透けて見える悪意
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あしからず。
政治には扇動という技能というか、手法というか、そういう物がある。
ようはド派手な演説をカリスマ性を持つ誰かがぶち上げて、大衆を焚き付けるやつなんだけど、私が今やったのはまさにそれ。
カリスマなんてものがあるかどうかは別として、先生達の言うには私はかなり綺麗な顔をしてるらしいし、まだ子ども。おまけにやってる事は、大人の皆さんが誇張して語りまくってくれてるから、今回の立ち位置的には正義の味方。
その私が「不正搾取問題」を解決しに来たと声高に叫べば、まあ盛り上がるよね。
民衆を味方に付けたければ、一時間も時間が有ったんだから火神教団とルマーニュ王都のギルド長は、ここで民衆にアピールすることも出来たんだ。自分達も不逞な冒険者と職員に騙されたのだ、と。
それを弁明しても貴族の傲慢さゆえに取り合ってもらえないとか、言いようは沢山ある。もともと貴族ってのは好かれないんだから、それだけでも当たりは大分違ったろう。
プロパガンダって概念はまだこの世界にはないのかもしれない。
それだけに民意や世論を甘く見て、痛い目を見てるから巻き返そうとしたんだろうけど、この期に及んではまず無理だ。
民衆の熱気に呑まれて反論しなかった彼らは、反論しなかったという事柄だけで、自分たちの非を認めたとみなされているのだから。
「これでもう、閣下の勝ちは決まりましたな」
「公明正大な手段で問題提起した私に、後ろ暗い手段で挑んだ時点で、自分達に勝ち目はないと自己申告したようなもんなんですがね」
そそくさと逃げるようにギルドの建物に戻るルマーニュ側の二人を、無感動に見ながら津田さんが呟く。
沸き立つ民衆は私に向かって手を振ったり、「頑張ってください!」と声をかけてくるから、それに応じて私も顔に笑顔を張りつかせて応える。
さて、交渉の開始だ。
テーブルはシェヘラザードの冒険者ギルドの会議室に用意されていて、招きに応じてやったという形で私が上座に座れば、ぐっとルマーニュ側の二人が唇を噛む。
全員が席に着いたところで、私は静かに切り出した。
「さて、腹の探り合いはなしです。冒険者に対する不正搾取問題に関わった人間への調査結果の開示と、それぞれへの処罰、それから再発防止策を聞かせてもらいましょうか?」
全員の視線がルマーニュ側に向く。それは随分な圧力だったようで、ルマーニュ王都の冒険者ギルドの長が、額に冷や汗を浮かべた。
火神教団の司祭が「まあまあ」と割って入った。
「少々お待ちくだされ。某は先ほどもご紹介いただいたが、火神教団の司祭・呉三桂と申すもの。こちらに閣下をお呼び立てする形になった事、お許しくだされ。なにせ我が教団は、世の栄誉栄華を求めぬもの。身分の差にそれほどの重きを置かぬ故、どうもその辺りに疎くなってしまっており申す」
「たとえ身分の上下がなかったとしても、呼ぶ人間の都合を確認なさるのは最低限の礼儀だと思いますが。俗世とかかわりを持たぬと、礼儀や常識も変質するのですね。興味深いことだ」
にこやかに返してやると、名乗った司祭が鼻白む。
世の中は司祭とか神官という人たちには弱い。そりゃ神様のおわすのがはっきり分かる世界だから、その凄い存在に仕える人には、皆相応の態度で接するもんだ。だから司祭と名乗れば大概の人間は気圧される。
でもお生憎様。ご本人にお会いした人間としては、やはり司祭だの神官だのって言っても単なる人間。まして神様ご本人から愛想をつかされてる奴になんか怯む理由はない。だいたい私の主神は姫君様だ。他所の神様の威を借る輩に遠慮するわけがない。
そんなやり取りを他所に、ローランさんが「ところで……」と口をはさんだ。
「なんでその火神教団の司祭さんが、この席におられるんで? これは菊乃井の冒険者ギルドに対して、ルマーニュ王都のギルドが因縁をつけた事が始まりだ。閣下は冒険者ギルドが自領の統治に重要な役目を果たすってんで、常々連携を取り便宜を図ってくださってる。そういう御立場で、ギルドの自治には不干渉だ。そのお方を、菊乃井の冒険者ギルドの長である俺を飛び越えてお呼び立てするってのはどういう訳だ? そこんとこも、納得いくよう説明してくれや」
「それについては儂も疑問だ。突然菊乃井伯爵が会談に参加されるから場所を貸せというが、ご本人はお伺いを立てられた覚えがないと仰る。これはギルド全体の接遇に問題があると思われかねん事だ。この度は閣下がご寛容にも応じて下さったから良いものの……。随分横紙破りな行いだと思うがね?」
津田さんもそれに乗って、ルマーニュ側の二人に鋭い視線を投げかける。
神の権威の前ではそういう横柄な事も許されると思ったんだろうが、どっこいそこで怯むようなら権力闘争ってのには勝てないんだよ。だって権威ってのは敬う物でもあるけれど、会議上では奮う武器でもあるんだから。そしてそれは正しく使ってこそ、威力を増す。今回のように横暴に使えば、威力はがた落ちだ。
思うように交渉が進まないのが気に障るのか、司祭はにこやかにしながらも目の奥に怒りが見えている。
これが帝都にいる宰相閣下ならば、私ごときには悟らせないように上手く隠すだろうし、おそらく津田さんもだろう。先生方もだ。役者が違う。
さて、どうするんだろう?
少し意地悪な気持ちで見ていると、ルマーニュ王都の冒険者ギルドの長、たしかコンチーニ氏が口を開いた。
「呉殿にはこの度の揉め事の相談に乗っていただいたのです。どうにか誤解を解いて穏便に終わらせる道はないものかと……」
「誤解ですか?」
へぇ、誤解ねぇ?
また苦しい方向に話を持っていこうとするもんだ。
私はそう思っただけだったけど、これにはベルジュラックさんが我慢できなかったようで、グルっと彼の喉から唸り声が聞こえて。
「ベルジュラック、控えなさい」
「ぐ、失礼を……」
諫めればベルジュラックさんは一礼して、威嚇音を消す。その際に彼の見事な銀髪と狼の耳が見えたのだろう。津田さんが「おお……」と感嘆の混じった声を上げた。
「ベルジュラックというと、この件の被害者ですな? いや、実に見事な銀髪だが……その耳はもしや……?」
「ベルジュラックは神狼一族の裔だそうです。此度の件で私の騎士に志願したので取り立てました。私は冒険者としての彼も気に入ってますから、エストレージャのように両立して名をなさしめてくれればいいと思っています」
「なるほど。各地で悪逆無道の輩を成敗するには冒険者の地位より、騎士としての身分が役に立つこともありますな」
「ええ。旅に出るも自由、戻って私に仕えるも自由。騎士道に反せぬ限り、閉ざす扉はありません」
ベルジュラックさんを振り返れば、顔は努めて平静に保っているけれど、ぶんぶんと尾が揺れているのが見える。
ラーラさんが騎士の振舞いっていうのを彼に教えている筈なんだけど、尻尾の制御はまだまだらしい。
そんなベルジュラックさんの様子を見て、コンチーニ氏が青ざめる。そりゃそうか。彼の目的はもう叶わないのだから。
これでギルド間紛争を続ける理由は大部分なくなったわけだ。さて、どうするんだろう?
二人の様子を窺っていると、コンチーニ氏が首を振った。
「その、この度の件ですが……」
「そのベルジュラックという青年、何処にいくも自由であれば、ルマーニュに戻るも自由というわけですな?」
遮るように呉司祭がにやりと笑う。
はぁん、なるほどねぇ……?
思惑が透けて見えて、私は目を眇めた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。