振袖火事に巻き込まれたような悪寒
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あしからず。
真っ青になった店員に別室に通された私たちは、その仕立て屋の主人から直々に謝罪を受けた。
この店はセーラー服を、自社のオリジナルデザインで菊乃井家と懇意にしていると、貴族の顧客に触れ回っていたらしい。
しかし、それにしてはEffet・Papillonの商品の取り扱いも無ければ取次もしてくれないと、訝られていたそうだ。
まぁね、私は当然Effet・Papillonの品物しか着ないし、このお店とは何の関係もない。ただデザインに関しては、ちょっと何とも言えないんだよね。
だって私だって前世で見たデザインを真似して作っただけなんだもん。
だけど商売に私の名前を勝手に使って、嘘を吐いたのはよろしくない。本来なら詐欺で訴訟もんだけど、そうなるとこのお店が潰れてしまう。
店が潰れる自体は自業自得なんだけど、そうなるとお針子さん達が解雇されちゃうしなぁ。
穏便に済ませるために、私と懇意というのはセーラー服のデザインの独占販売権を交渉した仲、つまり取引相手って話に変更して、デザイン独占料を支払うって念書を取り交わして手打ちにした。
お金の受け取りと監督は次男坊さんに依頼したんだけど、これはお詫び料を職人育成の名目で孤児院に入れようと考えたからだ。
だって本当に私のオリジナルなら当然権利主張するけど、そうじゃないんだもん。なので得た使用料は服飾に関係する職人を育てるための基金にさせてもらう。
その辺りを詳しく書いて速達を出したら、こちらも速達で「あいよ、任された」と請け負ってくれた。
Effet・Papillonのこれから作るオートクチュールのドレスやなんかも、出た純利益から幾許かを職人育成基金に寄付だな。
ゾフィー嬢が私達をここに連れて来たのは、この店の不誠実を知っていたのと、それを正してあるべきところにあるべき利益を還元させたかったから、らしい。
それも、言えば第一皇子殿下とお話したお礼なんだとか。
とは言えそれは副産物で、本当に言いたかったのは帝都の流行りを追うのは、私達には無意味だということ、他所の貴族達は私達兄弟が皇子殿下たちのお茶会に何を着てくるか興味津々だってこと。
そして出来れば第一皇子派だと示すために、殿下と同じ色味の物を何か身に着けてもらいたいって言うのも伝えたかったという。
「それは、まあ、問題はないです」
「そうですか、ようございました。でも鳳蝶様はレクス・ソムニウムの衣裳を身に着けられるのでしょう? 劇場で着ていた衣裳がそうだと伺いましたが……何かアクセサリーを殿下に合わせて下さいますの?」
「ああ、いえ。レクス・ソムニウムの衣裳そのものを瑠璃紺にしようと思います」
「まあ……! 今から染め直すのは間に合わないのではありませんか?」
おっとりとゾフィー嬢が口に手をやって驚く。私は緩く首を横に振った。
「あれは通す魔力で色が変わるんです。実際毎日色を変えていますし。今日は水色でしたが紫にも黒にも白にも、いかようにも」
「あら、まあ、それは素敵ですこと……!」
あらかじめ席の予約を入れておいてくださったんだろう、帝都一と評判のサロン・ド・テの特等席、中庭の美しく整えられた花々を愛でられる席でお茶だ。
お茶を口に含むとイチゴのような香りが口に広がる。このサロンのオリジナルブレンドだそうな。
いつもは牛乳に蜂蜜のレグルスくんも、今日は紅茶ではちみつとミルクを多めにしてもらっている。
カップから顔を上げると、レグルスくんがこてんと首を傾げた。
「れー……わたしもるりこんのおようふくきるの?」
「そうだねぇ」
「流行りを気にする必要はなくなった訳だから、ここはひよこちゃんの要望を聞いてお揃いにしてあげたら?」
「お揃いになさいますの? 仲がおよろしいこと」
ラーラさんの言葉にレグルスくんの目が輝く。ゾフィー嬢も微笑まし気にしていたけれど、ふと若葉色の目を伏せた。
「統理殿下とシオン殿下も、とても仲がおよろしかったのですよ……」
「ああ……」
ゾフィー嬢の言葉に私は遠い目になる。
あれ、仲が良いってレベルじゃないってば。シオン殿下のアレはもう兄弟愛っていうか、崇拝の域にまで達している気がする。
だってお兄さんのためなら、自爆するって言うんだぞ!? 怖いわ!
思わず背筋が寒くなって両腕を摩ると、レグルスくんがポケットからシオン殿下にいただいた十字架のような青いブローチを出して、ゾフィー嬢に見せた。
「あら、これは……」
「シオンでんかにもらいました! シオンでんか、おにいさまにいじわるするひとたちを『やっちゃう』っていってました」
「あらあらまあまあ、シオン殿下にも早速お会いくださったんですね! ありがとうございます。ああ、マリアさんの仰った事は本当でしたわ!」
「へ?」
明るい声音でゾフィー嬢が「うふふ」と笑う。
マリアさんの名前が出て来たけど、どういう事なの? いや、二人が同盟を組んでるのは知ってたけど。
ラーラさんが、カップを置いて口の端をカッコよく上げた。
「という事は、マリーがまんまるちゃんに頼もうって言い出したんだね?」
「はい。鳳蝶様はきっとシオン殿下のご趣味を解してくださるから、と。初めてドレス姿を見た時は私も驚きましたけれど、お似合いですものね。統理殿下と一緒に、シオン殿下に差し上げる可愛いものを探すのも、たいそう楽しゅうございました」
人の悪げな笑みを浮かべたラーラさんとは対照的に、ゾフィー嬢はおっとりと答えた。
ならば彼女は第二皇子の望みも、最悪の場合何をして第一皇子殿下を守ろうとしているか知っているという事か?
尋ねてみることにした。
「ということは、ゾフィー嬢も色々ご存じなのですか?」
「はい。シオン殿下のお望みも、解っているつもりです」
「では、最悪の場合も?」
「勿論です」
「なるほど。第二皇子、まんまるちゃんからも聞いたけど、結構な曲者みたいだね」
私とゾフィー嬢のやり取りに、ラーラさんが肩を竦める。
先生達には一応、第二皇子殿下とお会いした時の事は伝えてあるからの言葉だけど、ゾフィー嬢の肯定が裏付けだ。
「でも」とゾフィー嬢が静かに言葉を紡ぐ。
「あの方は一つ失念しておられますわ」
「失念、ですか?」
「はい」
言葉を切ってゾフィー嬢は紅茶を口に含む。そしてそれを飲み下すと、ビスクドールのような麗しい顔を私に向けた。
「私のお慕いする統理様は、愛する弟君の身に何かあった時に、嘆かないでいられるほど冷酷な方では御座いませんの。まして自分のために、自身の足を引っ張ろうとしたものを引き連れて犠牲になるなど、そのような事が起こって平気でいられるはずがありません。あの方を悲しませるなど、仮令シオン殿下でも許しません」
「……わぁ」
慈愛に満ちた微笑みに、この上なく強い意志が宿る。
なんだよ、あの人の周りこんな癖強い人間ばっかりか?
若干引いていると、ちょっと引っ掛かりを覚えた。
こんな聡明っていうか不穏っていうか腹に一物というか、そんなものを持っている人が、なんで不仲の噂を放置してるかって事だけど。
悪寒が走る。
「もしかして、お二人の不仲の噂を利用して、真に統理殿下のために役立ちそうな人間を探しておられた……とか?」
恐る恐る尋ねた私に、ゾフィー嬢はこてんと首を傾けて、扇子で口許を僅かに覆う。
「……鳳蝶様、是非決闘裁判には鮮やかにお勝ちになってね?」
「その見返りってなんです?」
「鳳蝶様は臣民に広く教育を敷きたいとか。私もお手伝い致しましょう。それだけでなく、私のお友達の将来性のある方々にも手伝っていただきましょうね? 勿論統理様にもご協力いただけるようお話いたします。次期皇帝陛下が後ろだてなのです。他の貴族からの横やりを跳ね除ける力になりましてよ? 貴族社会を生きるのには、私、何かとお役に立てると思いますの」
「…………全力で務めさせていただきます」
麗しい笑顔からの圧には勝てなかった。面食いな自分が憎らしい。
「……アリョーシャが、まんまるちゃんぐらいなら『まだお腹の色はベビーピンクだ』って言う筈だよ」
ラーラさんの呟きに、私は全力で同意した。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




