歩み来た道の先に
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あしからず。
パパパパーンッと、お馴染みだけど馴染みのない結婚行進曲が、菊乃井の庭に響き渡る。
サプライズのために楽団の皆さんは隠れててくれたんだよね。
結婚行進曲は私の記憶とユウリさんの記憶を元に再現されている。
「にぃに、だいじょーぶ?」
「うう、これは嬉し泣きだからだいじょうぶぅ……!」
ぐしぐしと溢れる涙をハンカチで拭っても、後から後から出てきて止まらない。
レグルスくんは、そんな私と薔薇のアーチを潜る新郎新婦の間で視線を行ったり来たりさせている。
長いベールの後ろをアンジェちゃんが持ち上げて、ゆったりと主役二人は進む。
そして私と並んだレグルスくん、ロマノフ先生とヴィクトルさん、ラーラさんにソーニャさんの前まで来ると、静かに二人して止まった。
そこにトテトテと奏くんが紡くんと一緒に、源三さんとヨーゼフが用意した花束を持ってくる。
「おめでとうございます!」
「おめでとー、ござまつ!」
「有難う御座います」
「有難う」
野バラや季節の花を沢山使った花束を受け取って、二人は奏くんと紡くんに柔らかに笑む。
春の暖かな日差しに包まれた二人は幸せそうで、エリーゼや宇都宮さんやアンナさん、料理長もヨーゼフも源三さんも目頭を熱くしていた。
「うぅ、ハイジ……幸せになるんだよ……!」
「ヴィーチャ、顔が凄いことになってるよ?」
「あらあら、ラルーシュカもお目目が赤いわよ?」
「そう言う母上も涙目じゃないですか……」
エルフさん方の中で一番涙腺が弱いのはヴィクトルさんで、次にラーラさんとソーニャさんか。
ロマノフ先生も普段より目元が断然柔らかい。
式は人前。
立会人は巫女のブラダマンテさんがしてくれる。
彼女もサプライズのために、隠れててくれたのだ。
エストレージャもバーバリアンも歌劇団や楽団の人達も、口々に祝福の言葉を新郎新婦に雨あられと降らせて。
つんつんと私の後ろにいたラシードさんとイフラースさんに、背中をつつかれた。
「ほら!」
「う、ぐす、うん。ルイさん、ロッテンマイヤーさん、おめでとうございます」
なんとか泣き止んで告げると、二人が最敬礼する。
ベールの下に霞むロッテンマイヤーさんのお目目もちょっと潤んでるみたい。
二人とも衣装も本当に似合っていて、準備した甲斐がある。
深呼吸すると、ひよこちゃんが私の手を強く握った。
「ロッテンマイヤーさんとルイさんはかぞくになるけど、れーたちともかぞく?」
「そうだよ」
こてんと首を傾げるレグルスくんに、ロッテンマイヤーさんもルイさんも笑みを浮かべて頷く。
それににこっとレグルスくんも笑った。
新郎新婦の前に巫女の正装でブラダマンテさんが立つ。
「では二人とも、病めるときも健やかなる時も、喜ぶ時も悲しむ時も、二人ともにあること、そして二人ともに幸せになることをここに誓いますか?」
「「誓います」」
ブラダマンテさんの言葉に二人とも息ぴったりに声を重ねる。
その二人の誓いに合わせて、楽団が音楽を奏で始めた。
それは前の世界の俺も、知り合いの結婚式とかで聞いた曲の一つ。
合わせて歌劇団の子達が歌い出す。
人の人生は糸のようなもの。
誰かと誰かの人生の糸が縒り合わされて出来る布は、いつか他の誰かを包み、その傷を優しく癒すだろう。
出会うべくして出会い、織り合わされるべくして織り合わされることを、幸せと呼ぶのだから……と言う歌詞の。
思わぬ歌のプレゼントにヴィクトルさんを見れば、彼も鼻をぐずつかせながら「ユウリとエリックくんとピュセルちゃん達からだよ」と言った。
「ほら、ピュセルちゃん達は奴隷商から助けられた辺りから細々とハイジにお世話になってたし、ユウリもエリック君と一緒に助けられた時にやっぱりお世話になったからって。エリック君はサン=ジュスト君の部下だったからね」
なるほど、それで他の歌劇団の子達も協力してくれた訳だ。
歌はユウリさんが好きな曲を、楽団とヴィクトルさんが再現したそうな。
って、先越されちゃった。
歌は私の得意分野なのに!
まあ、でもお祝いの歌は何曲あっても良いんだよ。
アルトとソプラノの美しいハーモニーが終わる。
「「「ロッテンマイヤーさん、ルイさん、ご結婚おめでとうございます!!!」」」
ラ・ピュセルのメンバー達に先導されて、歌劇団の子達が声を合わせて二人を祝う。
そんな声に新郎新婦ははにかみながら、祝福を受け取った。
光降る中庭。
幸せが春風に乗って広がっていく。
この日に辿り着くまで、ロッテンマイヤーさんにはロッテンマイヤーさんの、ルイさんにはルイさんの悲しみや苦しみがあった。
二人だけじゃない。
レグルスくんだってそうだ。
エストレージャやラ・ピュセルの皆やアンジェちゃん、源三さんや料理長、エリーゼやヨーゼフ、宇都宮さんにアンナさん、エリックさんやユウリさん、ブラダマンテさんにラシードさんやイフラースさんにも。
私が知らないだけで、バーバリアンも楽団や歌劇団のメンバーの中にも色々あったのかも知れない。
今日この日、菊乃井に、私の元に辿り着くまでに。
私は。
私は──
すっと大きく息を吸い込む。
ロッテンマイヤーさんとルイさんの式には、絶対これを歌おうと決めていた曲がある。
それは前の世界で「俺」が見ていた朝の連続ドラマのテーマ曲で。
外国から大切な人の妻になって、彼の一生の伴侶として日本にやって来た人の生国の楽器を使って演奏されていた曲だ。
故郷を離れても、大事な人とともに歩んで、一本の麦の如く生きていく。
第二の故郷で、大切な人のいる、その国で、根を張り生きていく、と。
皆、菊乃井で根を張り幸せに生きて行けばいい。
ここが故郷だと、胸を張って。
そのために、私は何が出来るだろう?
歌い終えると、ロッテンマイヤーさんとルイさん二人が目元を赤くしていた。
その光景に何を感じたのか、ひよこちゃんが私の手を強く握る。
「にぃに、れー、にぃにのとこにこれてよかった……! れー、いま、すごくうれしい!」
空が溶けたような青い瞳を潤ませて、レグルスくんが晴れやかに笑う。
この幸せを守っていかなければ。
そう思う反面、ふと胸に将来のヴィジョンが過る。
剣を振り下ろすレグルスくんに、私は納得していた筈だ。
本当に?
本当に、そうか?
初めてその映像を見た日には湧き上がらなかった疑問が、今は強く頭をもたげる。
本当に、レグルスくんに殺されることが、彼のためになるのか?
殺されたら、この子の幸せを、菊乃井に辿り着いた人達の幸せを、誰が守るんだ?
何かが胸のなかでぐるぐるする。
答えが出そうで出ないもどかしさに、唇を噛んだ。
その刹那、ざっと暖かな風が吹き、空が不思議な輝きに包まれ、足元にも木にも植え込みにも春の花が一斉に咲く。
そして空に金色の煌めきが渦巻いて、芳しい牡丹の薫りが。
「その婚儀、妾も寿いでやろう」
純度の高い神聖な力が大気に満ちて、麗しい御方の姿を象る。
牡丹の色の艶やか唇に浮かんだ笑みは、冬の日に別れたそのままに美しい。
姫君様の突然のおなりに、私とレグルスくんは即座に跪く。
するとロッテンマイヤーさんやルイさんも膝を折ろうとするのが見えた。
姫君が薄絹の団扇を閃かせた。
「よい、今日はその方らが主役じゃ。不敬は問わぬ故、衣装を汚さぬように立っておれ。妾は春の訪れとともに地上に帰ってきた。そのついでに臣下の臣下の婚儀に顔を出したに過ぎぬ。無礼講じゃ」
姫君の仰せにロッテンマイヤーさんとルイさんが、立ったままでお辞儀をする。
私とレグルスくんも促されて立つと、姫君が唇を三日月のように歪めた。
「鳳蝶よ、末の子の件大義であった」
「いえ、艶陽公主様はその後如何お過ごしでしょう?」
「日夜精進しておるぞ。力の加減も上手くなった」
「それはよう御座いました……」
ほっと息を吐くと、レグルスくんも話の内容が解ったのか、「よかったねぇ」とにこにこする。
姫君も頷くと、ひらりとまた団扇を翻した。
「この度の働き、他の神とも話し合った結果褒美を授けることにした」
「え? いや、皆様からは十分色々と頂戴しておりますし……」
「それでは足りぬ故、渡すと言うておる。しかし、その調子では素直に受けとるまいよ。折よくそなたの母親代わりと、右腕が婚儀を結ぶというからの。そなたの臣下二人を祝福することで、間接的にそなたへの褒美とする。新郎新婦よ、受けとるがよい」
姫君がもう一度団扇を振ると、ロッテンマイヤーさんとルイさんの前になみなみとお酒の注がれた、小さくて赤い盃が現れる。
それを姫君が二人に手に取るよう促した。
「天界の酒じゃ。契りの盃として授けるゆえ、互いに飲ませあうがよい。そを以て偕老同穴の祝福としよう」
偕老同穴ってたしか、夫婦寄り添って共白髪みたいな意味だったような?
姫君のお言葉に、新郎新婦は私を見る。
それに私が笑顔で頷くと、ロッテンマイヤーさんはベールを少しあげ、ルイさんと二人でおずおずと盃に手を伸ばした。
そしてお互いにお酒を飲ませ合う。
「姫君様、ありがとうございます……!」
「ひめさま、ありがとうございました!」
「ふん。そなたは良く働いておるゆえな。今後も妾の臣として働くがよいぞ」
「はい!」
「れーもがんばります!」
「励むが良いぞ」
姫君はくふりと艶やかに唇を歪ませる。
春がようやく、菊乃井にやって来た。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。