5巻発売記念SS・ひよこちゃんポーチの不可思議
お読みいただいてありがとうございます。
書籍化されている部分に関しては、後々の方の資料になればと思い、あえて誤字脱字や加筆訂正部分をそのままにしております。
ご了承ください。
誤字報告機能を利用し、校正をされる方がおられます。
誤字脱字報告以外はお断りしております。
あまりに目に余る場合はブロックさせていただきます。
あしからず。
菊乃井家のメイドになって、早いものでもう一年半ほど経ちました。
最初にお屋敷に来た時は、周りはレグルス様の敵ばかりだと思っていましたが、箱を開けたらあらびっくり!
レグルス様のご実家よりもずっとご実家の如く受け入れられ、レグルス様は元よりただのメイドの宇都宮も伸び伸びと過ごさせていただいております。
でも最近、宇都宮、凄く気になることがあって……。
「気になる事、ですか?」
「はい、すっごく!」
「なにがきになるの、うつのみや?」
まだ少し寒さの残る初春の昼下がり。
宇都宮の淹れた紅茶をお飲みになりながら、若さ……旦那様とレグルス様が、こてんと首を傾げられます。
最近旦那様はお痩せになっただけでなく、宇都宮は肖像画しか存じませんが、旦那様のお祖母様である先代……じゃない、先々代の奥様そっくりにご成長あそばして。
先々代の伯爵夫人の稀世様は、絶世の美人の誉れも高き方だとロッテンマイヤーさんから聞いていましたが、旦那様もきっとそうなるんだろうなぁとか思う今日この頃です。
レグルス様も段々と幼児語から抜け出して、つむくんやアンジェちゃんとお話するときは、立派にお兄ちゃんをなさっておいで。
お鼻がムズムズしてきますが、我慢我慢。
萌えてはいけないメイド業、まだまだ修行が足りません。
宇都宮は気を逸らすべく、お話を続けさせていただきます。
「実は、レグルス様のひよこちゃんポーチなんですが……」
菊乃井へ来て初めてのレグルス様のお誕生日。
四つになったレグルス様へ、ロマノフ先生が「誕生日プレゼント兼和解の証に」と下さった、ひよこの形をしたふわふわのマジックバッグのことです。
和解の証と言うのは、レグルス様が初めてこの家にやって来た時、ロマノフ先生は旦那様のためにレグルス様を追い返そうとなさったことを気にかけていたらしく、そのお詫びを込めてと言うことだそうです。
その件に関して宇都宮はどえらいヤラカシをしたので、思い出したら今でも穴に埋まりたくなります。
……それはちょっと置いておくとして。
「あのひよこちゃんポーチ、動くんです……!」
「へ?」
旦那様がきょとんとされます。
宇都宮も自分ですっとんきょうな事を言っている自覚はあるんですが、でも本当に本当なのです。
あのひよこちゃんポーチ、使わない時にはレグルス様のチェストにしっかりとしまっていて、お出掛けの際に宇都宮が準備して、レグルス様の首にかけて差し上げます。
お出掛けから戻られた時も、宇都宮が魔術で綺麗にしてからチェストに戻しています。
だけどここ最近、しまった筈のひよこちゃんポーチがレグルス様のお部屋の窓際にあったり、レグルス様のベッドに入っていたり……!
「え、ベッド? レグルスくん、ひよこちゃんポーチと寝てるの?」
「うぅん。れー、ひとりでねてるよ?」
「だよねぇ。夜にお歌歌うときにそんなの持ってないもんね」
「うん」
旦那様の目が「どういうこと?」とお尋ねになります。
「それが、だいたいレグルス様が旦那様とお過ごしの時や剣術やお勉強の時間に限って、移動していて……」
「なにそれこわい」
はい、本当に。
でも、です。
お仕えしている立場で不敬かもしれませんが、そもそも菊乃井のお家には文字を書く蜘蛛ちゃんや歩いて踊る大根ちゃんがいて、なんだったら女神様や神様が毎日遊びにいらっしゃる、ちょっと……かなり……だいぶん……とっても変わったお家です。
なのでひよこちゃんポーチが独りで歩いても飛んでもぴよぴよしても、全然おかしなことではないような……?
「待って? え? 宇都宮さん、そんなことは……そんなことは……あるかな?」
「あるかもしれないので! と言うか、寧ろ旦那様が……その……中心かなって?」
「どういうことかな!?」
え? あれだけ色々なさっていて、ご自覚がなかったんですか!?
宇都宮はそれにもビックリです。
いえ、でも、その辺りのことは後でロッテンマイヤーさんにご報告するとして、ひよこちゃんポーチです。
あのひよこちゃんポーチ、それだけじゃないんです。
「それだけじゃないって……?」
「そうなんです。宇都宮、動くんじゃないかと思ってから、ひよこちゃんポーチを観察してたんです。そしたら、なんと!」
「なんと? うつのみや、どうしたの?」
「なんと! 表情が変わるんです!」
レグルス様が喜べば同じように喜び、しょんぼりしたらやっぱりしょんぼりし、驚けば驚くような表情が浮かぶのです!
拳を固めて力説すると、きょとんとしつつレグルス様が口を開かれて。
「うん、そーだよ。ピヨちゃんおかおかわるよ?」
「へ!?」
「え!?」
宇都宮も旦那様も、レグルス様の思わぬ言葉に飛び上がりました。
「え? レグルスくん、どういうこと!?」
「うん、れーのひよこちゃんポーチには『ピヨちゃん』がすんでるんだよ」
「す、住んでるって!? レグルス様!?」
「あのねー、れー、ごさいになったでしょ? おいわいにおなまえつけていいよって、ピヨちゃんがいったから、ピヨちゃんなんだよ」
なんですか、それ!?
宇都宮と旦那様は顔を見合わせました。
お互い滅茶苦茶「ちょっと何言ってるか解んない」って顔です。
って言うか、レグルス様のひよこちゃんポーチ、何か住んでるってどういうこと!?
このお屋敷にはヴィクトル様が、悪意のあるものを寄せ付けない結界を張っておられます。
だから悪いものではないのでしょう。
ないのでしょうけど、宇都宮はおろか旦那様も察知出来ないような存在が入り込むだなんて!
あまりの事にショックで目の前が暗くなります。
いえ、倒れている場合ではありません!
旦那様もかなりショックを受けたお顔で、レグルス様の肩に触れました。
「レグルスくん、そのピヨちゃん、いつからレグルスくんの側にいるの?」
「んー、さいしょにていとのおうちからここにきたときからっていってた」
「へ?」
「ていとのおうちの、かあさまとおみずあげてたピンクのおはなにいたけど、れーといっしょにこのおうちにきたんだって。ほんとうははなせるようになるまで、もうすこしかかるよていだったけど、にぃにのおうたをまいにちきいてたらつよくなったから、ひめさまにおゆるしをいただいてひよこちゃんポーチにすんでるっていってた」
「理路整然と説明出来るとか、レグルスくん天才じゃないかな?」
「旦那様ー! たしかにレグルス様は天才だと思いますけど、話が脇道に逸れてますー!」
「は!! いけない、いけない……!」
ふぅっと大きく息を吐くと、少し落ち着きました。
旦那様も落ち着かれたようで、残っていた紅茶を一口飲まれると、顎を一撫で。
それから宇都宮にレグルス様のひよこちゃんポーチを持ってくるようお命じになられました。
ので、本当はいけないんですが、宇都宮は走ってレグルス様のお部屋に行き、ひよこちゃんポーチを持ってまた走ります。
そして、お待ちの旦那様にひよこちゃんポーチを差し出しました。
するとひよこちゃんポーチをくるくると回したり撫でたりしつつ、旦那様が首を捻られます。
「レグルスくんはそのピヨちゃんと話せる?」
「うん、はなせる。ピヨちゃん、ローランおじさんみたいなはなしかただよ」
「おぅふ、ギャップ……!」
ローランおじさんとは、街の冒険者ギルドのマスターのことでしょう。
可愛いひよこの外見で厳つい話し方とか、なんと言うかツラい。
そんなことを思っていると、不意にひよこちゃんポーチが光ります。
かっと一際白く輝いたかと思うと、パタパタとポーチが空に浮かんでいるではありませんか。
『おう、邪魔するぜ?』
「邪魔するならお帰りください」
『おうおう、それじゃあアバヨ……って、違う!』
「えー、咄嗟に出ただけなんだけど、突っ込み力高いなぁ」
『ねぇ、それ誉めてる? 誉めてる?』
「誉めてますよ…………多分」
『多分!?』
テンションやったら高いひよこちゃんに、ちょっと宇都宮は引き気味です。
でも旦那様はこの手の方には強いようで、どこ吹く風。
落ち着き払ってる辺り、やっぱり菊乃井って普通じゃないんですよねー、とは、多分言っちゃいけないやつです。
そんな旦那様の態度に、ひよこちゃんポーチが肩を落とします。
いえ、ひよこの肩ってどこかしら?
『えぇっと、挨拶なくてサーセンでした! オラぁ、この子の母ちゃんから、この子を守ってほしいって託された花の精霊で、ひよこちゃんポーチの住人のピヨちゃんです!』
「ご丁寧にありがとうございます。花の精霊なのにひよこちゃんポーチに住んでるピヨちゃんって、情報量の多い自己紹介ですね」
『おう、オレもそう思うわ。でもよ、この屋敷で姫君にお目通りがかなって、この子の守りの相談をしたら、ポーチに住めって仰られたんだからしゃーないな!』
「ははぁ」
なるほど。
花の女神様の思し召しでしたか。
それなら先ずは一安心です。
宇都宮も旦那様も、ほっと肩を撫で下ろしました。
『このポーチ、エルフの名人が作ったからか力があってよ。精霊が住み着くには丁度良かったんだよ。作られたばっかりで、まだ先住精霊もいなかったしな』
「れーとおはなしできるようになったのも、ポーチになじんだからなんだって。ねー、ピヨちゃん?」
『そういうこと。ご主人の兄貴の歌に良い魔力が含まれてたのも幸いだったな。それを毎日聞いてたから、オレも人間と話せる力ある精霊になれたしよ』
ツラツラと得意気に話す精霊さんですが、ガワがひよこちゃんなんで、違和感が凄く働き者です。
と、旦那様が目を伏せます。
「なんで帝都の実家から、ずっとレグルスくんに憑いていたんですか?」
『なんか今発音にお化けでも憑いてるみたいな含みがなかったか?』
「気のせいですよ」
宇都宮にもそう聞こえたんですが、旦那様が気のせいと仰るなら気のせいです。
ええ、それがメイドと言うものですから。
ピヨちゃん様は怪訝そうにパタパタと羽を振ります。
『まあ、いいや。だって水をくれたり肥料をくれたり、ずっと優しくしてくれた女が死んじまって、未練たっぷりで魂になってさ迷ってっからさ。何か願いを叶えてやろうかって聞いたら「私の坊やを守ってほしい」って言ったんだ。オレらは生きてる人間には見えないが、魂だけになった人間には見えるし話せるからな。死んだ女の願いくらい叶えられねぇで、何が精霊だってんだ。あ、ちゃんと母ちゃんは昇天したから安心しろよ?』
なんと言う、男前ご発言!
ガワは何度見てもひよこちゃんですが。
だけど、そう。
そうなんですね。
しんっと部屋が静かになりました。
マーガレット様、宇都宮は……!
「あの、ピヨちゃん様!」
『おん? ピヨちゃんで良いぜ!』
「改めまして、宇都宮アリスと申します。レグルス様の守役でございます」
『おう、知ってる』
「ならば、これからは同僚ということでよろしゅうございますか?」
『おうさ。オレも坊やの守りだからな』
ニッと不敵にひよこちゃんが笑います。
なので宇都宮はひよこちゃん……ピヨちゃんに手を差し出しました。
するとピヨちゃんは一瞬驚いた顔をしましたが、意図を察してくれたようで、宇都宮の手に自分の羽を乗せてくれます。
「これから一緒に頑張りましょうね!」
『おう!』
握手する宇都宮とぴよちゃんに、旦那様とレグルス様は笑みを浮かべておられます。
しかし、ふと旦那様が首をこてんと傾げられました。
「ところで、ピヨちゃんはなんでレグルスくんのベッドにいたの?」
『え? 昼寝?』
胸をはってぴよっとこたえたピヨちゃんに、宇都宮は一抹の不安を覚えたのでした。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。