万端とは言わないけども、やるにはやった
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あしからず。
レグルスくんと紡くんがお昼寝から起きてきた頃、山羊角の少年も折よく目を覚ました。
怪我人さんの方はやっぱり大きな怪我は、私が治した以外には無く、目を覚まさないのは体力が回復してないから。
隷属の紋章も、ブラダマンテさんの見立てでは呪いが発動している気配はないそうで、ひとまず安心。
ただこの呪い、結構エグい。
怪我人さんが契約を破ったら死ぬのは勿論のこと、契約が破られようとそうじゃなくとも、死後の安息すら奪うものらしく。
「アンデッドとして蘇って、契約した主の使い魔になる……!?」
「はい。この刻印、尾を噛む蛇が中心として描かれていて、この尾を噛む蛇は『永遠』や『無限』を意味します」
「つまり『永遠』に『隷属』させるっていう?」
「そうです。酷いことを……」
薄桃の柳眉を寄せて、痛ましげな表情のブラダマンテさんだったけど、何やらこの紋章の解呪に心当たりがあると言う。
その方法を思い出すために、ブラダマンテさんは「明日また来ます」と言い置いて、街の神殿へとロマノフ先生に送られて帰って行った。
さて、では明日までに怪我人さん達の素性を、聞けるところまで聞いておこうか。
巻き込まれたくないって思ったところで、じゃああの二人をこの中途半端な状態で放り出せるかって言われたら、無理だもん。
せめて何らかの落としどころに落ち着かせたいのが人情だ。
それにはやっぱり情報がいるんだよ。
そんな訳で、怪我人さんの部屋を後にして私はロッテンマイヤーさんと一緒に、また書斎に戻る。
彼が着ていた服は帝国の流行りとは違う、ともすればワンピースに見えるような前袷の襟なしロングコートで、生地も寒いところから来たのかこちらのものより多少厚かった。
怪我人さんの服の生地も同様。
祖母の部屋には世界の民族衣裳を描いた本がある。
ロッテンマイヤーさんもその本を読んだことがあって、山羊角少年の服に似た物を見た覚えがあると言う。
そんな訳でその本で彼らの出身に目星をつけておこうかと。
書斎は図書館かと思うくらい本に溢れている。
服飾関係は上から下まで、びっちり本が詰まった書棚の一番上。
祖母は服飾関係には興味がなかったのか、凄く取りにくい。
ロッテンマイヤーさんが脚立を持ってきて取ってくれたけど、これは一度整理しなきゃいけないかも知れない。
でも今は置いとくとして。
ロッテンマイヤーさんと一緒に本を開くと、目当ての物がすぐに見つかる。
いや、なんか、金色の栞が挟んであったから、捲ったらそこに山羊角少年の着てたのと同じような服が載っていて。
説明書きには『雪樹山脈に住む少数民族の民族衣裳』とある。
「雪樹山脈って……どこだっけ?」
「たしか……コーサラの南に位置する、凄く高い山々です。一つ一つの標高が高くて、雪の降らないコーサラ付近でも、この山々だけは雪に覆われる、と……」
「コーサラ国になるの?」
「いえ、あそこはその少数民族の支配下で、しいて言えば魔王領に当たるかと」
「魔王領か……」
魔王領とはその名の如く、魔王が支配する領域のことで大きな国は二つ。あとは少数民族が集落を構えてるんだっけか。
魔王というのは魔族の国の王っていう称号であって、何かしら怖いものや悪いものの王様ってことじゃなかったんだよね。
姫君に魔王云々って聞いたことがあるけど、その時「気にしなくていい」って言われたけど、そう言う意味だったんだって今なら解る。
これもロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんとのお勉強の成果だ。
因みに魔王領では羊の角やら、真っ黒な鳥の羽やらコウモリのそれに似たのやらが身体に付いてる人がいるんだって。
でもそういう人はノーブルだったりロイヤルだったりで、一般庶民は目が山羊の虹彩だったり猫の虹彩だったりと目立たないみたい。
海で出会ったネフェル嬢は、もしかしたら魔王領のノーブルなお嬢さんだったのかも。
彼女は今どうしているだろう?
あの美しい目を、美しいと思う人たちが増えているといいな……。
じゃ、なくて。
ダメだな、思考が流れる。
民族衣裳と彼の頭部にある山羊角から見るに、他国の人っていうのはほぼ確定か。
さて、じゃあそれを確定させに行こう。
ロッテンマイヤーさんと頷くと、本を片付けて書斎を出る。
後で外務省に他国から何か打診がないか問い合わせておかないと。
ぽてぽてと廊下を行くと、彼を寝かした部屋の扉が開け放たれていて、中から奏くんとレグルスくんと紡くんの声が聞こえてきた。
なんか楽しそうな雰囲気。
ひょいっと扉から顔を出して覗いたら、山羊角少年はベッドだけどレグルスくんと紡くんがサイリウムを振り回して踊っていて。
「こうやって、ダンスしながらぼうをぴかぴかできるようになると、まじゅつがつかえるようになるんだ!」
「ちゅ、つむもぴかぴかできる……!」
「そうか……! 都会はやっぱり凄いんだな……」
「ここはまだ都会ってほどじゃないぞ。若さまが目指してんのはもっとデカいもんだし」
キレッキレのダンスを披露するレグルスくんと紡くんの可愛さプライスレスだし、「まだまだ」とか言いつつ若干自慢気な奏くんなんだか可愛い。
ついでに、キレッキレのダンスに目がキラキラな山羊角少年も、年上なんだけど可愛く見える。
ほわっと和んでいると、レグルスくんと目があって、そのお顔がぱぁっと輝いた。
「にぃに! むずかしいおはなし、おわったの?」
「うん、まあ、なんとか。後はそのお兄さんにお話を聞けば終わりかな」
ちらりと視線を向けると、山羊角少年の顔が強ばる。
なんだよ、森のなかじゃ勢いよく「巻き込んでやる」なんて言ってたくせに。
そう思っていると、紡くんが眉をちょっと下げた。
「おけがのひとはだいじょうぶ……ですか?」
「怪我はもう治ってるよ。起きないのは疲れてるからだって。よく寝たら起きるみたい」
「よかったねぇ! ラシードにぃちゃん」
「ああ……!」
「よかったね!」
「これで兄ちゃんも安心だな!」
チビッ子がきゃらきゃら喜んでるの、マジ可愛い。
山羊角少年も強張りがちょっと緩んで、ほっとした様子。
水を差すようで悪いけど、事情は聞かなきゃだ。
私は胸に手を当てると、貴族風の礼を取る。
「では改めまして、私は菊乃井鳳蝶。この菊乃井領の領主・菊乃井伯爵家の当主です。よろしく」
「と、当主!? おまっ!? だ、だってまだ子どもだろ!?」
「そうですね。七歳になりました」
「な、七歳!? は? ど、え? なんで……!?」
なんで、か。
それはこっちが聞きたいよ。
継ぐ予定はあったし、ぶん獲る気も満々だったけど、それはもう少し後の予定だったんだから。
でも、今それを云々言うことはない。
「まあ、それは後で。とりあえず、お名前と出身地を教えてください」
穏やかに話していても、やはり緊張は隠せないもので、何かを察した奏くんが、レグルスくんと紡くんの前で、立てた人差し指を唇に当てて「静かに」と動作で告げる。
レグルスくんと紡くんはこくりと頷くと、奏くんとロッテンマイヤーさんの後ろに下がった。
山羊角少年が俯く。
「……巻き込まれるの、嫌なんじゃないのかよ? 聞いたら嫌でも巻き込まれるぞ」
「そりゃ普通に嫌ですけどね」
「だったら……!」
俯いていても憤りが解る声音で、山羊角少年が叫ぶ。
だけど布団を握る手が震えてるし、それに君、おちびさんたちに名前教えちゃってるじゃん。
「森での威勢はどうしたんです? 否応なしに巻き込むんでしょ?」
「それは……だけど……」
「私は確かに厄介事に巻き込まれるのは嫌って言いましたよ。だってあの時は準備も出来てなかったし」
「…………?」
「巻き込まれても大丈夫な下準備はしましたから、気楽にどうぞ」
「下、準備……?」
山羊角少年がきょとんとした顔を私に向ける。
余裕がなかったせいか、顔までちゃんと見てなかったけど、ムカつくくらい美形だわ、これ。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。
 




