大事なのは等価交換
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あしからず。
善は急げという事で、ラーラさんの転移魔術でフェーリクスさんはルイさんと、男の様子を見に行ってくれた。結果は黒。
解毒薬の調合は、並みの薬師ならいざ知らず、フェーリクスさんにとっては目を瞑っててもできるような簡単な事らしく、転移魔術で本拠地に戻ったかと思うと半時間もせずに帰ってきて、男に解毒薬を飲ませてくれたそうな。男は今、牢屋に整えられた寝台ですやすや安らかに眠っているという。
その間にロマノフ先生とヴィクトルさんが屋敷に戻ってきて、ラーラさんからフェーリクスさんが来てくれたことを聞いて、二人して天を仰いでた。
「なんて無駄に腰が軽いの!?」
「うちの母といい、叔父上といい、あの世代はすぐに動きますからね」
「ボクはあの人達の身内なんだなって、しみじみ自分で思ったよ」
うーん、コメントは差し控えようか。
それで私もなんだけれど、私と一緒にフェーリクスさんの応対をしてくれていたラーラさんも、宰相閣下の所にいってくれてたヴィクトルさんも、ロートリンゲン閣下の所に飛んでくれてたロマノフ先生もだし、フェーリクスさんも、なんとレグルスくんもまだお夕飯を食べていなかったそうで、夕食をご一緒することに。
レグルスくんは先に食べててって言ったんだけど、やっぱり一人でお食事するのは寂しかったみたいで、私達のお話が終わるまで待つって頑張ったんだそうな。可愛い。
料理長は最近神様がよくおやつを食べに来られるから、何となく夕飯もそのうち言われるんじゃないかと思っていて、多く作るようにしていたらしい。
いらっしゃらなければ、まかないでお代わりが多く出来るようになるだけの事だしって判断だそうな。神様が夕飯にいらっしゃる事は無いだろうけど、そのおかげで不意のお客さんにも対応できるから、なんにせよ料理長グッジョブ。
今晩のメニューは、コーサラからバーバリアンの皆さんが、マジックバッグに入れて持って来てくれたお魚や貝とトマトやお野菜の煮物。前世だとブイヤベースっていうのかな? そんな感じ。
お魚の骨を綺麗に外せたのを、レグルスくんが「みてみて!」と見せてくる。お箸もだけど、ナイフもフォークもスプーンも、レグルスくんはもうだいぶん得意だ。
微笑ましく見ていると、不意にフェーリクスさんが「ちょっといいだろうか」と小さく手を挙げた。
「はい、どうされました?」
「うん。家を紹介してもらえないだろうか?」
「家、ですか?」
「だいこんせんせー、なんでー?」
本当に「なんでー?」だよ。レグルスくんの言葉に私も頷く。
すると「あ」とロマノフ先生が声を上げた。
「引っ越してくる気ですか? 最近象牙の斜塔も面倒くさいから出ていきたいと仰ってましたよね?」
「うむ。あそこも大分低俗になって来てな。誰が次の斜塔の長だとか、学派がどうのと実にくだらない。我らは学徒、研究と探求の下僕。それだけで十分ではないか。今までの日記やお前たちから聞く話では、鳳蝶君も世俗の権力とやらが必要なだけで、それに固執する気はないみたいだし、権力や富を軽視はせずとも道具としか思っていない相手なら、等価交換は成り立つであろう?」
「そりゃ、まあ、私は搾取よりも等価交換が好きですけど」
一方的な搾取とか気持ち悪いんだよね。
もきゅもきゅと皆ご飯を食べながら、私に注目してる。これ、消化に良くないよ、もう。
「ふむ、ならば私は薬師・魔術師・錬金術師・研究者としての成果と能力と知識を差し出そう。その代わりに研究の場と資金を提供してもらいたい。あと静かな環境も」
「う……んと、貰いすぎな気もしないでは……」
「いや、それだけではない。ござる丸君の研究もさせてもらいたい。どうだね?」
「あともう一声、望むものを言って貰えたら……。じゃないとやっぱり釣り合わないし、労働と能力によって得た成果を買い叩くのは、フェーリクスさんが納得してても、他の人にとって良くないです」
「後一声か、難しいな……」
顎を撫でて、フェーリクスさんが考えこむ。いや、いて下さるのは嬉しいんだ。でも等価交換にならないものを受け取ると、後で何かに歪みが生じてしまうような気がして。
困っていると、ヴィクトルさんがげっそりした顔をこちらに向けた。
「そういう事なら、レクス・ソムニウムの遺産の解析を手伝ってもらったら? あの空飛ぶお城の原理やら搭載兵器の有無を報告しろって、けーたんにお小言と一緒に言われちゃったんだよね」
「へ?」
なんとやっぱりヴィクトルさんは、宰相閣下にこってり絞られちゃったそうで。
それはそれとして「SOS」の旗の方だったら「助けにいく」って話だから、もしかしたらあのお城に何某かの兵器があったり、危険な魔術がかかっているかもしれないって、宰相閣下はお考えになったとか。
「『責任もって解析してくだされ、我が師よ』って顔は笑ってたけど、目が据わってた」
「ひょえ! ごめんなさい、ヴィクトルさん。私も考えなしで……」
「いやいや、こういう時のための後見なんだから」
にこっと笑ってはくれたけど、確かに大事になるところだったんだよなぁ。
胸の底からため息を吐くと、「ふむ」とフェーリクスさんが顎を撫でた。
「レクス・ソムニウムか。直接話した事はないが、偶々彼が邪教の神殿を流星雨を降らせて跡形もなく消滅させた現場にいてな。あの魔術は凄かった。人間にもあれだけの事が出来る魔術師がいるのかと感心したものだ。うん、よかろう。彼の遺産とやら、吾輩が隅から隅まで解析してやろうじゃないか」
「え、良いんですか!?」
「構わんよ。寧ろやらせてくれたまえ。これが対価でどうだね?」
「え、えー……それはうちとしても願ってもないやつだから対価にはならないような?」
だって宰相閣下から「責任もって」って言われたって事は、これ菊乃井に対する命令じゃん。ならやらなきゃいけないことなんだし、こっちが助かる事をしてもらうのは報酬とは言い難い。
そう言えば、「なるほど」とフェーリクスさんが頷く。そして少し考えてから、もう一度口を開いた。
「ふむ、ならば……レクス・ソムニウムの城に住まわせてくれ。魔術師の城なんだ、実験室の一つくらいあるだろう」
「ああ、それならあったよ。ユウリとカナ・ツムと小劇場を見に行った時に見かけた」
フェーリクスさんの言葉を肯定するように、ラーラさんが言う。すると、フェーリクスさんの白い頬が、興奮したのか少し赤くなる。
「ではそこを貸してくれ。あと寝起きする部屋を」
「解りました、他にはありませんか?」
「では、食事も頼めるだろうか。その、自炊できなくはないが、ここの食事はなんとも美味で……」
ちょっと恥ずかしそうにしたけど、フェーリクスさんはもうブイヤベースのお代わり三杯目だったりする。
「でしたら食事はご一緒しましょう。勿論フェーリクスさんがお嫌でなかったらですけど」
「うん、甥っ子や姪っ子と食事を共にするなど久しぶりだ。喜んで」
「はい、では明日の朝からそのように」
「ああ、ありがとう」
フェーリクスさんがはにかむのに、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんも笑顔。
そういうわけで、めでたしめでたし……にならないのが、今の菊乃井というか私の周辺な訳で。
翌朝、太陽の光で目を覚ましていつも通り身支度をしていると、まだ呼ぶ前で、しかもロッテンマイヤーさんのお部屋に続く扉じゃなく、廊下の方からノックの音とロッテンマイヤーさんの声がした。
「はい、準備はもうちょっと……」
シャツのボタンを留めながら答えると、「では扉越しで」と。
『威龍様がお戻りになられました。大至急、旦那様にお目にかかりたい、と』
「解りました」
さて、どうなったかな?
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




