終息、そして新たなステージへ
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あしからず。
火眼狻猊はどうも召喚術で呼び出されたようだ。
召喚術というのは魔術の一種なんだけど、珍しく等価交換が成立しにくい。
ただ一つを求めて、己の膨大な魔力を差し出すんだから、魔術としては効率が悪いんだ。
それは何でかって言うと、呼び出す霊獣や神獣と契約していない限り、それを指定召喚できない事にあるんだよね。
呼びかけても彼方が応えてくれなければ、違う物が来てしまう。それは召喚魔術失敗あるあるだ。
そして、契約を結ぶには対象に召喚に応じて貰うより他なく、だから召喚魔術を使う時は指定した神獣・霊獣に来てもらうために、あらかじめ縁ある物を用意しておく。
月の龍が私の召喚に応じてくれたのは、偏に氷輪様とのご縁だ。
月の龍が帰還する時に聞こえた猫にしては引きつれた鳴き声は、どうやら氷輪様に差し上げた猫の編みぐるみだったみたい。
あの編みぐるみを気に入ったから、その生みの親な私の声に応じてくれたんだ。
ぶっつけ本番だったのは、そう何度も呼びだしていい存在じゃないからだけど、今となってはひたすら成功して良かったと思ってる。
で、火眼狻猊なんだけど。
あれは私が召喚陣ごと、霊獣の契約を上書き奪取しちゃったらしい。
本来、召喚は送還とセット。本当なら召喚陣を奪取したなら送還陣も奪取しないといけなかったんだけど、私は時間的な問題とかで召喚陣しか奪い取れなかった。つまり帰還させる方法が解んない。
幸い火眼狻猊くらいの霊獣は大気中の魔力で生きていけるし、契約者の私からも魔力を得ることが出来るから、食べさせていくことは出来る。
そんな訳で、私はあの巨大な猫に名前を付けて飼う事に。
屋敷の庭は大きな猫の一匹や二匹くらいならどうってことはない。
その猫の世話を頼んだラシードさんに「拾い癖がえぐすぎる!」って、ジト目をされたけど!
あのすぐ後、武闘会は審議に入った。
どうしてかと言うと、私が参加したのは優勝決定戦だけ。
それで私まで優勝者として讃えるのはどうなのかって、どこかから何かが入ったみたい。
だけどこれは、他の選手から聞き取りして問題なしってことになった。
聞き取りに応じた選手たちがこぞって「神龍を召喚できたり、火眼狻猊を瞬殺できる魔術師がいるチームに勝てるわけない」って言ったそうだ。
国内外の多少のざわめきは宰相閣下的には予想の範囲内。
私には歌劇団の色々に集中しなさいというお言葉があった。
その他?
昨日の今日だから、革新派やら日和見長老連中やら、ルマーニュ王国王都の冒険者ギルド職員を一網打尽にして尋問が開始されたってくらい。
内偵は進められていたそうだから、真面目に働いていた職員さんは早々に解放されて粛々と業務を遂行しているとか。
この辺は全部、元火神教団の諜報部の人たちからの連絡だったり。有能過ぎて超怖い。
先生方の予想としては、事の追及が終われば革新派連中やギルド職員には私が作った傀儡奇術を応用して、自分の名前も、仲間や親しかった人、或いは大事な人の顔も名前も忘れるけど、犯した罪過はしっかり覚えているって状態にされて、下っ端の人は何年か苦役に処せられるだろうって。
上の連中は……幽閉ですんだらいいね。
名前は魂の基になるもの。それを奪われ、犯した罪の重さだけが伸し掛かるって、どんな感じなのか私には想像できない。
教団の神殿というか本拠地は、処分が決まる迄楼蘭教皇国が封印を施してそのままの状態にしておいてくれるとの事。
神像や教団の歴史を綴ったものは恐らく資料として保存されるだろうが、邪神を崇めていた者達の本拠地にされた経緯を考えて、建物は取り壊されて更地になるのは致し方ないだろうってとこみたい。
これなら、私が要求するものはあっさり通るかも知れないな。
ここまでが昨日のことだ。
明けて翌日、やって来ました歌劇団大千穐楽!
まあ、ウチが途中で負けようが、相手が途中で負けようが、決闘裁判は昨日の予定だから、予想通りの日程なんだけどね。
さて、本日私は影ソロを担当する。
曲は二曲。男役さん達が全員で踊る群舞と、ラストのシエルさんとリュンヌさん二人が踊る時だ。
前座はなんと!
「本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ!」
細かく織り込まれたレースに包まれた指先が、同じくらい繊細な刺繍のあしらわれたドレスを摘まんだ。
最敬礼のお辞儀をするマリアさんに、私や歌劇団の女の子達も同じくらい深々とお辞儀する。
そう、帝国一の歌姫であるマリアさんがなんと前座を務めてくれるのだ。
もう皆恐縮しきりだよ。私も緊張しちゃう。
とりあえず、打ち合わせはしないといけない。音響やオーケストラとの音合わせが慌ただしく執り行われ、菊乃井から来てくれた舞台作りに慣れた職人さん達が、陛下や国賓の皆さまをお招きできるよう席を整えていく。
そういうのが一段落して、マリアさんと私は別室でお茶だ。
「今回は無理なお願いを聞いていただいて、ありがとうございました」
「ああ、皇子殿下方のことですね?」
「はい。お忙しいにも拘わらず……」
マリアさんの視線が申し訳なさげに、組んだ手を置いた膝の上に落ちる。
第二皇子殿下もゾフィー嬢もまあ曲者だから、マリアさんが自発的に動くように持ってかれたんだろうな。
だけど、貴族社会で生きる以上ああいうのはついて回る事だし、私自身が立場を鑑みるならさっさとお二人に仲直りしてもらう方が都合がいい。
遅かれ早かれ何らかのリアクションは取らなきゃならなかったんだから、腹を括るには丁度良かったのかも。
そんな事を言えば、マリアさんはハッと表情を変えた。
「では、旗色はもうあの時には決まっておられたので?」
「まあ。と言うか、中立というのはそもそも消極的第一皇子派の別名ですから」
だって帝国って、基本直系長男相続なんだもん。
皆あえてはっきり言わないだけで、帝位は本当に何もなければ第一皇子殿下が継ぐのが当たり前。逆に第二皇子派と公言してる方が危ないんだよね。
波風立てたくないのと、第一皇子殿下にもしものことがあって、第二皇子殿下が帝位を継ぐことがあった時に、目を付けられないように大人しくしているだけ。
そんな話をすれば、マリアさんも「そうでしたね」と大きく頷いてくれた。
そして彼女も、第二皇子殿下の気持ちを正しく理解しているようで、彼を意のままにしようとする連中から、殿下を守りたいのが本当の所だったそうな。
「私は殿下の格別のご配慮で、今この場に立っていられるのです。私の歌を素晴らしいと仰って下さり、それを世に認めてもらう機会を与えて下さった。そのご恩をお返ししたいのです」
「殿下はあなたをご友人と仰ってましたが?」
「……畏れ多い事ですが、私も。だからこそ、私に出来る事であの方をお守りしたいのです」
「なるほど。マリアさんが帝都の人たちの心を獲るのは、それが理由なんですね」
「はい。僭越ながら、ラ・ピュセルの皆さん方、いえ、歌劇団の皆さん方もそうでは御座いませんこと?」
「……それにきちんと報いられればいいんですけどね」
どうなんだろうな、私は彼女達に報いられてるのかな?
まだ歌劇団がラ・ピュセルの五人しかいなかった時、彼女たちはマリアさんに諭されたらしい。
自分達は歌姫であるけれど、大切な人を守る「騎士」なのだって。
剣を持たない戦をして、攻め獲るのは領地や命でなく人の心、劇場は彼女達の本陣だそうだ。
彼女たちの存在に夢と希望と憧れを抱いた人たちは、彼女達を愛するのと同じく、彼女たちの庇護者である私にも味方してくれる筈だから、「自分達を好きになって応援してくれる人を増やしなさい」と言われたと、いつかステラさんやシュネーさんから聞いた気がする。
もうすぐ劇場の幕が上がる。
マリアさんは、その瞳に不死鳥の炎を宿しているように見えた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




