準備は上々
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あしからず。
菊乃井歌劇団の衣裳にアクセサリー、お城の劇場の改装、威龍さんやベルジュラックさんの戦闘服に、私とレグルスくんのお茶会参加用の衣裳作り。
もうやる事てんこ盛りで、忙しくしていると瞬く間に日が過ぎていく。
こういう時にイゴール様と次男坊さんからいただいたミシンは本当にお役立ち。
私一人でベルジュラックさんと威龍さんの服なら、あっという間に縫えちゃうし。
歌劇団の衣裳に関してはエリーゼや、Effet・Papillonで雇ってるお針子さん、孤児院のお針子見習いさん達にも手伝ってもらってるから、これも難なく揃ってきてる。
あとは私とレグルスくんのお茶会衣裳だけど、これはもう少し日があるから後回しだ。
そんな中、威龍さんの御仲間から火神教団の穏健派の長老達からの謝意と反省の証の品と、気になる情報がもたらされた。
火神教団の長老たちは自分たちの信仰の誤りが、危うく崇める武の神を危険に晒していたなんて、本当にこれっぽっちも知らなかったようで、凄まじい衝撃を受けたという。そうしてその衝撃は深い後悔と反省、それから自らの保身に走った行動に対する恥かしさを老人達に抱かせたそうだ。
最早ここに至ってはどうにもならないから、革新派と共に穏健派も根切にするとした私の考えを支持するそうで、その前に彼らの大事にしていた教主の証を威龍さんに託すとか。
それが反省と謝意の証なんだけど、これがまた凄いんだよ。
イシュト様の飼ってる古龍の牙と逆鱗と爪、髭で作られた手甲に脛当てで、これは初代の教主様がイシュト様のお言葉に従って、一つ目の巨人を討伐する時に与えられた代物だとか。
一目見てヴィクトルさんが「目が潰れそう」って死んだ魚の目で呟いたから、相当なんだろう。
これはとりあえず威龍さんへそのままパス。
ただし威龍さんの正当性を示すために武闘会には付けてもらう約束はした。
それで問題はもたらされた情報のほう、だ。
火神教団には霊廟という物がある。そこには歴代の教主達が眠ってるらしいのだけど、これを革新派に押さえられているとか。
そして穏健派の長老は一度だけここに入った事があるそうで、彼の人の言うには霊廟に葬られた歴代の教主達の遺体は、なんと一切腐ることなく在りし日の姿形を保っているそうだ。
まさか、ねえ……。いや、この世界は何でもありだ。勝つためならそれもあり得る。
としたら、その対抗策は私が持ってるから、最悪私が動けばいい話だ。
それに関しては相談したら、ロマノフ先生もヴィクトルさんもラーラさんも「あり」って。
じゃあ下準備が必要になる訳だけど、これに関してはフェーリクスさんがやってくれました!
そう、出来たんだよ。
ござる丸から糸が! さすが大賢者、仕事が早い! 早すぎて、私が付いて行けない!
ござる丸の葉の茎から繊維を取るのは、魔力を通した指で繊維を縒り、更にそれを魔力を通した織機で織って行けば布になるそうな。
そこまでを文献から探し出して、専用の機織り機を手先の器用な奏くんと、遊びに来ていた源三さんの幼馴染のモトお爺さんとで作ってくれたんだよね。
いやー、びっくり。
それで大量にござる丸に魔力を注いでるんだけど、なんと葉っぱの再生が追いつかない。
一人分の布を取るのに、城が世界何周するんだってくらい魔力を注ぐ羽目に。
先生達も手伝ってくれたんだけど、飼い主の魔力以外は中々浸透しないらしく、本当に大変だった。ござる丸なんか朝は元気だったけど、葉っぱをむしり終わる夕方になったら萎びた大根になってたくらいだもん。
こんなに作るのが大変だと、これは安価では絶対に流通させられない。もう少し効率よく布を作る方法と、使用法を考えなければ。
ともあれレクス・ソムニウムの衣裳は出来た。
「……オーナー、殺る気満々じゃん?」
「今、『殺る』って言いましたか……?」
発音に不穏な感覚が混じっていて、私はまじまじとユウリさんを見てしまった。
もう記念祭の初日は明後日に迫っていて、私は先生達やレグルスくんに宇都宮さん、歌劇団のお嬢さん方と楽団の皆さん、ベルジュラックさんと威龍さんを乗せて、指定された場所まで城で飛んできている。
宰相閣下に指定されたのは皇居の程近くにある広場で、皇居からこちらを見下ろせる場所だ。
記念祭の最終日には、この空飛ぶ城に国賓を招いて歌劇団の公演を行う事になっている。
コンクールはその前日に終わり、優勝者が公演の大千秋楽の前座を務めてくれるそうだ。
それだけでなく、この帝都公演は遠距離画像通信魔術のお披露目にもするらしい。その魔術を使って、この劇場の公演を帝都の国立劇場で観劇……つまり、ライビュを行うのだ。公のライブ・ビューイングだから、パブリック・ビューイングのが正しいかも。
まあ、お城自体のお披露目でもあるし、私には色々やらなくちゃいけないことが多いんだ。
そんなわけで私と先生方と記念祭の主役になる人達は一足先に帝都入り。レグルスくんが一緒なのはあれですよ、首打ち式のせい。
もう自分は私の騎士なんだから、離れちゃダメって強固に言い張ったんだよねー……。ぐうの音も出ないくらい可愛い。
でも本当に仕事の予定がつまってるんだよね。
何せ明日はゲネプロがある。
これはヴィクトルさんが選びに選んだ芸術家や文筆家が訪れることになってるやつで、通し稽古の一環だとしても本番さながらの緊張感をもって歌劇団は臨むのだ。ここでの評判が即ち菊乃井歌劇団の最初の評価となる。
明日バタバタするわけにいかないから、その前の日に飛んできた訳だ。
公演中は歌劇団のみんなはこのお城に寝泊まりすることになっていて、ベルジュラックさんと威龍さんもそう。
この城自体は私かユウリさんが階を下ろすよう命じない限り、玄関は閉ざされたまま。幾重にも結界と防壁が張られて、その防御力を上回る威力の攻撃魔術をぶつけない限り、守りが破れる事は無い。下手すると皇居より安全だ。
なんせ先生方でも私かユウリさんがいないと、城の内部に転移できないんだから。
「とにかく明日、まずはそこからだな」
「勝算は?」
「俺は分の悪い賭けはしない堅実派だよ、オーナー」
舞台上では少女たちが、一糸乱れぬラインダンスを披露している。
これはねぇ、どうしても入れてほしかったんだ。だって菫の園も一糸乱れぬラインダンスが有名だったんだもの。
トップスターが大きな羽を背負うのも、その羽が物凄く重いのも、その重みを感じさせない足取りで大階段を下りてくるのも確かに有名だけど、あそこの名物はピタッと動きが完全に揃ったラインダンスでもあるんだ。
大階段と羽はまだ無理でも、ラインダンスは出来るって歌劇団の団員達もユウリさんも、力強く頷いてくれて。
「それが伯爵様の、ひいては菊乃井の夢の形なら、私たちは必ずやり遂げます」
そう彼女達は約束してくれた。
そして彼の砦でのショーで、約束を守ってくれたんだよね。
それを今度はもっと大勢の前で披露してくれるのだ。
因みに今回のショーの内容は、私も明日が初見だったりする。凄く楽しみ。
そう言えばユウリさんも頷いてくれた。
「今回が初の遠征だからな。ここから全国に向かうと思ったら気合も入るよ」
「そうですね」
「この記念祭の公演をきっかけに、いずれ歌劇団の舞台を夢見てやって来る子達がきっと現れる。憧れと勇気と希望、そういう物を抱いてさ」
「はい。きっと、必ず」
そのために出来る事はやるし、負けられない戦いには必ず勝つ。
でも私は独りじゃない。
私が手を差し出すと、ユウリさんがにやりと笑いながら、強く握ってくれた。
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活動報告にて六巻発売日と、それに伴うお願いを書いています。
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