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三巻発売記念SS 騎士と書いて狂犬と読む

お読みいただいてありがとうございます。

書籍化されている部分に関しては、後々の方の資料になればと思い、あえて誤字脱字や加筆訂正部分をそのままにしております。

ご了承ください。

誤字報告機能を利用し、校正をされる方がおられます。

誤字脱字報告以外はお断りしております。

あまりに目に余る場合はブロックさせていただきます。

あしからず。

 とんと肩に剣の平たい部分が置かれて、少しだけ息を詰める。

 握りこんだ掌には汗。

 ぶるぶると全身に震えが走るけれど、それはかつてダンジョンで巨大なゴキブリがふ化した瞬間に感じた、食われる事への本能的な恐怖からくる震えではなくて。

 同じ本能は本能でも、仕えるべき尊いお方に自分を見てもらえた時の、泣き喚きたくなるような歓びからくる震えだった。

 跪き頭を垂れる。

 肩から外された鋭い切っ先に口付けるよう言われて、面を上げた先にいたのは紫水晶の無垢な瞳に高貴な煌めきを宿す、命の恩人にして唯一無二の主。

 絶対の忠誠をもってお仕えすべきただ一人に頭を垂れることは、なんという甘い悦びを与えてくれるのだろう。

 静かに誓いの言葉を己の口から紡ぎだすと、心からの忠心を乗せて剣に口付ける。

 この日から、俺の心臓は俺のものでなく、若様のお手の中だ。


 

 

「うらぁっ!」

「ぐっ」


 虎の獣人の恵まれた体格から振り下ろされる戦斧の重い一撃。

 避けて後ろに飛びのけば、石造りのリンクのさっきまで立っていた場所が抉れていた。

 まともにやり合えば一溜りもない。

 困ったなと思う。

 それと同時に背中をゾクゾクと高揚感が駆け上って。

 もう一度上段から振り下ろされた斧を避けるために上体を僅かにそらせば、獣人がにやりと口角を上げた。


「楽しいなァ!?」

「いや、めっちゃ怖いよ!」


 虎の獣人は瑞々しい顔に獰猛な笑顔を張り付けて、今度は斧で横っ腹を薙いで来る。

 これが怖くなくて何が怖いんだか。

 それなのに獰猛なその男は、鼻で俺の言葉を笑った。


「そんな面して、何が怖ェってんだ!」


 そんな面ってなんだよ。

 そう男に投げつける前に、男の戦斧が頭上を閃く。

 ヤられる!

 生死のかかる戦いではなく、力比べみたいな戦いであるはずなのに。

 なのに一瞬だけ、死が頭の隅を掠める。

 だけど、こんなところで死ぬなんて勿体無さすぎるじゃないか。

 折角一生を捧げられるお方に認めてもらったのに。

 そう思った刹那、身体が勝手に動く。

 左腕につけた盾を斧の射程に突きこんで、右手の剣は虎の男の脇腹を狙って。

 腕の一つ、落としたところで死ななきゃ安い。

 この虎を狩りとって、主にその毛皮を捧ぐのだ。

 

「……っそ、だろ!?」

「うおおおお!」


 まさか腕を切らせて胴体を断ちに来るとは、虎も思わなかったのか驚愕に顔を歪める。

 それでも紙一重で俺の刃を避けた虎に、少しだけイラついた。

 腹癒せって訳ではないけれど空かさず蹴りを入れると、それだけは見事に食らって後ろに退く。

 感触としては、蹴りは浅く入っただけ、多分ノーダメージ。

 おまけに体勢を崩した奴を追おうとすると、奴の仲間のフォローに阻まれてしまった。

 ちくしょう。

 しかし、吼えたのは俺の喉でなく、虎の男の方だった。


「お前、何してくれてんの!? この斧、あのドワーフの名工ムリマが俺のためにオリハルコンで作ってくれた斧なのに! お前に当たったとこから粉々ってなんなんだよ!?」


 周りに散乱する金属の破片。

 何時までも痛みが来ないと思っていたら、俺の腕は無事な代わりに立派な盾が壊れていたなんてびっくりだ。

 だけど目の前の男がむすっとしていているから、俺もむすっとし返す。

 知るかよ、そんなん。

 俺だって若様にいただいた盾が粉々だわ。


「ムリマとか知らねぇよ。知らねぇけど、俺の盾は俺のご主君の若様が用意してくれたもんだし、このジャケットもそうだよ」


 羨ましいだろう?

 自慢げに笑うと、虎男はきょとんとした表情になった。

 その手にはにゅっと長い爪が生えている。


「……お前、冒険者だろ? 何言ってんの?」

「何が?」

「いや、主君がいて羨ましいだろって……。俺ら冒険者は誰にも仕えたりしない、強制もされないのが誇りじゃねぇか」

「うん?」


 そうだったか?

 そうだったろうか?

 男の爪を剣で薙ぎ払いながら俺は考える。

 根無し草の冒険者だった頃は、自分たち以外の誰にも頼ることも、教えも乞うことができなかった。

 だから無知なままで、騙されて、恨みを抱えて死ぬところだったんだ。

 だけど菊乃井のダンジョンで若様に拾われて、自分たちの無知ゆえの罪を教えられ、素直に頭を垂れてから、俺は……俺らはようやく人間になれた気がする。

 誇りを持てたのはそれからだ。

 長い爪がジャケットを少しばかりひっかけていく。

 俺の剣だって男の腕や足を傷つけてはいるけれど、悔しいかな。あっちの一撃の方が重い。

 知らず、俺の喉から笑い声が出た。


「何がおかしい?」

「いや、アンタのが絶対に強いんだろうなと思って。だけど俺はアンタとまともにやり合えてる。全部ご主君のお陰だ。あの方のお陰で格上の相手にも食らいついていける!」

「実力じゃねぇのにか?」

「おう。俺でも若様の力があれば格上の奴に向かっていけるってことは、俺がそれに見合うように強くなったら、誰もあの方に手出しできないって事だろ?」

「ああ、そういう? 下駄はいてでもその期待に応えたいってやつか」

「っす。そんな訳だから倒されてくれ!」

「やなこった! ムカつくからお前らから俺らに鞍替えするように売り込んだろか!?」

「っざけんな! 虎狩りだわ!」


 がんがんと爪と剣とで打ち合って、一合一合確かに相手の体力を削ってはいる。

 でもそれは俺も同じで、気づけば虎の男も俺も肩で息をしていた。

 ティボルトもマキューシオも、虎の男の仲間と相打ちになったのか、立っているのは俺と虎の男だけ。


「お前、なんなの!?」

「何って……あ、あの方の、騎士だよ! ぜってー、その皮剥いで、あの方に渡す!」

「こえぇわ!」


 ぜぇぜぇと自分の呼吸が煩い。

 手は痺れてるし、膝は笑ってる。

 でもこいつを倒せば、若様は俺をきっと褒めてくれる。

 流石私の騎士だって、きっと。

 それに「勝ちなさい、ロミオ」って命じられた気がするし。

 言葉じゃなくて、見つめる紫の瞳が。


「なるほど、俺ぁ思い違いしてたわ」

「?」

「そんな面してって言ったけど、お前あン時凄ぇ笑ってたんだわ。戦うのが楽しいからだと思ったけどよ……」


 狂犬め。

 虎の男が呟いた。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。

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― 新着の感想 ―
あかん。この回がここまで読んで一番面白かった。肩ポンポンの回も良かったけど。 狂犬めっ…… 余韻がいいね。
[一言] 虎狩りを一緒「虎刈り」だと空目したのはわ・た・し…(///ω///)♪
[気になる点] 忠臣の存在は良いことだけどここまで慕われているとまんまるちゃんに何かあったら大変だろうなと。 全ての人が納得できるとは限りませんし。
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