決まりきったグッドエンドへ赴く
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あしからず。
お茶会の衣裳は、レグルスくんの希望を取り入れ、私のレクス・ソムニウム装備のコートと似せた感じにすることに決まった。
生地もござる丸とタラちゃんに頑張ってもらって、同じ物を。
でも今回の糸採取は、私の衣裳を作った時の経験から、フェーリクスさんが採取法に改良を加えてくれたお蔭で、必要な魔力が少なくて済んだ。
それでも私と先生方三人の魔力が必要ではあったんだけど。
その過程で解った事だけど、どうも紡くんは研究者に向いてるみたい。
じっと糸採取の様子を観察して、前回の糸採取と今回の糸採取の相違点、どちらの手技が効率が良さそうだとかをフェーリクスさんにたどたどしくお話したら、それはフェーリクスさんが考えていた事と合致したらしい。
奏くんが鍛冶の練習に色々作ってる時、紡くんはフェーリクスさんと実験してることが多いって笑ってた。
前世の「俺」も理科はそんなに好きじゃないのに実験はわりと好きだったから、紡くんの気持ちは解らなくもないかな。
そうやって作り出された布を、型紙通りに切り抜いて、ズダダとミシンをかけて服に仕立てていく。
貴族の社交って一種の情報戦だし、服は戦闘服。ここで手間かかる飾りがあって、それが見事に着る人とその人の家格にマッチしていれば、結構な攻撃力を持つことになるのだ。
と言っても、デザインに関してはレクス・ソムニウムっていうビッグネームが付いてるから、既にそれなりの力は持っている。
後はそれに更なる箔をつけるために、刺繍を入れるべし。
ミシンでも刺繍って出来るもんで、結構細かいのも出来る。
帝国で貴族や市民が使っちゃダメな図案は麒麟と鳳凰。他所の国だとドラゴンとユニコーンとかもあるらしい。
まあでも、今回は麒麟も鳳凰もドラゴンもユニコーンも必要ないしね。
ズダダとミシンの針が走るのを見つつ、手を動かして暫く。縫い終わりの糸を始末すると、私はレグルスくんの服を広げた。
基本は四角、形状は水干の上衣のような見てくれだけど両側はきっちり縫い合わせて、襟は前世の中華風の斜め袷でそれをアジアンノットの紐ボタンで留めている、袖が幅広の上着。
これに手持ちのシャツと、上着に合わせて作ったハーフパンツをサスペンダーで止める感じで着てもらえればいいだろう。
ちゃんと腰から木刀を吊るせるようにベルトも作ったよ!
そんな訳でレグルスくんを部屋に呼んでもらって試着してもらうと、めっちゃ可愛くて。
「にぃにとおそでがおそろい!」
「そうだよー。可愛いねぇ」
きゃっきゃと笑いながら、その場でくるんと一回転して見せてくれるのが凄く可愛い。布地自体は私のと同じく、魔力を込めれば色は自由自在の千変万化。
さてさて、社交用の武器も出来た事だし、ひとまずの用意は完了。
人事は尽くしたから、天命を待つばかり。
順当に時間は過ぎていく。
歌劇団は益々盛況になって、連日満員御礼の花火が上がる程。
しかし、記念祭も中頃、とうとうやって来たチーム菊乃井とチーム火神教団withルマーニュ王都冒険者ギルドの試合が行われる日、その花火が上がる事はなかった。
だってこの日はメインイベントが決闘裁判で、帝都のいたるところに設置された遠距離映像通信魔術のかかったスクリーンでパブリック・ビューイングが催される。おまけにオーナーの私が劇場にいけない。なので菊乃井歌劇団はお休みだ。
晴天、雲一つなく、風も穏やか。
和やかな春の光に不似合いなほど、コロッセオの中央に配置されたリンクには不穏な空気が漂っていた。
リンクサイドには呉三桂とルマーニュ王都の冒険者ギルドの長・コンチーニ、呉三桂の企みによって使役されている歴代の教主の三人──筋骨隆々のおじさんに、緑の髪の、近くで見れば威龍さんにちょっと似た雰囲気のおじさん、そして肩に革袋を担いだおじさん。多分肩の袋の中にはキマイラが入っているんだろう。
その反対のリンクサイドに、ベルジュラックさんと威龍さん、私とタラちゃんとござる丸にローランさん。
そして、中央のリンクには、去年のエストレージャvsサイクロプスを仕切った帝都の冒険者ギルドの長・マキャベリ氏が立つ。
「お集りの紳士、淑女の皆さん! 私は麒鳳帝国帝都冒険者ギルドの長を務めるマキャベリと申します! 以後、お見知りおきを!」
去年も似たような口上を聞いた気がするけれど、やっぱり次の言葉はこの試合の立会人を観客にお願いするもので。
この試合がいかなる理由で行われ、どうしてこの決闘裁判にまで発展していったのかを滔々と説明してくれる。
田舎から出て来たばかりのベルジュラックさんを罠にはめて搾取し、それをヴァーサさんに告発されながらも恥じぬ態度、本来監視しなければならない国家権力と賄賂で結びついたルマーニュ王都の冒険者ギルドの悪行、そのルマーニュ王都のギルドが菊乃井の冒険者ギルド、ひいては私に対して働いた無礼への謝罪のお粗末さ。
更に自らの苦境を火神教団の暗部に依頼して、私を襲うという事でケリを付けようとしたこと、そしてその火神教団は実は火神・イシュト様への信仰を隠れ蓑にした邪教を崇める一派で、本当に火神を信心する人々を騙していたこと。
全てを詳らかにし、悔い改めたかどうかをこの試合の—―決闘の勝敗によって決する。
その言葉に観客席からどっと歓声や罵声が飛ぶ。
歓声はベルジュラックさんや威龍さんへ「負けるな!」とか「頑張れ!」とかで、罵声は火神教団チームへの「卑怯者!」とか「悔い改めたなんて嘘だ!」とか。
凄まじいまでのブーイングの嵐に、コンチーニは青ざめて今にも倒れそうだ。
しかし、もう一人の当事者である呉三桂はまあ涼しい顔をしている。それどころか余裕の感じられる笑みを浮かべてさえいた。
その呉三桂が口を開いた。
「さて、そちらは人数が少ないように思われるが……? そう言えばシェヘラザードでは、この試合は我らに対する救済処置と仰っておられましたな? 手加減で人数を減らしてくださったので? それとも、菊乃井のギルド長が参戦されるのですかな? たしか過去は冒険者であったが、もう何年も現場を離れているお方が? こちらは構いませんが……まさかその方が負けた時に言い訳も立ちやすいから……では御座いますまい?」
「よく回る口ですが、それを発揮するには数か月遅いですね。というか、身体に似合わず肝はよく吼える小さな犬ほどもないと見える」
お前、貴族の罵倒のバリエーションを舐めんなよ?
薄っすら笑ってやれば、呉三桂は物凄く渋い顔で私を睨む。
とは言えだ、そこはマキャベリ氏も訝っておられるみたいで、気づかわしげに私を見た。
さて、頃合いか。
片手を上げると、ローランさんがリングを降りる。すると観客席が一瞬静まり、それから戸惑いのざわめきが、最初は小さく、やがて大きくコロッセオを包んだ。
私はにこっと穏やかに微笑む。
「三人目は私です」
「……は?」
きょとりと、マキャベリ氏と呉三桂、コンチーニが瞬く。
そして次の瞬間、呉三桂が大きな笑い声を立てた。
「ご冗談を! 高々七歳の子どもが、我ら火神教団の、それも三名の教主と戦うですと!?」
「私一人ではありませんけども?」
「子どもを守りながら、そ奴らが我らが教主と渡り合えると思っておられるなら片腹痛い! 思い上がりにも程があるというもの! 悪い事は言いませぬ、負けを認めになられよ。我らが教主には神聖魔術すらきかぬのですぞ?」
ゲラゲラと下品に笑うけど、だからどうした?
「そんなセリフは、私に傷の一つでもその方々が付けられてからおっしゃい」
「なんですと?」
ふんっと鼻で嗤ってやれば、呉三桂の額に青筋が浮かぶ。
そんなものに怯むようなら、こんなとこ出て来てないっての。
解ってないヤツに解らせるには、実を示すのが一番だ。
私は服の上から腕に巻き付くペンデュラムに幾許かの魔力を渡すと、それだけで意図を中の精霊が察してくれたようで、複数に分化する。ジャラジャラと一本一本が意志を持ったかのように蠢くと、ゆらゆらとその宝石の先端が威嚇するように呉三桂や蘇った教主達に向かう。
勿論プシュケも六つ、ふよふよ浮かんでそれぞれ臨戦態勢だ。
「さて、レクス・ソムニウムはかつて邪教の神殿を流星で真っ平にしたらしいですよ? その再現をしてあげましょうか?」
試合開始の鐘が今にも鳴らされようとしていた。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




