解ってても目を逸らしたいこともある
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あしからず。
猫耳の下には炎のような赤い髪を流し、ニヒルに上がった口角。
右目の上から頬にかけて走る傷は、垂れ流す男の色気を損ねる処か益々濃厚に薫らせる。
齢不惑を越えた辺りだろうか、背中に天上天下唯我独尊とでも書いてありそうな雰囲気で徳利を肩から担ぐようにぶら下げて。
彼が歩く度に黒くて長い尻尾とは別に、腰に差した朱塗りの鞘が揺れるのを息を呑んで見守っていると、すっと姫君様が私達兄弟をその人の視線から隠すように動かれた。
「何用じゃ」
「貴様にはない。後ろの大きい方に、だ」
「これは妾の臣じゃ。妾の臣に用があるならば、主たる妾に先に用向きを知らせるのが道理であろうよ」
静かな声なのに、バチバチと火花が散るのが見える。
空は雨が降りだしそうなほど暗くて重くなっていくし、風だってなんだか強くなる一方。
庇うようにしてくれてたレグルスくんを抱っこして、私の後ろに隠していると、不意に猫耳のオジサマが溜め息を吐いた。
「ロスマリウスが『知の力で此の世から争いを根絶する』という身の程知らずな面白い童がいるというから会いに来た」
ぽつりと告げられた言葉に、私のもだけど、姫君様の目も点になる。
「そんなこと言ってませんけど!?」
「あ!」っと思った時にはもう遅い。
口を押さえたものの、姫君様と猫耳オジサマとレグルスくんの視線がざくっと突き刺さった。
「言うておらぬのかえ?」
「はい。だってそんなこと無理ですし」
片眉をひょいと挙げた姫君様のお尋ねに、私はぶんぶんと首を振る。
すると面白がっているような表情で、猫耳オジサマが此方に近付いてきた。
「無理とは何故だ?」
「何故って……。そもそも『争い』って、どの範囲までを指すんでしょう?」
「む?」
争いって言葉には沢山の意味がある。
大は大勢が死ぬ戦争から、小は駆けっことか。
大の方の戦争は、人間やエルフ、ドワーフやら獣人、魔族、およそ意思ある者達が、己の利のためにやることなんだから、その意識を変えることが出来れば無くせるのかもしれない。
しかし、その大きなモノを無くしたいあまりに、小さな、或いは健全な価格競争やらスポーツやらの争い、つまり成長に必要な競争をも無くしてしまうのは如何なものか。
成長に必要な競争すら無くなれば、生物は滅ぶ。
私はそう考えてるから、海底神殿でロスマリウス様に「挑んでみろ」って言われて、即座に「無理です」って答えたんだけど。
そんな事を話すと、猫耳オジサマがニヤリと口角を上げた。
「なるほど、貴様は『争い』というものを理解しているようだ」
「理解しているかはともかく、何でもかんでも纏めて『悪』っていうのは違うと思います」
「ふむ、ロスマリウスが会ってみろと言うだけのことはある」
そう言って肩に担いだ徳利を降ろして、流れるように口を付ける。
もういい加減、この方が何方なのか嫌でも解った。
解ったけども!
そこは姫君様が触れないなら、私が触れるべきではないんだろう。
まさしく触らぬ神に祟りなし。
視線で伺えば、姫君様は私の考えを読まれたようでこくりと頷く。
けど、姫君様に読まれてるってことは、猫耳オジサマにも筒抜けなんだろう。
ぷはっと酒精の混じった息を吐くと、オジサマが呵呵と笑った。
「虫も殺さぬ風情でありながら、戦うと決めれば根切りも辞さぬ。勝つための手段は選ばぬが、後ろ暗いことはしない。だが、そうして手に入れた勝利に酔うこともせぬ。たしかに貴様は面白い」
ひたりと当てられた視線に、背筋が寒くなる。
だってそりゃ、戦うって何らかの犠牲を払うってことだ。
犠牲を出すからには、負ける戦いをしてどうする。
根切りも辞さないのは、残虐は一度で終わらせなければ、恐怖が反発を招くからだし。
後に何らかの火種になるものを遺さないようにするには、根絶やし、或いは二度とこちらと事を構えようなんて気にならないよう、徹底的に叩き潰す。
そうしてそれきりで終わらせて、そのフォローを丁寧に念入りにすることによって恨みを飼い殺すのだ。
これは政の常套手段で、私だけがやってる訳じゃない。
勝利に酔わないのだって、それが目的ではないからだし。
勝利はいつだって、真の目的に辿り着くのに邪魔なものを排除した時に付いてくるだけのこと。
酔っ払ってる暇があるなら先に進む。
つまり、万歳三唱なんかやってる余裕なんかないんだよ。
戦った当事者が喜ぶことには否やはないけどね。
私が黙っているのをどう捉えられたのか、猫耳オジサマが顎を擦る。
なんというか、はだけた着流しから見える大胸筋も腹筋も、物凄く立派。
お腹なんか六つに割れていらっしゃる。
お風呂で見たロマノフ先生も、ロスマリウス様も中々だったけど、このオジサマはもっと迫力だな。
翻って私はといえば、もやしっぽい。
腕も白いし、無駄肉はないけど必要なのも無い気がするぞ。
なんだろう、この、謎の敗北感!
内心でウギウギしていると、姫君様がすっと団扇を振った。
「そなたの用は済んだな。では疾く帰れ」
追い立てるような団扇の動きに、けれどオジサマは動じない。
それどころか、ぞわぞわする笑みを深めて。
「余は戦上手の強き者を愛する。戦いとは肉を切り骨を砕くような直接的なものだけではない。策謀もまた戦いよ。余にとって戦いは全て愉悦。貴様は争う事を嫌いながらも、その身の内に秘める闘争心は烈火の如く燃え、頭の中は永久凍土の如く冷えている。敵には悪辣にして辛辣。勝利に固執せぬくせに、あらゆる手段でそれを掴みにいき、勝つように謀を為して須く勝つ。愛い奴よ」
「えぇっと……ありがとう存じます?」
「余をもっと愉しませよ」
オジサマの手が伸びてくる。
すると、それまで大人しく私の腰にしがみついていたレグルスくんが、ぴこりと顔を出した。
眉間にシワを寄せたしょっぱいお顔に、オジサマが目を丸くしたかと思うと、ニィッと凄みのある笑みを深くする。
なんか、ヤバい。
背中に鳥肌が立った瞬間、私はレグルスくんを再び背後に引っ込めようとする。
けど、それよりオジサマの動きが速くて。
レグルスくんを抱き込んで隠した刹那、雷鳴が響き渡った。
「えぇい! 用が済んだら疾く去ねと言うに!」
「おぉっと……」
姫君様に一喝されて、オジサマが飛び退く。
オジサマがそれまでいた場所は、地面が抉られたようになっていて、飛び退いた場所の地面も足元スレスレで抉れている。
姫君様のお手では領巾がギリギリと捩られていて。
「戯れ言ではないか、そう怒るな」
「去ね!」
「まだ用は済んでおらぬ」
今にも血管が切れそうなほどお怒りの姫君様に対して、オジサマは実に飄々。
でもヤバさを感じた雰囲気は何処かへ去ってる。
何だかよく解んないけど、ちょっとほっとしてレグルスくんを離すと、視界に柘榴の実のように真っ赤な蝶がふよふよと浮かんで。
「にぃにのプシュケみたい」
「え? あ、そう、だね?」
そう、蝶は作り物だった。
羽は薄いガラスのようなもので出来ていて、胴体や脚も宝石を細かく削ったみたいなヤツ。
私のプシュケにそっくりなそれは、迷うことなく私の耳に留まった。
なんぞ、これ?
首を大きく傾げても、それは外れる様子もなく。
するとオジサマが腕を組んで胸を張った。
「ムリマに作らせた、受けとれ。報酬の先渡しだ」
「ほう、しゅう……?」
「どういうことじゃ?」
呟けば、姫君様も怪訝な顔をする。
問われたオジサマは面倒そうに、大きく溜め息を吐く。
「余の関わりのあるものが、近々貴様に降りかかる厄の原因になる。あれはあれで役に立つゆえ見逃してきたが、目に余る。構わぬ、粛清せよ」
「しゅ、粛清!?」
「うむ」
えらい物騒な言葉が出てきちゃたったぞ。
っていうか、降りかかる厄ってなんなの!?
恐ろしい言葉に白目を向いていると、オジサマが少し考えるように天を仰ぐ。
「まずはこの数日以内にことが起こるぞ。心せよ」
不穏な言葉と裏腹に、面白がる表情を見せると、オジサマの姿は霞んで消えた。
後には曇天模様の空と、地面に大きなクレーターが二つ。
ぎしぎしと錆びたように動きの悪い首を巡らせて姫君様を窺えば、凄く頭の痛そうな顔で眉間を押さえておられて。
「あの、姫君様。今の方は……」
「……解っておろうが」
「…………やっぱり、そうなんですね」
「うむ」
がくっと肩を落とす。
これは厄介なことになった。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




