復讐するは自己満足のため
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あしからず。
シェヘラザードからラーラさんが帰って来た。
あちらの答えとしては「いきなり場所を貸せって連絡がきて驚いた。伯爵様が会合に顔を出すから中立地帯の方がいいという話だから、そちらに連絡を取ろうと思っていたところだ」という事で、火神教団と古の邪教の話も含めたここ最近の菊乃井で起こったことをラーラさんが説明すると、ギルド長の顔色が変わったそうな。それも真っ赤に。
額に青筋まで浮かべたギルド長の姿に、ラーラさんは私の伝言をごにょごにょっと耳打ちしたら、彼は「ぶちかましてやってくれ」と笑ったらしい。ギルド長って豪快な人多いのかな?
一方、ヴィクトルさんも宰相閣下の所から帰って来たんだけど、こちらはこちらで「火神教団が古の邪教と行動を同じくするなら、然るべき対応をせねばなりませんのう」と顎髭を扱きつつ、眉の奥で目を光らせたそうな。
城を動かすことに関しても了承を得た代りに、帝都公演の劇場として城を動かすことになった。それは記念式典の目玉の一つになるそうだ。
武闘会の方もごにょごにょっと火神教団との落としどころの話をすると、「良いのでは?」とのお言葉だったという。
私の方はというと、きちんと魔力を注入した後で、レグルスくんとロマノフ先生とフェーリクスさんで城を見て歩いたんだよね。
ユウリさんが見た小劇場も勿論ばっちり。
収容人数が百五十人ほどだという事は、そこは席のランクで言えばSS席に当たる。ここはそれこそ特別料金のVIP席として扱って、ここから録れた映像をカフェで楽しむなら安価に設定するのもいいだろう。
やっぱり揉め事の対処を考えるより、こういう事を考える方がどうしたって楽しいよねぇ……。
だけどそこに専念するためには、降りかかる火の粉を払うだけじゃなく、火の粉自体こちらに飛ばそうなんて思わないようにしっかり解って貰わなきゃだ。
そう言えば古の邪教の秘薬を使われた男が目覚めたという連絡があった。
男は黙秘を貫いているらしいので、様子見を兼ねて見に行ってみれば、牢の中で酷く悪態をついていて。
経過観察も兼ねて一緒に来てくれたフェーリクスさんと、やっぱり男の様子を見に来ていたブラダマンテさんが、揃って私とレグルスくんの耳を塞ぐほどだった。
まぁ別にいいけど、レグルスくんにあんまり汚い言葉を教えないでほしい。
そう言えば男は呆気にとられた顔を一瞬して、更に喚きたてた。何と言うか、私はこういう意味のない事をする人の心情がイマイチイマニくらい理解が出来ないんだよね。
ブラダマンテさんとフェーリクスさんにレグルスくんをお願いすると、意図を察してくれたのか、ロマノフ先生が防音の結界を張ってくれた。
私は男を無感動に見つつ、大きなため息を吐く。
「貴方が覚えているかどうか判らないから再度言いますが、黙秘は無駄です。自害も別段止めません。好きにしろ。死体から情報を取り出すすべなどいくらでもある。抵抗など無駄だし、したところで意味はない。つまるところは、全ては無意味だ」
はっきりきっぱり言い切ると、悪態をついていた男が押し黙る。この人、「存在に意味がない」なんて言われると思ってなかったんだろうか?
だってこの人と私は面識がない。その上で足を引っかけようとしてくるなんて、そこらへんに生えてる雑草とそう変わんないじゃないか。雑草と違う点なんて、悪意を持ってそうするか否やで、存在の価値なんか似たようなもんだ。
そう思って男をじっと見ていると、不意に男が呻く。
耳をすまして聞いてみると、どうやら「畜生」といったようだ。
「畜生! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」
「いや、馬鹿にはしてませんけど。ただ無意味なことしてるなって思うだけで」
「それが馬鹿にしてるってンだろぉッ!?」
「いいえ? 馬鹿だなと思ってたら治療なんかしないで、薬の中毒で死ぬに任せましたけど」
私は個人的に馬鹿というのはもう取り返しのつかない人間をさすと思ってる。
取り返しがつかないなら、助けたって意味はない。中毒で死ぬに任せれば、誰にも解りやすい証拠の出来上がりだし、古の秘薬に対抗できる薬を作れる者が少ないんだから、「精一杯治療はしたけどダメでした」で通るんだもん。
だけどそうじゃないんだろうなって思うから、ブラダマンテさんに対応をお願いしてたんだから。
今回彼は私の寝所に忍び込んだんだけど、それは死ななきゃいけない程の罪じゃない。彼が死ぬほどの罪なら、彼にそれを命じたものも同罪だ。でも彼が自裁するならあえては止めない。証拠と証言は、遺体からでも引き出せるのだから。
そう言えば、男はぐっと唇を噛む。そんな男の様子に、私は顎を擦ってロマノフ先生を見た。
すると先生が肩を竦める。お好きにどうぞって事みたい。
なので私は男に向かって告げた。
「私は貴方に関心がないから、逆に死んでほしいとも思わない。それだけです。ただ、あえていうなら、そんなに悔しいなら貴方を駒に選んだくせに、薬漬けにしていつ死んでも構わないという扱いをした輩に一矢報いるくらいしたらいいのに、とは思いますけど」
「はん!? テメェのために証言しろってか!?」
「別に必要ないってさっきから言ってるでしょ。人の話をお聞きなさいな」
「じゃ、じゃあ、なんで!?」
「いや、ムカついてるなら一発かましてやればいいのにって素直に思っただけです」
そういうと男は目を大きく見開いて私を見る。でも私にしたら、自棄になるよりよほど建設的だと思うんだよね。
と言うか、この男、そもそも信仰心とかあるんだろうか?
尋ねると存外素直に「ない」と男は答えた。
「金が欲しかったんだよ。生きるために人殺し以外の事はやって来た。今回だってちょっと屋敷に忍び込んで、ガキを脅したらそれで金になるっていうし、何よりお貴族様の鼻を明かしてやれると思ったから! 恵まれた環境で慈善事業なんかやってるガキが狙いだってきいた。だからそんなガキなんて、痛い目見りゃいいって思ったんだよ!」
「はぁ、恵まれた環境ねぇ? 子供を作った理由はお金を愛人のために家から引き出すためと、自分に靡かない男を縛り付けるため。そんなだから生まれる前から親に疎まれて、生まれた後は憎まれて、おまけにやった覚えのない搾取の恨みは買ってるし、モンスターがいつ大量に発生してもおかしくないダンジョン持ちの領地なのに、きちんと対策も立ててない上に、冒険者たちからはそっぽを向かれてるような所で、たった一人捨て置かれた私が恵まれた環境ねぇ? 羅列すると、凄いな」
いや、本当に凄いな。これでちゃんと生きてたんだから、ロッテンマイヤーさんを始めとした屋敷の人達は、どのくらい苦労して私を育てたんだろう。
「え? 本当に凄いですね、先生」
「……他人事のように言われると、余計胸が痛みますね」
「他人事ですよ。私は一度死んだんだから」
ポツリと零す。
そうだ。何もできなかった豚は死んだ。その死体から生まれた私は、全ての理不尽に怒りを抱いて生きている。
レグルスくんが将来私に剣を振り上げる時が来たとして、原因は私のこういう世の中に対する憎悪だったりするのかもしれないな。
いや、今はよそう。そういう感傷は今は要らない。
振り払うように首を振ると、「どうします?」と私は男に声をかけた。
「ど、どうって……」
「一矢報いたいなら、私の計画に加えてやらなくもないって言ってるんですよ。のるかそるか、とっとと決めろよ」
牢屋の鉄格子越しに男の胸倉を掴んで低い声で唸ってやれば、男の顔色が青くなる。
恐怖に引き攣った男の目には、歪に笑う私の顔が映っていた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




