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プレリュード、夢を重ねて

お読みいただいてありがとうございます。

書籍化されている部分に関しては、後々の方の資料になればと思い、あえて誤字脱字や加筆訂正部分をそのままにしております。

ご了承ください。

誤字報告機能を利用し、校正をされる方がおられます。

誤字脱字報告以外はお断りしております。

あまりに目に余る場合はブロックさせていただきます。

あしからず。

 ロッテンマイヤーさんとルイさんへのサプライズは、砦への慰問ショーとリベンジ・マッチの翌日の打ち上げでする手筈だ。

 料理は料理長とアンナさんが頑張ってくれるし、当日二人に潜ってもらうお花のアーチは源三さんとヨーゼフが用意してくれるそうな。

 ござる丸とタラちゃんにはブーケ作りを手伝ってもらうことになってる。

 とりあえず、結婚式の方は準備が調った。

 後は砦の方。

 リベンジ・マッチはエストレージャの装備にも、バーバリアンの装備に釣り合うよう、エルフ紋の刺繍を追加しておいた。

 二組の準備もコンディションも良好だ。

 そして歌劇団の方なんだけど、歌劇団の公演は実は生オケ……生演奏なんだよね。

 最初はヴィクトルさんがピアノで伴奏してくれてたんだけど、ルイさんが一時的にピアニストとして加わった辺りでヴァイオリンに変わったんだけど、ルイさんが抜けた後はヴィクトルさんの知り合いのピアニストさんやヴァイオリニストさん達が来てくれて。

 今ではオーケストラほど大きくないけど、それなりの人数と楽器が揃ってる。

 皆、最初はヴィクトルさんが私費で雇ってくれてたっていうか、そもそもヴィクトルさんがパトロンになってあげてた人達で、演奏の腕は確かなんだけどちょっと癖があって宮仕えなんかとんでもないってタイプばっかりなんだよね。

 それでもラ・ピュセル、或いは歌劇団の名前が近隣に売れてきて、今では歌劇団として彼らを雇用出来ている。

 そんな彼らは、なんというか濃いのだ。

 一人一人が音楽に対して狂おしい程の情熱と愛を持っているんだけど、語らせたら早口になるし、普段寡黙なのに音楽や楽器の話題になると滅茶苦茶喋る。

 うん、まあ、沼の住人って、大概そんなんだよね。

 んで、なんでそんなこと知ってるかっていうと、前に歌劇団にちょっと用事があって顔を出した時に、めっちゃ囲まれたんだよ。

 ヴィクトルさんは宮廷音楽家だし、帝都辺りで「こんな田舎(菊乃井)に引っ込ませやがって」的な批判があることは、ロートリンゲン閣下を通じて知ってたから身構えたんだけど、全然違って。

 異世界の歌を歌って欲しいから始まって、あちらの音楽理論はどうなってるんだとか、楽器はどんなのがあるのか、それはこちらで作ることが可能なのか等々、凄い勢いで食いつかれたわ。

 ユウリさんにも聞いたら、同じように食いつかれてげそっとしたそうな。

 だけど彼らは人は良いようで、歌劇団のお嬢さん達には常に紳士なんだとか。


「そりゃあ、あれでござるよ。彼女らも拙者らからしたら、希少な楽器ゆえ。まして生きててお話が出来るとなれば、大事にするのは当たり前でござるよ」

「おぉう、反応に困る答えをありがとうございます」


 プレミア・ヴィオロン、前の世界ではコンサート・マスターこと第一ヴァイオリン奏者のイツァークさんがモジャモジャの癖毛を掻き回しながら、朗らかに言う。

 今、実は砦の訓練場に組まれた舞台でリハーサル中。

 歌劇団のメンバー達がそれぞれ立ち位置を確認するなか、影ソロ──これ菫の園用語で、舞台裏の専用部屋で、一人で歌ってシーンを盛り上げるソリストやらのことを指すんだけど、それをやりたいんだけど団員は皆舞台で踊らせてあげたいってユウリさんが言うから、私がソリストすることになったんだよね。

 その歌の調整とか音響の調整とかのために、私とヴィクトルさんは砦に出張してるわけ。

 まだ出番じゃないから雑談してるわけだけど、歌劇団の活動が広がることに、楽団の皆さんは期待を持ってるそうな。


「彼女らが活躍してくれたら、芝居や歌うこと踊ることに加えて、音楽の楽しさも周知されることになるでござろ?」

「ああ、たしかに」

「そうなると、音楽を嗜む層の裾野が広がるでござる。そこから新たな音楽や楽器が生まれるかもしれない。ついでに音楽や楽器が貴族だけじゃなく、全ての人に触れ得るものになるんじゃないかと思うでござるのよ。オーナー氏の望みと似ておるでござろ?」

「ええ、はい。そうですね……」

「そんな訳で拙者らは彼女達に望みをかけているのでござる。あと、拙者らが楽器で音を紡ぐのを、彼女らは自身の身体でやってるでござる。言わば身体が楽器なんですな。楽器は手入れを丁寧にせねば、たちどころに壊れてしまうもの。音楽家ならば、存在自体が素晴らしい楽器である彼女らを、丁寧に扱うのは当たり前でござるよ」


 イツァークさんの目元は髪の毛で隠れて見えないけど、口元は柔らかく弧を描いていて「そうでござろう、皆の衆?」と楽団員達に問えば、皆がこくこくと首を上下させた。

 なるほどな。

 彼らはヴィクトルさんが後ろ楯になって援助するだけの楽人であるわけだ。

 納得していると、ニヤリとイツァークさんが口角を更に引き上げる。

 なんだろ?


「存在自体が希少な楽器と言うならば、オーナー氏やユウリ氏もそうですぞ」

「は?」

「オーナー氏もユウリ氏も、拙者らに未知の曲や音楽の可能性を知らしめてくれるでござるよ。オマケに頼めば歌ってくれるでござるし」

「あー、それはほら、百華公主様の思し召しもありますし」

「それ! その思し召しでござる!」


 我が意を得たりとばかりにぐわっと肩を掴まれて、ついでに楽団員達に周りを囲まれた。

 だからー、こう言うとこだったらー!

 思わず「ひぇっ」と声を上げると、皆さっと私から距離を取る。 


「おぉう、申し訳ない。ついつい興奮してしまったでござるよ」

「いや、ちょっと驚きましたけど大丈夫……」


 リハーサル中のヴィクトルさんが舞台からこっちを見てるのに気づいて手を振る。

 何事もなかったように楽団員達はさっと決められた席に戻ると、イツァークさんがポリポリと頭を掻いた。


「姫神様のお蔭で、拙者らは知らなかった音や曲に触れる事が出来る。そればかりか、弾きたくなったら演奏することも、異世界の音楽理論を研究することも出来るのでござる。音楽を愛し志す者にとって、それがどれだけの幸せか!」

「あー……」


 とは言ったものの、私は歌えれば満足で、コードやメロディがどうの、音楽技術がどうのと言われても正直に言えば解らない。

 でも知らなかったことに触れるのは楽しいってのは解る。

 そう言えば、イツァークさんはこくりと大きく頷いた。


「オーナー氏は理論よりも感覚タイプだと、ヴィクトル氏も言うてたでござるよ」

「う、まあ、そうですね。難しいことは解んないです」

「オーナー氏はそれで良いでござる。それで上手く行ってるでござるゆえ。拙者らはオーナー氏が百華公主様に気に入られたお零れに与っているのでござる。オーナー氏が姫神様より天命を授かる程の歌い手だったからこそ、拙者らに道が拓かれた。拙者らはヴィクトル氏にも感謝しておりますが、オーナー氏にも感謝を捧げたく思っておりますぞ」


 だからこそ、Effet(エフェ)Papillon(パピヨン)の宣伝戦略に一も二もなく協力するのだと、イツァークさん達は胸を叩く。


「手始めに、この砦の兵士諸君の喝采を得てみせるでござる。拙者らの音楽で、歌劇団の美しい舞踊とオーナー氏の歌を更に輝かせてみせますぞ! やりますぞ、皆の衆!」


 イツァークさんが勝鬨を上げると、楽団員達がそれに倣う。

 最初は私一人の夢だったモノが、段々と沢山の人の志になっていく。

 奇跡のような光景に思わず、唇が笑みを作ると、イツァークさんがポンッと手を打った。


「そう言えば、オーナー氏はEffet・Papillonの服を自ら纏って宣伝するそうですな? たしか……ユウリ氏が『モデル』とか言ってたでござるが」

「え、いや、ちょっと何の脈絡が……?」

「ヴィクトル氏からも聞いたでござるが、オーナー氏は自身の容姿に納得してないんでござろ?」

「え、ええ、はい」


 なんのこっちゃ?

 困惑が顔に出てたのか、イツァークさんがヒラヒラと手のひらを振る。


「オーナー氏に必要なのはオーナー氏と特別親しい訳ではない、かつ利害も絡まない相手からの、客観的意見でござる」


 その点イツァークさんは、特に私と利害もないし、親しい訳でもないという。

 歌劇団と楽団の人事権はたしかに私にはない。

 それを持つのはヴィクトルさんとユウリさん、エリックさんだ。

 だけどそれだけじゃないと、イツァークさんは首を横に振る。


「だいたい拙者らは、仮令雇い主だとしても悪趣味なモノは悪趣味、下手くそには下手くそと言って仕事をクビになった者がほとんどでござるぞ? オーナー氏だからって、その辺に手心を加える必要性を全く感じぬ輩どもでござるよ。オーナー氏もその心意気はお持ちだと聞いているでござるぞ」

「それは……似合わないモノを似合うなんていうのは作り手としてどうかと思うし、雇い主にこそ似合わないモノを似合うなんていうのは背信だと……」

「で、ござろう? それに拙者ら芸術家でござるから、審美眼にはちょっとした自信がござる。その我らからしても、オーナー氏は大分眩しい感じでござるぞ」


 イツァークさんの口元がにかっと緩む。

 見回せば他の楽団員達も口元を緩めたり、激しく首を上下させていて。


「利用すると思うから苦しくなるのでござる。一時、美しい人から微笑みを投げられたと、非日常の夢を見させてあげるのでござるよ。歌劇団のメンバー達もそうやって、人々の心に夢や希望を植えているのでござるから」


 そしてそれが、次の同志を得ることにつながるのでござる。

 そっと囁かれて、目を見張る。

 宴の幕は、もう上がろうとしていた。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やりたい事がやれる幸せは何事にも変え難く…_:(´ཀ`」 ∠): 尖ってるからこそ丸い輪の中から弾かれるのです_:(´ཀ`」 ∠): 尖っていても全てを受け入れられる土壌は得難いもので…
[一言] なんというか・・・。 名声と富を求めるなら都会(?)に行くが、未知の音楽とかに触れたいから此処に来たという人たち。 ある意味骨の髄まで音楽家だな。 しかも神に選ばれた垂涎の子まで居るし…
[一言] つまり、楽団員≒陰キャオタクてなかんじでおk?
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