ハイ?」
「その氷山椒って今じゃないとなくなるやつです?」
「イイエ、寧ロ秋口ガ本番デス」
「じゃあ、秋口に雪樹の一族まで私達を案内してもらえませんか?」
「エ、エエ。オジサンハカマワナイデスガ……?」
「なら、そのように。旅の手配とかお金とかこちらで持ちますから、必要な物は全て言ってくださいね」
「ア、ハイ」
コクコクとジャミルさんが頷くと、ロマノフ先生が肩をすくめる。
「前に一度ラーラが雪樹の麓まで行ったことがあるらしいですから、暇を見つけて転移魔術で私とヴィーチャも飛べるように連れて行ってもらっておきますね」
「よろしくお願いします」
「え? ど、どういう……?」
ラシードさんとイフラースさんが目を白黒させる。ジャミルさんも呆気にとられた顔だ。
でもレグルスくんは私の意図が解ったみたいで、にっこり元気よく手を上げる。
「れーも! れーもいく!」
「うーん、寒いからお留守番しててほしいな?」
「やだ! れーはにぃにのきしなんだから、いっしょにいくの!」
ぷうっとほっぺを膨らませるレグルスくんと、私のやり取りに弾かれたようにラシードさんが椅子から立ち上がった。
「ちょ!? え! 行くって、まさか!?」
「乗り込みますよ。ご挨拶もしなきゃなんないだろうし」
「ご挨拶って、なんの!?」
「そりゃ息子さんを菊乃井にもらい受けるご挨拶ですよ。必要でしょう?」
彼自身、足場を固めたら一回は帰ろうと思うって言ってたからいい機会だろう。
私の言葉に、ラシードさんは少し考え込むような素振りを見せて、それからこくんと頷く。
「そうだな。兄貴とはケリを付けないといけないし、それが遅いか早いかってだけだ。お袋や上の兄貴とも話をしなきゃいけないだろうし、鳳蝶がいてくれた方が話が早そうだ」
「ラシード様!?」
「だって鳳蝶のがお袋や上の兄貴より強いぜ? いてくれた方が絶対話しやすいって」
「いや、まあ、そうですけども……」
イフラースさんが「それでいいんだろうか」って顔をする。
って言うか、これってうちにもチャンスなんじゃないかな?
雪樹の一族で肩身の狭い人を早々に取り込めたら、Effet・Papillonの生産力向上にもつながるし。
ちょっと忙しいけど、何とかなるだろう。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




