主従それぞれの覚悟
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あしからず。
城が空を飛ぶってどういうことなのかって話なんだけど、前世では鉄の塊が空を飛んでたんだから、城だって飛ぶだろうさ。
レクスの城が飛ぶのは浮遊の魔術とか転移魔術の応用らしいんだけど、その辺はもうヴィクトルさんとフェーリクスさんに任せておこう。
本日はベルジュラックさんの件に関する回答期限。
なのでレクスの城で会談場所に指定されたシェヘラザードに向かって飛んでる訳だけど、本日の乗員は私と先生達三人、それからベルジュラックさんと菊乃井の冒険者ギルドのマスター・ローランさんだ。
レグルスくんはフェーリクスさんとヴァーサさんとお留守番。私が留守の間はフェーリクスさんがレグルスくんの勉強がてら、ヴァーサさんを助手に、ござる丸の葉っぱから繊維を取る実験をしてくれるそうな。
で、城に乗った感想だけど正直進んでるのかどうなのかは、城の中では判らない。辛うじて窓の外の景色が凄い速さで変わってるわーくらいかな。
建物の中だからそうなのかと思ったら、城の何処にいても安定するような魔術がかかっているらしく、外にいようが特に揺れが酷いとかは無いそうだ。魔術人形のウサギの解説より。
城には航路図というか地図のようなものも搭載されていて、それも何年かごとに更新されていくらしく、本当にレクスという人はいったい全体どういう人なのか。
まあ伴侶が渡り人らしいし、その人の発案かも知れないけども。
そんなだからシェヘラザードの場所もちゃんと解るそうで、城はウサギの手で安全に飛んでいる。高度は結構なもので、地上からは城が見えない程度の辺りらしい。
「なんつうか、信じらんねぇ……」
窓の外を見てローランさんが呟くのに、ベルジュラックさんも頷く。
「城が飛ぶとかびっくりですよね」
「いや、それよりもまず、レクス・ソムニウムの遺産を受け継げたってのが、だ」
「レクス・ソムニウムなんてお伽噺の存在だ。実際にいたと言われても大分誇張されてるとばかり……」
私の吃驚とローランさんとベルジュラックさんの驚きはちょっと違ったらしい。
彼ら二人の言葉に、ウサギがぴょんぴょん跳ねる。このウサギ、名前を「うさお」というそうだ。名づけのセンスにシンパシーを感じる。
「レクスの逸話ですが、ほとんど真実です」
「ですって」
うさおがしれっという。
「……こわ。鳳蝶様と気が合いそうではあるけど」
「ローランさん? 今の、どういう事です?」
「え? レクス・ソムニウムって邪教の神殿、流星降らして更地にしたんだろ? んで、お前さんが今やろうとしてるのは、火神教団とルマーニュの王都の冒険者ギルドの焼き討ちじゃないか」
「焼き討ちって。私は物理にも魔術にもまだ訴えてません」
「まだ、な。まだ」
ローランさんの遠くを見るような目に、ちょっとぐぬぐぬする。
そりゃ私はルマーニュ王都のギルドのお尻には付け火をしたけど、小火が大火になったのは偏に彼方の火消しの下手さ加減だ。
飛び火したって言ったって、頭を下げた振りして三か月も大人しくしていれば、人の記憶なんて薄れるもの。こっちの世界にだって「人の噂も七十五日」的な諺はあるんだもん。やり過ごせばいい。
そんな事を口にすると、ロマノフ先生が首を横に振った。
「そのやり過ごし方を握り潰そうとしてる人が言っても説得力がないですね」
「私にこういうことを教えるのは先生達なのにですか?」
「教えた側だからねー」
「うん。教えたことをきっちり実践してくれるなんて、こっちも教え甲斐があるよ」
ヴィクトルさんとラーラさんが肩を竦める。ほらー、私のえげつなさの九割は先生達の教育の賜物じゃん。
なんだかなぁと思っていると、ベルジュラックさんがターバンを解くのが見えた。
銀色の長い髪の毛が零れると同時に、オオカミの耳がひょこっと頭頂に現れる。
「いいんですか?」と声をかけると、こくりとベルジュラックさんは頷いた。
「やつらの狙いが俺を服従させることなら、もう無駄だと解らせた方がいいだろう。神狼族は一度主を選んだら、死んでも心を変えられない。俺は主をもう定めた」
「たしか、神狼族って主を定めるまでは、一族の人以外にはターバンの下の耳を見せない風習なんでしたっけ」
あれから私も神狼族の風習とかを調べたんだけど、ターバンにそんな意味があったなんて知った時は、額を思い切り机に打ち付けたもんだよ。
知ってたら復讐への協力を申し出た時、絶対ターバン取らせなかったんだけどな。復讐の手助けと引き換えに、一生涯を捧げるなんて重すぎる。
この人の名誉を回復することが、その一生の対価としてはあまりにも不釣り合いだ。
そう思うからこそ、私はこの人からの首打ち式をしてほしいっていう申し出を、のらりくらりと保留にしてる訳なんだけど。
そうすると今度エストレージャ達ともつり合いが取れなくなっちゃうんだよね。
彼の境遇とエストレージャ三人の境遇は似たようなもの。エストレージャ三人に首打ち式をしたのは、彼らの覚悟を受け取ったからだけど、それならベルジュラックさんの覚悟も私は正しく受け取らないといけない。
大きなため息が出る。
この期に及んでグダグダと。これは私の本当に悪い癖だよね。
気合を入れるために両手で頬を叩くと、皆が私をぎょっとした顔で見た。めっちゃ痛い。
「ベルジュラックさん……。いえ、シラノ・ド・ベルジュラック、首打ち式を行います。ここは玉座の間だから丁度いいでしょう」
「!? ほ。本当に!?」
「ええ。貴方には私の策を成就させるための剣、いえ騎士であってもらわねばなりません。覚悟を持て」
「は!」
彼に告げると、私は玉座に腰かける。すかさずその横に先生やヴィクトルさん、ラーラさんが並ぶと、ローランさんは見守るようにベルジュラックさんの後ろに控える。
「シラノ・ド・ベルジュラック、御前へ」
ロマノフ先生の言葉に、ベルジュラックさんが玉座に座る私の前へと進み出て、厳かに膝を付いた。
ロマノフ先生が腰の剣を抜こうとした時だった。うさおがぴこぴこと私の前に進み出てきて。
何だろうなと思っていると、短い前足で私の腕にくっついているペンデュラムを指した。
「その子出来る子なので、必要に応じて形を変えてくれますよ」
「え? そうなの」
「はい。どうなってほしいか、その子に言ってみてください」
「えー……んと、私に持ちやすいくらいの重さの剣になって欲しいんだけど」
厳かな雰囲気だったけど、それが掻き消えてちょっとほわッとする。言い終わってしばらくすると、カッとペンデュラムが光って見る間に形を剣へと変えた。
螺鈿で装飾された柄、刀身はひし形の文様が描かれていて、青い宝石や黒い宝石で象嵌されているように見える。
手を伸ばして持てば、結構軽くてこれなら私でも振り回せそうだ。だって箸くらいの重さなんだもん。
というわけで仕切り直し。
跪いたベルジュラックさんの首に、その剣の平たい部分を当てる。
「彼が全ての善良にして弱きものの守護騎士となるように」
視線を伏せてベルジュラックさんに注げば、彼が恭しく頭を垂れるのが見えた。
「汝、謙虚であれ。誠実であれ。礼儀を守り、裏切ることなく、欺くことなく、弱者には常に優しく、強者には常に勇ましくあれ。己の品位を高め、堂々と振る舞い、民を守る盾となれ。主の敵を討つ矛となれ。騎士である身を忘れることなかれ」
仰々しい言葉の羅列が終わると、私はベルジュラックさんの首に当てた剣を離し、彼の鼻先に切っ先を突きつける。作法的にはこれであってるはずなんだけどと脳裏で確認しながら、彼に「誓うなら切っ先に口づけを」と告げた。
そっとベルジュラックさんが顔を上げると、向けた切っ先に口づける。
「誓います」
そう答えた彼の眼は、涙で濡れていた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




