腹は切るより括る方が遥かに容易い
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あしからず。
余裕がなくてあんまり意識して見てなかったけど、山羊角少年は金髪にガーネットの瞳っていうド派手な外見だ。
鼻筋も通ってるし、睫もばっさばさ。
ただ皮膚が薄いのか血管見えそうな肌色だ。
あれだよ、静脈が透けてみえるほど白い肌って感じ。
でも弱々しさはなくて、適当に鍛えてるみたいなしなやかさがある。
うーむ、護衛が付いてるくらいだしな。
これは結構な大事かも。
とはいえ話してもらわんことにはなんとも言えない。
静かに待っていると、小さく山羊角少年が「ラシード」と呟いた。
「ラシード?」
「俺の名だ。世話になってる怪我人はイフラース、グリフォンはガーリー、オルトロスはアズィーズ。出身は……帝国じゃない」
「でしょうねぇ」
「……角生えてる奴なんか帝国にはいないもんな」
「いないかは解りませんけど、この辺では見ないですね」
同意を示すと、少年はまた下を向く。
これ以上の情報を与えるか迷ってるんだろう。
見ていると、きゅっと一度噛んでから唇を開いた。
「情報を聞いたとして、俺が悪い奴だったらどうするんだよ?」
「貴方、他国の人でしょ? 犯罪人なら犯罪人引渡し条約が結ばれてる国なら、粛々とそのように手続きしますけど、今のところそんな問い合わせ来てませんし」
「は……?」
「は、じゃなくて。この国には法律がありますから」
麒凰帝国とその同盟国には、犯罪者の引渡し条約が結ばれている。
麒凰帝国で犯罪を犯した者が他国で捕まったら引渡して貰うし、他国で犯罪を犯した者を帝国が捕まえたら速やかに引渡しに応じるようになってる。
そう説明すると、山羊角少年はきょとんとした後、首を振った。
「帝国とその条約が無い国はどうすんだよ」
「死刑にしたいほどの犯罪人なら、それこそあらゆる外交ルートを通じて引き渡しを要求するのでは?」
考えてみてほしいんだけど、オルトロスとグリフォンを連れた犯罪人が、自国の放った追っ手に追われて同盟もない他国に侵入するって凄い手落ちな訳で。
そんな場合って、恥を忍んで先に逃げ込みそうな他国に連絡しておくのがセオリーだ。
犯罪人が連れてる魔物が他国の国民を害したら、どこの責任だって話だもん。
一気に外交問題、最悪戦争だよ。
因みにこんな時に冒険者ギルドに犯罪人の捕縛要請が出てると、他国のギルドにも通知してくれて、更に同盟関係がないお国だとお役所まで通知してくれるサービス付きなのでお得だったりする。
私がエストレージャをハメた輩を捕まえるのに使った指名手配も、ようはそれ。
閑話休題。
私達がギルドに顔を出した時、オルトロスやグリフォンを連れた犯罪人が麒凰帝国に入ったとか入りそうだから気をつけてほしいって通達は出されていなかった筈だ。
出されていたなら、特殊モンスターの目撃証言から、アルスターの森にそのオルトロスとグリフォン連れの犯罪者が潜んでいる可能性が高いと判断されたろう。
それなら出される依頼は犯罪者の捕縛要請も折り込んだものになるのが妥当なとこだ。
ということで考えられるのが二つ。
一つは山羊角少年達が余程上手く追手を撒いたせいで、ギルドへも帝国へも通達が遅れている。
もう一つは彼らが犯罪人でもなんでもなく、寧ろ向こう側にこそ後ろ暗い理由があって、正当な手段を講じられないでいる。
前者であれば、彼が何も話さなくともそのうち事情は知れるし、後者であっても彼方さんが余程愚かでない限り何もしてこないだろうから、後は彼らがどうするかだ。
つらつらと話せば、少年は唖然とした表情になった。
「お、お前、頭ン中どうなってんの!?」
「どうって、やるべきことの算段を付けてます」
菊乃井はこれからバーバリアンVSエストレージャ・菊乃井冒険者頂上決戦っていう一大イベントが行われる。
素材が上手く集まれば生放送だって夢じゃない。
そうなれば菊乃井の街で観戦する人向けに食べ物屋台が出たり、お持ち帰り料理で酒場が賑わったりと、商機が次々やってくるだろう。
正直に言えばそんな大事な時に、菊乃井と関係のないことで煩わされるのはごめんだ。
だからこそ保護する。
放逐なんてのは悪手だ。
だって冒険者ギルドの依頼を受けてしまったんだもん。
依頼を受けてそれを破棄するのは、冒険者としての信用に関わる。
私達フォルティスだけなら兎も角、エストレージャやバーバリアン、ロマノフ先生達の名前に傷を付けるなんて出来ない。
そして事件が起こった場所は天領。
帝国貴族として皇帝陛下の膝元で他国の人間が好き勝手したのを見逃すなんて、沽券に関わる。
つまるところ、どうあったって関わった以上何かしらの決着は必要なのだ。
だからって進んでドツボにハマるとか嫌だから抵抗はする。
下準備をしてもああだこうだ言うのは、自分を納得させるためなのだ。
そう、必要だからやってるだけ。
そんなことより、だ。
「貴方、自分が悪人だったらとか何とかこっちの心配をする前に、考えないといけないことがあるでしょうに」
「考えないといけないこと……?」
「そうですよ。貴方とイフラースさんとガーリーとアズィーズが一つの群れだとしたら、リーダーは貴方なんです。リーダーとして群れをどうするんですか?」
「お、俺が、リーダー……!?」
「何を驚くことがあるんです。たしかにイフラースさんは貴方より歳上なんでしょうけど、護衛なんだから身分は貴方より下だ。責任を負える立場にない」
グリフォンもオルトロスも当然リーダーにはなれない。
必然的に彼らのリーダーはラシードさんということになる。
さあ、腹を括れ。
括れないなら、括らせてやる。
どうしようかと迷いの透けて見えるガーネットの瞳に、笑う私が映った。
「オルトロスとグリフォンが私に服従した理由を教えてあげましょうか?」
「え……?」
「私なら頼って大丈夫だと思ったから。貴方もイフラースさんも、頼りにならないと判断されたんです」
「っ!?」
ギリッとラシードさんは唇を噛み締める。
こちらを睨み付ける目には怒りが渦巻いてるけど、知ったことか。
「貴方は子犬を裏切り者だと罵ったけれど、本当に可哀想なのは見限られた貴方じゃない。本来自分をあるべくように導いてくれる主人に頼れなかったあの子犬だ。野生から使い魔になったなら兎も角、あれは生まれた時から使い魔だったのでしょう?」
「……っ、そうだよ!」
「だったら解る筈だ。自分のリードを、主が手放した。それがあの子犬にとってどのくらい怖かったか」
これは魔物使いとして覚えておいてほしいと、タラちゃんを飼ったときにヨーゼフから教えてもらったことだけど。
野生から使い魔になった魔物は、誰の支配も受けずに生きた自分を知っているから、主を失ってもどうとでもなる。
けれども、使い魔にすることを目的として生まれた時から飼われている魔物は、飼われている状態が普通なんだから、そのリードを手放されるイコール棄てられる、だ。
彼らは主のいない世界なんか知らないから、そんな世界では生きられない。
だから生まれた時から誰かの使い魔だった魔物は、その誰かが死んだら自分も死んでしまう一途で可愛らしい生き物なのだ。
グリフォンやオルトロスが生きていたのは、自身の主の生存を、契約が解かれていないことから察して、そこに希望を持っていたから。
棄てられたわけじゃない。
自分達がそうするように、主も自分達を探してくれていると信じていたのだ。
私にあっさり服従したのは、混乱で心が折れてしまって、たまたま頼れそうな人間を見つけただけで、あれは結局一時の混乱を収められるなら誰でも良かったんだよね。
混乱が収まった今は多分、本来の主の姿も確認できたことだし、安心して身を委ねてるだけで、本心を言えば元の主のところに戻りたくなっているころだろう。
そんなこと、彼には言ってやらないけど。
この程度のことでラシードさんが腹を括れない人間なら、使い魔達の忠誠心が無駄になる。
じっと見つめていると、ぷつりとラシードさんが噛み締めてた唇の皮膚が破れたのか、血が小さなビーズみたいに盛り上がった。
「……助けてほしい」
「何をです?」
「俺を……俺達を。俺は殺されかかったってイフラースやガーリー、アズィーズの後ろに隠れてるのが関の山なヤツだ。俺じゃアイツらを守ってやれない」
「では等価交換といきましょう。私は貴方を守る、代わりに貴方は私の望みを叶える」
出来ますか?
そう視線で問うと、ラシードさんは瞬きを一つ。
それからゆっくり頷いた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




