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皇子と伯爵の仁義あるお話合い 前

お読みいただいてありがとうございます。

書籍化されている部分に関しては、後々の方の資料になればと思い、あえて誤字脱字や加筆訂正部分をそのままにしております。

ご了承ください。

誤字報告機能を利用し、校正をされる方がおられます。

誤字脱字報告以外はお断りしております。

あまりに目に余る場合はブロックさせていただきます。

あしからず。

 ロマノフ先生は皇帝陛下とお話があるという事で、城に誂えられたサロンでお話。

 第二皇子殿下とゾフィー嬢の事はヴィクトルさんとラーラさんが請け負ってくれたので、私は第一皇子殿下と最上階の主の間、レクス・ソムニウムの部屋へと来ていた。

 色んな魔道具がおいてあって楽しいし、主の間だけあって素晴らしく座り心地のいい応接セットがあるんだよ。

 それにこの部屋に張られた結界は、なんと大賢者・フェーリクスさんにすら破るまでに「七日くれ」っていうほどのもの。ここより安全で、内緒のお話をするのにもって来いの場所はない。

 そんな訳で作りの良いソファーを殿下に座っていただく。

 ついて来ていたうさおにお茶の準備をお願いして、私も殿下の斜め向かいのソファーに座った。

 さて、お話合いだ。

 しばしの沈黙ののち、殿下が口火を切った。


「此度の歌劇団の公演もだけど、武闘会も見事な勝ちだった」

「ありがとうございます」


 緊張した面持ち。

 相手の功績をきちんと認めるのは、その上位者としては正しい姿勢だろう。

 でもあの武闘会、それだけで終わらせていい事じゃない。それは私から切り出した方が良いんだろうか……?

 迷っていると、殿下が難しい面持ちになった。


「……その、これは第一皇子ではなく統理としていう事だが、聞いてくれるか?」

「はい」

「うん。……昨夜、父に聞かれたんだ。『お前は菊乃井伯が龍をんだという事がどういうことか分かるか?』と」


 私は何も言わない。

 殿下の言葉を待っていると、うさおがお茶の用意をテーブルの上に並べてくれる。

 ロッテンマイヤーさんが特別にブレンドした茶葉を持たせてくれたんだけど、これは先生方にも評判がいいヤツ。

 香しい匂いを楽しんでいると、殿下がぽつりと零した。


「アレは勝つだけでなく、内外に『菊乃井伯の正しさを神々も認めておられる』という事のアピールだと思う。違うか?」

「違いません、その通りです」

「でも父上はそれだけじゃないと仰った。菊乃井伯の正しさの証明と共に、諸外国への帝国には神の加護があるという示威行動でもある。それだけじゃない。帝国に(あだ)なせば、神龍を召喚し、古の偉大なる魔術師の空飛ぶ兵器を蘇らせた、恐らく当代随一の魔術師を敵に回すと示した、と」

「そう取る方もいるとは思いますし、そう取られるだろうなと思いつつやりました」

「そうか」


 勝つだけならあんな派手な事をしなくても勝てた。

 でも火神教団とイシュト様を切り離すには、今までの事件だけでは正当性が少し弱い。だから月の龍にお出まし願うことにした訳だ。

 私の願いに神のしもべたる龍が応えたというのは、私の言葉に人知を超えた信頼を与える。少なくともあの龍が私の言葉に応じたのを見た人間は、私の正しさを疑わないし疑えないだろう。

 一方でそれだけの大きな力を私、ひいては帝国が持っていると内外に示したんだから波乱もあろうよ。

 内では私が武力を備えているのは帝国へ逆心を持つからだと言い出す者も出るだろう。外は私を利用して帝国が周りに武力行使をするかもしれないという危機感を持ったはずだ。

 それでも、今回はこうしなければいけなかった。

 でなければ、世界に存在する冒険者ギルドの枠に対抗できない。

 冒険者ギルドは弱者の砦にして、権力の監視機構。その腐敗を大きく正せる機会がそうそうあるとは思えない。

 国の威信云々よりも、実のところの本命はこっちだったわけだ。

 幾らシェヘラザードの冒険者ギルドのマスターが老獪(ろうかい)でも、他の所のマスターが辣腕(らつわん)でも、世界を敵に回せば無事では済まない。この場合の世界はイコール民衆だし冒険者で、国は民によって動かされる。

 有耶無耶(うやむや)にはさせない。最低でも帝国やルマーニュ王国、楼蘭(ろうらん)教皇国、コーサラ、シェヘラザードのあるこの大陸だけでも監査は必須でやらせてもらう。

 そのためには彼らが決して逆らえない、彼らよりもっと大きな力の存在を示さねばならなかった。


「なるほど、俺が理解できた以上の大きな理由があったんだな」

「はい。元はと言えば冒険者ギルドの腐敗が問題だったんです。その根本を正さねば、これからも大は今回のような、小は巷で時々起こるような問題が起こり続けるでしょう。監査に持ち込んだって、それはなくならないかもしれない」


 考えていた事を話したのは、統理殿下が以前お忍びでここにやって来た時に、胸襟を開いて胸の内を明かしてくれた事に対する返礼だ。

 彼の方も真摯に話を聞いてくれる。それから彼も思う事があったのだろう、口を開いた。


「火神教団の下っ端連中は『邪教など(あが)めていない、全ては火神へあらゆるものを捧げるため』と叫んでいるが、帝国も楼蘭教皇国もコーサラもシェヘラザードもその訴えには耳を貸さないと決めている。天の思し召しに従って、な」

「それは……致し方ない話ですね」

「ああ。卿が『火神教団の革新派を名乗る連中は、火神への信仰を隠れ(みの)にした邪教崇拝集団だ』と言ったからな。神龍が呼び声に応えた卿が間違っている筈がない、と」

「ええ。私は嘘は言ってません。そう感じたからそう言った。それだけです」

「……その覚悟を『お前に背負えるか?』とも聞かれた」

「……」


 殿下の言葉に私は目を伏せた。

 沈黙が私と殿下の間を通り過ぎていく。

 ロッテンマイヤーさんの紅茶は冷めても香り高くて美味しい。

 殿下も私もそれで喉を潤すと、ほっと息を吐いた。

 私は大きく息を吸うと、殿下と視線を合わせる。


「殿下。私は今度のお茶会で、殿下の御色の服を着ます。そして殿下に当然跪くでしょう。私は龍を喚びました。その私が殿下に跪きます。それを受け取る御覚悟が殿下にはございますか?」

「……!」


 私の問いに殿下が大きく目を見開く。

 月の龍の召喚を成功させた私が、殿下に跪き忠誠を誓う。

 殿下の瞳と同じ色の服を着て殿下に跪くという事は、とりもなおさず私は第一皇子殿下派で「私を御せるのは現皇帝陛下と第一皇子殿下のみだ」とはっきり示すことだ。

 民衆、そして世論を後ろ盾にした私が、第一皇子につくのだから、旗色をはっきりさせていなかった連中もこれで変わって来るだろう。

 その上で第二皇子殿下が統理殿下支持をはっきり打ち出したなら、もう跡目争いなどないも同然。焚き付ける者は公然と非難の対象となる訳だ。

 しかし、それは統理殿下の望むことなのか?

 座る事を望まない、その覚悟も持たない人が、至尊の座に座るなんて悲劇の始まりに他ならない。

 挑むように統理殿下を見つめる。

 すると殿下が不意に眉を八の字に落として、困ったように笑った。


「実を言えば自信はない」

「……」

「俺でいいのか、大丈夫なのか? そう思う事が沢山ある。卿のやりようだって『もっと他に、菊乃井伯が被らなくていい方法はなかったのか?』とか『俺に何か出来る事はないのか?』って……。まあ、俺のこういうぐるぐるは卿には迷惑かも知れないけれど」


 ははっと小さく笑って殿下が頬を掻く。

 この人覚悟の話をしてたのに、いつの間にかこの人は私の事を心配してる。

 そうじゃないんだったら。

 そう言うのが顔に出ていたのか、殿下は大きく息を吐いた。


「いや、違うんだ。俺が皇帝になるって事だよな。良い皇帝になれるか、自信は正直ない。俺が一番最初に誰かを守りたいと思ったのは、赤ん坊のシオンを初めて見た時で、その次が婚約者だって紹介されたゾフィーだ。二人が笑っていられるようにしようと思ったら、二人を守るだけじゃ足りない。二人の大事な人達も笑顔じゃなきゃ、二人は笑顔でいられないだろう? そうしたら二人の周りの人たちのことも、その人たちが大事だと思う人たちの事も守らないと、皆笑顔ではいられない。どんどん守らないといけないものが増えていくんだ」

「……そう、ですか」

「うん。この間シオンに『僕は兄上のことだいすきです』って言われて思い出した。俺は誰もが皆守りたいものを守れる、大事にしたいものを大事にしたい、ただそれだけの事が当たり前に出来る世界が欲しいんだって。その為の力が欲しい」


 俺に、それをくれ。

 統理殿下の唇が、そう動いた。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 《そんな訳で作りの良いソファーを殿下に座っていただく。 》 は普通なら 《そんな訳で作りの良いソファーに殿下に座っていただく。 》 なんでしょうが、それだと「~に~に」で美しくなく難し…
[良い点] 大切な人を悲しませない為に皆を護るって、難しいけど到達点ってここですよねぇ 主人公Tueee系の作品で、身内さえ面白おかしく暮らしていられれば国が滅ぼうが人類が奴隷に堕ちようがそれこそ滅び…
[一言] あーたんの周りの人達って世界観がチャンドラー。 作品自体は全然似てないのに時々チャンドラー名言集が頭をよぎる~。 この作品読んでこないだまではオペラにハマってたけど今度はハードボイルドがマ…
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