裸の付き合い、ばばんばばんばんばん
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書籍化されている部分に関しては、後々の方の資料になればと思い、あえて誤字脱字や加筆訂正部分をそのままにしております。
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あしからず。
夏の始まりのお約束をして、絹毛羊の王達との会談は和やかに終わった。
翁さんがくれた物は、全て彼が自分で拾ってきたり、本人からもらったりしたものらしく、コレクションのほんの一部なんだとか。
因みにイフラースさんやブラダマンテさん、先生方には命の水って名前のリンゴに似た木の実を貰ってた。
なんでも皮を剥いたら出てくるのは果肉じゃなくて、体力回復・滋養強壮に効果抜群のお酒らしい。
先生達、お酒好きだもんね。
イフラースさんも雪樹山脈の一族ではお酒を飲める歳らしいし、ブラダマンテさんも嗜む程度だけど、喜んでた。
で、私達は針葉樹林を後にした訳なんだけど、日も暮れてきたし、アースグリムに戻ることに。
結局、絹毛羊の王はマンドラゴラモドキを受け取りはしなかった。
そのことをアースグリムのギルド長に伝えるためだ。
それは貰う理由がないってことなんだけど、これがまた解釈の別れどころだと思うんだよね。
「え? なんで?」
ざばーんっとお湯を溢れさせる音がしたら、次は「あ~」だか「う~」だか、ちょっとオジサンぽい呻き声が聞こえる。
湯気が立ち込める中、レグルスくんの髪にシャンプーを付けてしゃかしゃかとかき混ぜると、すぐに泡が立って、面白いくらい真っ白になった。
アースグリムにはなんと日本式温泉があって。
何だか色々で汚れちゃったので、アースグリムの長が「揉め事納めてもらったのに、ろくすっぽ報酬も出せないし、よかったら年間タダ券渡すから入っていってくれ」って言ってくれたので、お言葉に甘えることにしたんだよね。
ちなみに、本日はお客さんがあんまりいないらしく、私達の貸し切り状態。
女湯の方もそうみたいで、壁の向こうから華やかな話し声が聞こえてくる。
私達がお風呂に入っている間、使い魔二匹はギルドでぬくぬくお昼寝だ。
シャワーコックを捻ると勢いよくお湯が出てきて、レグルスくんがお目目を瞑ってお耳を両手で上手に塞ぐ。
渡り人のお陰でこの温泉もシャワー完備だし、本当に有難い。
レグルスくんの髪を濯いでいると、ラシードさんはさっきの問いを繰り返す。
「なあ、なんでだよ? なんで解釈が別れるんだ?」
「いや、なんでって……」
そんなの簡単な話だ。
マンドラゴラモドキはアースグリムからのお詫びの品だ。
それを理由がないと受け取らなかったのは、単純に考えれば今回のことはアースグリムに関係ないからアースグリムが詫びる必要がないってことなんだろう。
だけど、彼らは今回のことがある前から「人間」には距離を置いている。
今更「人間」を許すことなど出来ないから、詫びの品を受けとることもない。
そう突き放したとも考えられる。
そう言えば、身体を洗っていたラシードさんがぴしりと固まった。
「え? そ、そうなのか?」
「まあ、彼らがもう人間に呆れ果てていたら、そうなるかなって」
とは言ったものの、今回は前者で大丈夫だろう。
でなければ私達との対話も成立しない筈だし。
だけど、見放されつつあることは確かだ。
それをアースグリムの人達がどう受け止めるかで、今後が決まるだろう。
だけど私はこの地の人間じゃない。
偶々訪れた時にトラブルに立ち合っただけの私に、よく知りもしないこの地の人間の善性なんて保証できるもんか。
ぶちりと溢せば、ラシードさんが顔をひきつらせる。
「お前って優しいのかキツいのか、どっちなんだよ……」
「甘くはないと思いますよ」
答えてしゃかしゃかとレグルスくんの髪を手拭いで拭いて水気を拭うと、ニカッとレグルスくんが笑った。
「ありがと、にぃに。きもちよかったー!」
「どういたしまして」
「つぎはー、れーがにぃにのおせなかあらう!」
「うん。私も髪はもう終わったから、背中流しっこしようね?」
「うん!」
あわあわと石鹸を泡立てていると、トテトテと髪を洗い終わった奏くんが紡くんを連れてやって来た。
そして紡くんがレグルスくんの隣に座ると、その隣に奏くんが座る。
「背中、流しっこしようぜー!」
「うん、今、レグルスくんとしようって言ってたとこ」
「つむ、ひよさまながすね?」
「うん、こうたいでつむのせなかもながしてあげる!」
「じゃあ、おれは若さまの背中こすってやるよ」
「あ、じゃあ私も奏くんの背中洗うね」
「あ、俺もいれて」
「おう、ラシード兄ちゃんもな」
しゃこしゃこと石鹸の泡が付いたタオルでレグルスくんの背中を擦れば、レグルスくんは紡くんの背中を擦って、紡くんは奏くんの、奏くんはラシードさんの背中をごしごし。
それが終われば今度は、ラシードさんが奏くんの背中を、奏くんは紡くんの背中をって、さっきとは反対に背中を擦る。
それも大体終われば、私が奏くんの背中を洗ったり、紡くんの背中を擦ったり、ラシードさんの背中をごしごししたり。
レグルスくんも奏くんの背中や、ラシードさんや私の背中を洗ってくれて。
子ども組でわちゃわちゃしていると、ぬっと膝に影が射す。
驚いて顔を上げると、ヴィクトルさんとロマノフ先生が座っている私達を見下ろしていた。
「楽しそうなことしてますね?」
「僕らも混ぜてよ」
「ああ、はい! どうぞ!」
ニカッと笑うと私達はロマノフ先生とヴィクトルさんを座らせて、先ずは二人の背中を流す。
すると紡くんがはっと目を見開いた。
「ロマノフしぇ、せんせ、おけがしたの……?」
「え!? どこ!?」
紡くんの小さな指が肩口を指差す。
確かにそこにはわりと大きな引きつれた傷痕があった。
しかし、昨日今日の傷ではないっぽい。
驚く私達とロマノフ先生の傷を見て、ヴィクトルさんが「ああ」と呟く。
「それ、心配しなくても大丈夫だよ。大分昔のやつだから」
「ええ、見かけは派手ですけど痛みはあんまり無かったやつだし、古傷が痛むってこともないですしね」
「そうなんですか?」
おずおずと触れると、くすぐったかったのかロマノフ先生が笑う。
よく見れば、ロマノフ先生の色が白いけど、か弱さは感じさせない身体には、沢山の傷痕がある。
ロマノフ先生だけじゃない。
ヴィクトルさんにもロマノフ先生程じゃないけど、そこそこに傷はあって。
となると、三人で旅していたんだからラーラさんもそうなんだろう。
生きることは戦うことでもある。
それは物理だけじゃなく精神面でもだ。
だけど、日常に戦いが含まれてる冒険者は、先生達みたいな強い人達だってそうなんだから、並べて皆傷だらけなんじゃないかな?
「……先生、私は……」
「焦らなくてもいいんですよ。君は十分、今でも沢山の冒険者を守っている」
「そうだよ。出来ることを着実にやっていくことが、届かなかった手をやがて誰かに伸ばせる日に繋がるんだから」
そうだ。
焦っちゃダメだ。
たとえ私に上級の付与魔術が使えるからって、それが万能な訳じゃない。
出来ることには限界がある。
全ての冒険者を守るほどの力なんて、私にはないんだ。
それなのに「私なら何とか出来る」と思うのは、傲慢にしかすぎない。
すっと大きく息を吸って、静かに吐く。
気持ちを落ち着けて先生の背中を、石鹸の付いたタオルで静かに洗うと、また先生が笑う。
「どうしたの、アリョーシャ?」
「いや、なんだか、くすぐったいなと」
「物理的に? それとも」
「精神的に、ですね。教え子と温泉で背中を洗い合うなんて、初めてですよ」
照れているような先生の表情が珍しかったのか、奏くんもレグルスくんも紡くんも、一斉にごしごしとロマノフ先生の背中を擦る。
私がヴィクトルさんの背中に移動して、ごしごしし始めるとラシードさんがイフラースさんを捕まえて、背中を洗うのが見えた。
そうしてきゃっきゃしてたのが壁の向こうに伝わったのか、ラーラさんの声が響く。
『ボクらはそろそろお湯に浸かって出るけどー?』
「はーい、こっちも浸かりますー!」
返事して皆泡を流して、湯船に浸かる。
するとラシードさんがすすっと寄ってきた。
「お前ってさ、人が嫌いなのか、そうじゃないのか、どっちなんだよ?」
「へ?」
「だって、人間のことはバッサリ斬り捨て御免な評価だったのに、冒険者は守ってやりたいみたいだし……」
意外な質問に怪訝な顔をすると、同じくラシードさんも微妙な顔をする。
イフラースさんは、何だかどぎまぎしたような表情だ。
どう答えたもんか。
そもそも人が嫌いとか好きとか考えたこともないんだけど。
返答に困っていると、奏くんがラシードさんの肩を叩く。
「良いんだよ。若さまはひよさまやロッテンマイヤーさんや先生達、おれやつむやアンジェちゃんや屋敷の人達……とにかく、若さまの周りの人達のことは好きだろ?」
「ん? うん。好きだよ」
「だったら良いんだ。じいちゃんがそう言ってた」
「いや、何が良いのか解んねぇけど……?」
「良いんだよ、解んなくても若さまは若さまだから」
細けぇことは気にすんな!
そんな感じで奏くんはラシードさんを押しきった。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




