ど田舎は寧日ばかり……?
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あしからず。
色んなハプニングはあったものの、二週間後マリアさんのコンサートに行くために、ヴィクトルさんと再会をお約束して、私の帝都オノボリさん行は終わりを告げた。
買ってきたお土産を屋敷の人達に配って回ると、何だか皆恐縮してたけど、中身は単なるクッキー。畏まられることもないし、お茶の時間にでも食べてくれれば。
帝都から来た宇都宮さんも帝都クッキーは初めてだったそうで、結構喜んでいた。
レグルス君はお土産を渡したら直ぐに食べちゃったと宇都宮さんが言ってたけど、しっかりその日の夕飯も残さず食べていて、どこにそんな量が入るのかと。
食べても贅肉にならないとか、美形の特権か。
まあ、縁のないものを羨ましがっても致し方ない。私は地道に散歩してダイエットに勤しみますとも。
帝都のマルシェで手に入れたスパイスは、種類が様々で状態も様々。そのままで使えるものもあれば、そうでないものもある。
例えば鬱金。
生のままで売っていたものだから、スパイスとして使えるようにするために、水で洗ってから濃黄色の皮を綺麗に剥いて、五、六時間煮て、約二週間の天日干し。それを経て砕いて漸く使用可能になるのだ。
料理長や他のひとたち……お針子のエリーゼや動物の飼育係のヨーゼフにも手伝って貰うと、何だか彼らもウキウキした感じで。
『美味しいものが食べられるなら喜んで』と言うことらしい。
私が帝都で遊んでいる間に、ロッテンマイヤーさんと料理長は街に出て、フィオレさんと交流を持ってくれたそうで、レシピの交換も行ってくれたそうだ。
それについてお礼と遅まきながら、レシピ公開の理由を伝えれば、料理長は苦笑いして。
「あれは若様のレシピですよ、私のじゃありませんぜ」
「え、や、料理長のですよ?」
「若様が仰るようにやって出来たもんだ。私にはない発想ですし、若様がシェアするってんなら、私には異存はありません。でも注文はありますな」
「注文ですか?」
「次に面白そうな料理を思い付いたら、アイツじゃなくて先に私に教えてください。若様の料理人は私なんですから」
どういう意味だろう。菊乃井の料理長として、菊乃井が携わる料理には責任があるってことかな。
良く解らないけど、そう言うことならと頷いた結果、カレーライスは下準備から菊乃井の家ですることになったのだ。
二週間後が楽しみ。
帝都で買ってきたのはそれだけじゃない。
着物の柄に似た正絹の切れ端を纏めたものがあったから、つまみ細工を始めてみたり。
つまみ細工っていうのは、小さな正方形に切った薄絹を三角に折り畳んで土台に貼り付けて、花とか蝶とかを作ったりする細工物のこと。
髪の毛が伸びて来たからヘアピンが欲しいけど、どうせなら可愛い飾りをつけたいんだよね。着けるの白豚だけど。
そんな計画を立てつつ、日常をこなす。
で、そんな日課に加わったのが、源三さんによるレグルス君の『剣術指南』の見学だ。
小さな木刀───木剣じゃなくて木刀なんだよね───を構えて、上段から下段に振り下ろす。それを片手で源三さんは受け止めて、流すようにレグルス君を同じく木刀で振り払った。
その拍子にレグルス君が尻餅をついたけれど、泣かずに源三さんに果敢にも飛びかかる。
それを何度も繰り返して、最後は木刀を腰に差し直してお辞儀して終わるのが源三流剣術なのだそうな。
源三さんが怪我をさせるためにやってる訳じゃないし、逆にレグルス君が変な怪我をしないように柔らかな土の上で稽古してくれてるのは解るんだけど、心臓に悪い。
レグルス君が吹っ飛ばされる度にビクビクしている私に、源三さんは苦笑していた。
「まあまあ、若様。レグルス様のことはこの爺ぃにお任せなされ。怪我はさせんとお約束しますじゃ」
「源三さんが気を張って下さってるのは解るんだけど……!」
なんか、こう、落ち着かない。
だって三歳だよ?
三歳の小さな子が、お爺さんとは言え筋骨隆々の大人に吹っ飛ばされるなんて、心臓に悪い。
だけど、レグルス君は尻餅をつく度にちらりと私を見ては頷いて源三さんに向かっていく。
脳内にはアレだ。
前世で見た、負けても勝ってもボロボロになる、ボクシングの世界チャンプの映画のテーマ曲が流れてくる。
んで、またもころんとレグルス君が吹っ飛ばされた。
「あー……源三さん、もうそれくらいで……」
「うん?そうですのう、若様がそう仰るなら……」
見かねて口出しすると、ふぉっふぉと笑いながら源三さんは木刀を直す素振りを見せる。しかし、そこで「やー!」と叫んだのは、吹き飛ばされたレグルス君だった。
「まだ、れー、まけてない!」
「えー……」
「まけてない!できる!にぃに、れー、まけてないの!」
「あー……いや、でも……怪我したら危ないよ?」
「いや!にぃ…あにうえ、れー…じゃなくて、わたしは、まだできます!」
あらやだ、レグルス君が『わたし』って言ったし『あにうえ』だって。
いつの間にこんな大人びた話し方が出来るようになったんだろう。
ちょっと感動していると、レグルス君は立ち上がってまた源三さんに打ち込みに行く。
こうやってこどもは段々と育っていくんだなぁ、とか他人事みたいに思うけど、私も子供だった。
私も成長しないと。
剣術道場は菜園の隅っこで開かれている。
二人が剣術してる間に私は土でも耕しておこうか。
子供用のスコップを手に雑草を引き抜きながら、ちまちまと土を掘り返しては均していく。
目の端にはチラチラとレグルス君が、源三さんに打ち込んではひらひらと避けられているのが見えた。
一生懸命で可愛いなぁ、なんて思ってたら、レグルス君が木刀を大きく振りかぶった刹那、源三さんの目付きが厳しく変わり、老人とは思えぬ素早い動きで一足飛びで飛び退く。
力一杯振りかぶられた木刀が、大地を打ったら手首を痛めてしまうかも知れない。
レグルス君の泣き声を覚悟していると、ボコッと地面から聞こえてはいけない音が聞こえて。
「は……?」
は?じゃない。我ながら「は?」じゃない。
なんとレグルス君が木刀をぶつけた地面が、クレーターのようにひび割れながらへこんでいたのだ。
「ふぉっふぉっふぉ、これは派手におやりになりましたなぁ。土を柔くして掘り返す手間がなくなりましたの」
「むー、おてていたい……。にぃに、おてていたいのー!」
木刀を持ったまま、レグルス君が突進してくるのを、驚きの余り避けきれず、鳩尾に頭突きを食らって悶絶するまで、私は呆けていた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。