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誘蛾灯、灯る

お読みいただいてありがとうございます。

書籍化されている部分に関しては、後々の方の資料になればと思い、あえて誤字脱字や加筆訂正部分をそのままにしております。

ご了承ください。

誤字報告機能を利用し、校正をされる方がおられます。

誤字脱字報告以外はお断りしております。

あまりに目に余る場合はブロックさせていただきます。

あしからず。

 深更、菊乃井は月もなくひっそりと静まりかえっていた。

 エルフの英雄が三人揃っているから、基本的に屋敷の警備は緩い。

 寝ずの番をする衛兵すらいないのだ。

 鉄の大きな門を飛び越えると、手入れが行届きすぎているゆえに、正門が音もなく開く。

 エントランスホールからすぐにある二階への階段を登れば、廊下の奥に当主の部屋が見えるのが実に無防備だ。

 が、侵入するには具合がいい。

 主の部屋の扉も、音もなく開く。

 部屋の中はカーテンも閉じられて、薄暗い。

 でも目を凝らせば部屋の隅にチェストと、鏡とライティングデスク。

 そして中央には大きな天蓋付きのベッドがあって。

 こんもりと小さく盛り上がった布団に近付く。

 絹だろうか?

 夜目にも滑らかに見えるシーツに触れようとした瞬間、窓が開いた。


「「────ッ!?」」


 まさか自分以外の侵入者がいると思わなかった。

 それはおそらくもう一人の方もそうなんだろう。

 お互いに相手を退けようと拳を握った、その刹那。

 夜の闇に赤い光が不気味に浮かび上がる。

 それも一つではなく無数に。

 何か、いる。

 ハッとして飛び退いてベッドから距離を取ると、窓から来た男も同じく飛び退く。

 すると今までいた場所に、ドスッと何かが突き刺さった。

 暗さに慣れた目には、床に刺さった裁ち切り鋏が。

 冷や汗が背筋を伝う。

 何かが、おかしい。

 この部屋は何か変だ。

 一度出直すべきか?

 しかし、窓から来た男はどうする?

 考えている間に、大きな音を立てて窓も扉も閉ざされ。

 逃げ道が塞がれた事にジリジリと焦りが思考を焼く。

 どうすればいい?

 悩んでいるのは窓から来た男も同じだろう。

 辺りを見回せば、無数の赤い光が明滅している。


「貴様は誰だ……!」

「貴様こそ……!」


 誰何の声が緊張で高くなる。

 緊張しているのは窓から来た男も同じなようで、知らず知らず声が高くなっている。

 と、また背筋が寒くなった。

 だから部屋の端に逃げれば、今度はモップの柄が窓から来た男の足元に刺さる。

 何だと言うんだ!?

 他の気配は、窓から来た男とベッドに眠る人のものしか感じない。

 無数の赤い光はあるのに、それが触れてくる様子もない。

 それにしてもと、ベッドを見る。

 これだけ人が右往左往していると言うのに、ベッドにいる人は目を覚ます様子もない。

 図太いのか何なのか……。

 そこまで考えてハッとする。

 寝息が、聞こえない。

 窓から来た男も同じ事に気付いたのか、顔が歪んでいるように見える。

 一体、どういうことなのだ。

 確かめねばならぬ。

 窓から来た男も同じ考えに至ったのか、ジリジリと牽制しあいながらベッドに近づく。

 不意に、ギィっと何かが開く音がした。

 乳母の部屋へと続く扉が微かに開いているではないか。

 退路が見えた安堵に、ふっと息を吐く。

 窓から来た男も、乳母の部屋への扉が開いていることに気付いたようで。

 窓から来た男がくっと唇を歪めて、懐からナイフを取り出す。

 その途端、再び大きな音がして、今度は乳母の部屋への扉が閉ざされた。

 何だと言うんだ、さっきから!?

 叫びだしそうなのを堪えていると、ざっと赤い光が一斉に消える。

 かと思うと、室内なのにうっすらと霧がかかったように視界が悪くなり、段々と肌寒くなってきて。

 窓から来た男が何を思ったのか、ベッドへと走り出す。

 それを阻止するためにベッドに近付こうと、足を動かそうとした刹那──


「グフッ!?」

「ガハッ!?」


 首筋を強烈な打撃が襲い、痛みに堪らず床に伏す。

 窓から来た男も同じ衝撃に襲われたのか、床に倒れて呻いていた。

 何なんだ!? 

 何が起こったか確認しようと、混乱した頭を僅かに持ち上げる。 

 そうすると、ひたりと黒い布が見えて。

 ゆっくりと視線を上げていくと、黒い布はどうやらメイド服の一部のようだ。

 メイド服!?

 呆然とした目には眼鏡をかけたメイドが、背筋正しく立っていて、その手にはハタキが握られていた。

 ハタキ?

 いや、ハタキって?

 首を巡らせれば、窓から来た男も唖然とした表情をしている。

 メイドがキラリと眼鏡を光らせた。

「ギャッ!?」と窓から来た男が悲鳴をあげる。

 消えた赤い明滅が再び現れて、窓から来た男の身体をすっかりと覆ってしまった。

 ワサワサと何かが窓から来た男の身体の上で動く度、悲鳴が小さくなっていって。

 眼鏡のメイドが手を打ち鳴らすと、赤い明滅は消え去った。

 窓から来た男の姿も、一緒に。


「さて、次は……」


 メイドの眼鏡がまた光った。

 赤い明滅がジリジリと近付いてくるのが見える。

 どくどくと心臓が煩く危機を伝えてくるが、首筋への打撃のせいで動けない。

 無様にもがいていると、赤い明滅の姿が朧気に見えてきた。

 赤い九つの目玉の蜘蛛だ。それも大型の犬ほどの大きさで蠍のような尾を持つのが一匹に、小さいのが無数。


「我が主の寝所を穢したこと、後悔なさいますよう」


 冷たくて硬い声だ。

 人生の終わりがやってくる。

 絶望にうちひしがれて、そっと目を閉じ──


「──たら、生きててびっくりしましたか?」

「は、その……申し訳ありませんでした」


 深夜のリビング。

 腕組みをした私の前には、フードのついたローブを着て、緑の髪をおさげにした、生真面目そうな雰囲気が目元に出ている若い男の人が正座していた。

 私から見た彼の行動を、一人称の物語調に解説してやったもんだから、滅茶苦茶恥ずかしいのか顔が真っ赤だ。

 この人が昼間ラシードさんが言ってたフードの男の方だろう。

 周りをロッテンマイヤーさんを始め、ロマノフ先生、エリーゼ、宇都宮さんに囲まれて、男は神妙な様子だ。

 あれだよ。

 ラシードさんに話を聞いた後、私はロッテンマイヤーさんと相談して、罠を仕掛けることにしたんだ。

 うちのメイドさん皆強いじゃん?

 だからきっとロッテンマイヤーさんも強いんじゃないかと思って聞いてみたら、彼女はエリーゼと宇都宮さんの師匠で、源三さんと互角に渡り合えるそうな。

 弱いはずがなかった。

 なので、それぞれの用事から帰ってきた先生たちに相談して、わざと守りを緩くしてもらったんだよ。

 それだけでなく火神教団の彼らに付けた小蜘蛛を通して、目的を果たしたくなる暗示をかけた。

 だから当然ヴァーサさんとベルジュラックさんのとこにも護衛として、ラーラさんとヴィクトルさん、ござる丸とラシードさん・イフラースさんに行ってもらってる。

 ござる丸はあれ、姿は大根だけどマンドラゴラで、マンドラゴラはモンスターとしてはかなり強いほうに入るし、守られる側のベルジュラックさんだって中々強い。

 ラシードさん達も先生達から「半端な奴には後れを取らない」ってお墨付きだしね。

 怪しい人、二人ともこっち来ちゃったから取り越し苦労ですんだけど。

 因みにヴァーサさんとベルジュラックさんには、護衛の都合上同居してもらってる。

 二人とも知り合いだったし、適度な距離を保てるから楽みたい。

 それは置いといて。

 私は改めて緑のおさげの青年と対峙する。

 青年は額からだらだらと冷や汗をかきつつ、もう一度頭を下げた。


「その、この度は大変不躾な真似をいたしまして……」

「不躾? 我が主の寝所を穢しておきながら、それで済むとお思いですか、お客様?」


 ロッテンマイヤーさんがきらりとレンズを光らせて、眼鏡の蔓を上げる。

 怒ってるよー、すっごく怒ってる。

 ロッテンマイヤーさん、この作戦反対してたもんなぁ。

 それにつられてかエリーゼや宇都宮さんもポコスコ怒ってる。

 そんなメイドさんたちの雰囲気に気圧されてか、男の人が土下座した。


「大変申し訳御座いませんでした!」


 ごすっという音が聞こえたから、額を床に打ち付けたな。

 でも、謝ったから許すなんて優しさは、生憎と持ち合わせない。

 私は青年に向かって微笑む。


「さて、洗いざらい吐いてもらいましょうか?」


 ロマノフ先生と目配せすると、私は一気に魔力を解き放つ。

 きらきらと室内の水分が私の発する魔力に当てられてブリザードに変わると同時に、重力操作して思いっきり背中から圧力かけたった。

 青年が潰れたカエルのように呻いた。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 深夜のリビング。 腕組みをした私の前には、フードのついたローブを着て、緑の髪をおさげにした、生真面目そうな雰囲気が目元に出ている若い男の人が正座していた。 [一言] 若い男かよ!Σ\(…
[一言] 子飼いが増えた?
[一言] 菊乃井には「飴と鞭」なんて無いんや! 「鞭と鞭」 しかも「トゲの鞭」と「氷の鞭」やね(´д`|||)
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