病膏肓(こうこう)、同病相憐れむ
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あしからず。
レグルスくんのきっぱりした宣言で、イイハナシダナーで終わらせてやるほど、私は優しかねぇんですよ。
もしも私の雰囲気が可視化出来るもんならば、背中には今暗雲が立ち込めて雷鳴が轟いているだろう。
腹の底からひっくい声が出た。
「殿下? 今のは何の御戯れで?」
「あ……」
私の地雷を踏みぬいたのを察して、殿下が目を逸らす。
そしてぽつりと「済まなかった」と詫びた。普通、王族なんてのは自分が悪くても中々謝罪なんかしない……なんて、誤魔化されないからね?
にこにこと「ご説明いただけますか?」と圧を掛けると、ヴィクトルさんが私に謝った。
「ごめんよ。僕が付いていながら迂闊だった。この子はこういう直球勝負なとこがあるから、先に注意しとくべきだった」
「……ずるいですよ、そう言うの。これ以上怒ったらヴィクトルさんの事を責める事になるじゃないですか」
「うん、それも解ってる。でも、ごめんね。禍根は作れないし、これ以上彼に謝らせるわけにもいかないんだ」
そうだよな、非公式とは言え皇族に何度も謝らせるわけにいかないし、単なる地方領主が皇族に食ってかかるのも本当はよろしくない。だから仲立ちのヴィクトルさんが、私に謝罪することになるんだ。
頭を下げる必要のない人間が頭を下げざるを得ず、本来憤りをぶつけられる身の上が、解っていてそれを免除される。
これが権力、身分制度の構造で、私が武器に使い、自らもまた脅かされるものだ。
ぎっと唇を噛み締めると、視界の端で殿下が物凄く申し訳なさげな顔をする。それからぎゅっと手を握りしめた。
「……聞いて、みたかったのだ」
「?」
「その……弟の意見を……」
「弟の?」
小さな声で仰る殿下の視線の先にはレグルスくんがいる。
彼を見る殿下の表情は何だか迷子になった幼児のような稚さがあった。いや、この人私より年上なんだけどな?
というか、何だろう。凄く違和感がある。
このお方、素行不良にしては滲み出る雰囲気は真面目だし、怒られるようなことしたら素直にそれを詫びる気持ちが持てる人みたいだし。
素行不良の噂と、実際にあった殿下の印象が全くかみ合ってない。
これはアレか? 素行不良ももしや横やりと情報操作の結果だったりするんだろうか?
疑問を感じていると、レグルスくんがこてんと首を傾げた。
「おとうとさまに、きかないの?」
「え?」
「きけないの?」
ああ、なるほど。
殿下に弟がいるのはレグルスくんも知ってる。だから「自分の弟には聞かないのか?」って事ね。
そうだよ、自分の弟に聞けよ。
そんな気持ちを込めて殿下をみれば、殿下は力なく首を横に振った。
「あいつは俺のことを『大事だ』って言ってくれるよ。優しい奴だから」
「それでどうしてでんかは、それをしんじないの?」
「!?」
おおう、ザクっと切り込んだ。
密かにうちのひよこちゃんも、あれには怒ってたんだろう。
あれは、殿下の心の内だ。
殿下が弟君に対して「本当は自分の事が嫌いなのに、そんな素振りを見せないようにしているのでは?」って言う不安の表れ。
でもそれをレグルスくんにぶつけるのは違う。私はそれに対して憤ってるんだよね。そして殿下も解ってるから謝るんだけど、ここに権力が加わるとこんなややこしい事になってしまう。殿下と弟君の仲をややこしくしているのも、原因にそれが絡んでるんだ。
そして残念なことに、殿下にはそれを相談できる人がいなくて、兄という事だけが共通項の私に会いに来ちゃったんだろう。
いや、もしかしたらロートリンゲン家のゾフィー様のお話があったのかも知れない。
何にせよ、この人、私が思うより孤独なのかも知れないな。
「……信じていない訳じゃないんだ。でも……」
苦しそうに顔を歪めると、殿下は吐き出す。
彼の母親は、今の妃殿下ではなくて、そのお姉さまに当たる、先の妃殿下だ。それでも今の妃殿下は「愛する姉から託された」と殿下を実の子どもとして愛し、自らの生んだ第二皇子殿下には絶えず兄を支えるように言い聞かせて育てたという。兄弟として愛情に差は無かったと思うと、殿下本人が仰るのだからそうなのだろう。
そうして弟である第二皇子殿下も「将来は兄上を支えるんだ」と、そう言ってくれてるそうだ。
しかし。
「……俺とは比べ物にならないくらい優秀なんだ。何をやらせても、何でも出来てしまう」
そんな弟を殿下は誇らしく思っていたそうだ。
しかし、外野は勝手なもので「帝位につくのは弟君のほうが相応しいのでは?」だとか、「きっと帝位に野心があるから兄君より抜きんでていると知らしめたいのだ」とか、無責任に騒ぐ。
勿論殿下はそんなもの最初は気にしていなかった。だって弟は可愛いし、弟も自分を慕ってくれている。
でもある時「第二皇子殿下は自分の才能を押さえつけている」と言われたのだそうだ。
優秀でない兄を守るために、自身が臣下に降ると宣言しているのだ、と。
自分が彼より数段劣るがゆえに、弟は本来の才能を発揮できないでいる。これは兄としてショックだった。
「俺がいるから、あいつは本来したいことがあるのに諦めているんだと……。あいつは優しいから、俺にそういうことを言えないでいるんじゃないか? でももしそうなら、俺は……」
ああ、なるほど。
頷くと、私は天を仰いだ。
殿下の陥っている症状に、私も覚えがあって、今も克服できないでいる。
これって根深いし、弟には何の原因もないし、却って困らせると思うんだよ。だって原因は自分の中にあるもんなんだから。
大きく息を吐く。
覚悟を決めて、私は口を開いた。
「……自分に自信がないから、信じきれないんですよね」
「……っ」
「弟は何も悪くない。寧ろ自分に自信がない私や殿下が悪いんだ」
「!? お、お前も……!?」
「私と殿下には共通項がある。それは『兄』ってことだけじゃなく『自分が好きになれない』ってことですよね?」
「……!?」
大きく殿下の目が見開かれ、縋るように視線が私に向く。
そうだ、この人と私は自分に自信がなくて、それゆえに弟を信じきれなくて、それが負い目になっているんだ。
私は自分が好きじゃない。むしろ大嫌いだ。そんな自分でさえ大嫌いなものを、どうして好きになってもらえるんだろう?
そう思うと、レグルスくんの「好き」を素直に受け取れないのだ。
「私と殿下では少し事情が違うでしょうが、理解は何となくできます」
「……そうか」
何となく、私も殿下も手を握り合う。
このままじゃいけないんだ。
それは私を信じて、好きでいてくれるレグルスくんの気持ちを、受け取らないことになる。殿下もそうだ。
でも、じゃあどうすりゃいいんだって話なんだけど。
自分を好きになるなんて簡単には出来ない。
これって同病相憐れむってやつだよな。
不意にそんな言葉が浮かんで、殿下もそうなのか、お互い顔を見合わせて苦く笑う。するとそれまで大人しく隣にいたレグルスくんが、急に私と殿下の間に割って入った。
そしてその可愛いお顔を私の方に向けた。因みにお尻は殿下。
不敬罪って言葉が一瞬頭をよぎったけれど、ぎゅっとレグルスくんに手を握られて立ち消える。
「にぃに、にぃにがにぃにのこときらいでも、れーはにぃにのことだいすきだから!」
「うん」
「でね、むりにじぶんのことすきにならなくていいよ。にぃにのことはれーがすきだから」
きりっとした表情で言い放つレグルスくんが、今度は殿下を向き直る。顔だけ。
「でんかは、おとうとさまとおはなししよう? れーとにぃにがついていってあげる。それでれーもおとうとさまに、びしっといってあげるから!」
え? なにを?
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




