芽吹くもの、育つもの
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あしからず。
真珠百合はその名の如く、外見は百合そのものなんだけど、花びらが全て落ちた後に真珠のような実を残すのが特徴。
この実は勿論真珠ではないのだけど、真珠に勝るとも劣らない輝きを持ち、色も白だけじゃなくピンクや黄色、黒や青なんかもあるそうだ。
花嫁のドレスやティアラ、花婿のカフスやラペルピンに使えるんじゃないかと!
サクサクと霜を踏みしめながら、群生地に至る道を行く。
アースグリムの街近くにあるから、渓谷の名前もアースグリム渓谷。
変に捻りがなくて覚えやすいよね。
今回はタラちゃんとござる丸、その他ラシードさんの魔女蜘蛛ちゃんとイフラースさんの奈落蜘蛛はお留守番だ。
タラちゃんというか蜘蛛族全体、あんまり寒いとこではちょっと動きにくいそうで、ござる丸も同じ。
それでもタラちゃんもござる丸も一緒に来てくれようとはしたけど、えんちゃん様の気配に恐慌状態になった後輩達を落ち着かせるために残ってもらった。
私達が戻るまでに後輩蜘蛛達に機織りを教えておくと、請け負ってくれたタラちゃんとござる丸にお土産買って帰らなきゃね。
さて、蜘蛛達を恐慌状態に陥らせたえんちゃん様だけど、今はアンジェちゃんと一緒にアズィーズの背中に乗って、レグルスくんと紡くんは、ガーリーに一緒に乗せてもらってる。
先生方やブラダマンテさん、私や奏くんは雪や霜で足を取られないように魔術を使って歩くことが出来るし、ラシードさんやイフラースさんは雪山出身だから雪中行軍なんかお手のものだけど、うちのひよこちゃん達はまだ魔術のコントロールが上手くできなくて歩くと雪に沈んでしまうから。
えんちゃん様も普段からわりと大雑把な力の使い方をしているせいか細かな操作が苦手で、歩くとやっぱり雪に沈んじゃうし、何よりアズィーズが暖かくて気にいったらしい。
アズィーズも段々と馴れてきたようで、尻尾がやや上を向いてきた。
「真珠百合の実は真珠百合が溜めた魔力の塊でね。魔物の好物なんだ」
「そうそう。だから星瞳梟は肉食なんだけど、真珠百合の実が大好物でね。食べに来るんだよ」
「絹毛羊も真珠百合の実が大好物でしたね」
へえ、そうなんだ。
エルフ先生たちの解説にそれぞれ頷く。
人間も色々あるように、モンスターにも色々趣味嗜好があるんだな。
魔物の生態って実はよく解ってるのと、解ってないのとで凄く差があって。
人に懐く生き物である犬系のモンスターの生態なんかは、わりと広く知られてる。
逆にほとんど解らないのの代表格がマンドラゴラだ。
理由は簡単、生きてるマンドラゴラを研究出来た人がほぼいないため。
だってマンドラゴラは無理やり抜かれたら死んじゃうし、抜かれないために抵抗してあげる「死の絶叫」は、余程魔力が強くないと防げない。
つまりマンドラゴラとエンカウントしたら、どっちにとってもデッド・オア・アライブ。
うちのござる丸みたいに畑から自分で出てきて、たまに昼寝しに土に潜ってる姿は、魔物生物学を志す人が見たら泣いて喜ぶくらい珍しいらしい。
ロマノフ先生にそう聞いてから、私とレグルスくんはござる丸の観察日記を付けてるんだけど、その日記を時々ロマノフ先生が何処かに持って行ってるんだよね。
日記が返ってくると、ページの端々にコメントが書いてあったり花丸が付けてあったりするんだけど、一体どこに持って行ってるのやら。
先生のすることだから、私達に悪いようにはならないだろうけど、最近レグルスくんはコメントをくれる人を「だいこんせんせー」って呼び出して。
観察日記も、ござる丸の観察日記兼交換日記ぽくなって来た。
面白いから良いけどね。
……話が逸れた。
とりあえず、これから行くところはもしかしたらモンスターがウジャウジャいるってことかな?
同じ疑問を持ったのか、ラシードさんが首を傾げた。
「その百合が咲く場所は魔物が沢山いるんじゃ……?」
「はい。ですが、彼処では皆大人しく真珠百合の実を食べていて、魔物同士で絶対に揉め事は起こらないのです」
「絶対って……。確かに魔物にだって秩序はあるけど、そんなこと……」
ロマノフ先生の言葉に、またラシードさんは首を捻ったけど、私も同意。
魔物は動物と一緒で、縄張り意識があったり弱肉強食だったりで、同種族でも他種族でも絶対に争わないってことはない筈なんだけど?
私やラシードさんだけじゃなく、レグルスくんや奏くん、紡くんにアンジェちゃん、イフラースさんも首を傾げる。
そんな中でブラダマンテさんが「ああ」と呟いた。
「思い出しました。アースグリム渓谷の真珠百合は、絹毛羊の王の縄張りでしたね」
「そういうこと」
面白がってる顔で、ラーラさんが私を見る。
そう言えば常々ラーラさんは私を絹毛羊に似てるって言ってたな。
そんなラーラさんと私を交互に見て、奏くんがポンッと手を打つ。
「あー、解った。花が咲いてるとこであばれたら、その羊の王さまにオシオキくらうんだろ? それもめっちゃキツいヤツ」
「かなたん、大当たり。代々そうやってお仕置きされて、それがアースグリム渓谷の秩序になったんだよ」
「勿論人間にもその秩序は適応します。だから彼処は禁猟区に指定されていて、いかなる理由があろうとも魔物を狩ってはいけないし、魔物が人間を攻撃することもない」
アースグリム渓谷の秩序を解説しながら、何でかヴィクトルさんもロマノフ先生も、ラーラさんと同じ表情で私を見る。何でや。
兎に角、アースグリム渓谷は絹毛羊の王に守られていて、絹毛羊の王の条件はアースグリム渓谷に来る魔物をシメられる力を持つこと。
そしてそこでは人も魔物も例外なく、争えば王の怒りを買ってとんでもないことになる。
遥か昔からそう決まっているのだ。
が。
何にでもその決まりを守らないヤツっていうのはいるもんらしい。
ぴくっとエルフ先生達の耳が動く。
同時に奏くんが目を細め、私も髪の毛やら耳やコートに留めておいたプシュケを展開させた。
不穏な気配が行く先にある。
レグルスくんも、首から下げてるひよこちゃんポーチから木刀を取り出すと、それを見た紡くんがポッケからスリングショットを取り出した。
ブラダマンテさんもいつの間にか、当たったら痛そうな怒った手甲を着けている。
アズィーズとガーリーも警戒心を露にして低く唸り出したし、ラシードさんもイフラースさんもいつでも武器に手をかけられる状態で。
常にない私達の様子に、えんちゃん様が視線をキョロキョロとさ迷わせる。
するとえんちゃん様の後ろに座っていたアンジェちゃんが、すっとコートから大きな銀の丸いお盆を取り出した。
ちょっと待って、それどっから出したの!?
オマケに見覚えあるんだけど!?
私の困惑を他所にアンジェちゃんが振り返ったえんちゃん様に、柔らかく笑む。
「だいじょーぶ、えんちゃんはアンジェ、じゃない、わたくち、わたくしがまもってあげる! エリちゃんせんぱい、おぼんくれたの!」
「お、お盆!?」
アンジェちゃんから出てきた名前に、私は目を見開く。
あー! そうだ、あれは兵士達を掌握するために菊乃井の砦に行った時に、エリーゼがお掃除するって言って鬼瓦さんに投げ付けたお盆ー!
「このおぼんはぁ、ロッテンマイヤーさんがエリちゃんせんぱいにあげてぇ、エリちゃんせんぱいがアンジェにくれたとくべつなおぼんなのよ!」
「なんと……由緒ある盆なのじゃな!」
感心したようにえんちゃん様が頷くと、キリッとした顔でレグルスくんも頷く。
「うつのみやも、むかしロッテンマイヤーさんがつかってたモップをもらって、それでおうちのメイドさんってみとめてもらえたってよろこんでた。よかったな、アンジェ!」
「うん! エリちゃんせんぱいは、たちきりばさみももらってるから、おぼんはアンジェにって。アンジェもきくのいのメイドさんになったのよ!」
裁ち切り鋏ってのは、もしかしてあの時エリーゼのスカートから出てきたヤツだろうか?
思わず遠い目をする。
えんちゃん様が凛とした顔をした。
「吾は強いから守ってもらわずとも大丈夫じゃ」
「えんちゃんがつよくても、アンジェはえんちゃんのこと、まもりたいの」
「む、そうか。ならばアンジェは吾を守ってたもれ。吾はみんなを守るぞよ」
「うん!」
こうやって友情は育まれていくんだよね。
たとえ片方が神様であったとしても。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




