ハートフル(ボッコ)メモリーズ take2
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あしからず。
籐のバスケットからテーブルに並べられたのは、レグルスくんの好きなスコーンとジャムや蜂蜜、クロテッドクリーム、姫君の蜜柑を練り込んだパウンドケーキ。
ガラガラとワゴンを押しながら、先生方や私たち兄弟の好みの飲み物を、手際良く宇都宮さんが用意して。
「宇都宮さん、ご苦労様」
「いえいえ、お仕事でございますから!」
「うちゅのみや、しんたいきょうかいがいのまじゅつもれんしゅうしたの?」
「はい! ロッテンマイヤーさんが以前、先生方が魔術でお屋敷の掃除を手伝ってくださったのを『私たちもダンジョンのある領地の主様にお仕えするメイドなのだから』って、魔術研鑽を兼ねて採用したんです」
「うちで働いてくれる人は皆勤勉で、助かりますねぇ」
イルマと対面した後、顔色を失くして動かない彼女の代わりに、別邸の高い鉄柵を飛び越えて、その門を開いたのは宇都宮さんだった。
勿論イルマは吠えたけど、主の私を迎え入れない無礼を咎めると、悔しそうに唇を噛み締めて、渋々私たちを迎え入れたのだ。
けど、問題発生。
とんでもなく中が埃っぽかったんだよ。
イルマが嫌味っぽく「人手が足りないせいで掃除が行き届きませんで」なんて言ったのを、宇都宮さんが「お掃除ならお任せくださいませ!」と何処からともなくだしたモップで、綺麗に隅々までお掃除して返り討ち。
風で屋敷中の埃を外に出したり、水で床を清めたり、宇都宮さんは全て魔術でこなしてた。
その様子を見ていたイルマは、あんぐりと口を開いて呆けていたっけ。
ちなみに、宇都宮さんだけでなくロッテンマイヤーさんもエリーゼもお掃除魔術が使えるらしい。
料理長はそもそも魔術で料理の火加減をしているし、自分で欲しい食材を仕留めにも行く。
ヨーゼフも颯やグラニの運動不足解消のために、ケルピー二頭を連れてダンジョンを踏破している。
源三さんは古傷があまり痛まないようになってから、奏くんと時々遠くの山にモンスターを狩りに行っているそうだ。
なんという武闘派。
うちでそういうのが得意じゃないの、私だけじゃね?
遠い目をしていると、ロマノフ先生がやれやれという感じに首を振る。
「ムリマの蝶を、五つ全て同時展開させた上に、個々違う役割を持たせて動かすような子が戦うのが得意じゃないとか、世の中の文系諸氏がドン引きしますよ?」
「えー……異議ありなんですが?」
「却下だよ。キミが戦えない人なら、帝国軍人さんは皆非戦闘員だね」
チラッとラーラさんがリビングの壁を見ると、そこには標本の蝶のように縫い止められた父とイルマがいて、その周囲を私の色とりどりの蝶が飛んでいる。
父は屋敷に入ってすぐに気絶から自力で立ち上がったけれど、その後が悪かった。
イルマに呪具の件を問い詰めて、威嚇も含めて腰の剣に手をかけたのだ。
それに対し、止せばいいのにイルマも逃げられないと思ったのか、口汚く父を罵ったもんだから。
レグルスくんの前で刃傷沙汰とかとんでもないし、二人とも私にとっては目くそ鼻くそ。
レグルスくんのそれに比べるべくもなく遅い父の抜刀を、橙の蝶に物理障壁を張らせて受け止めると、紫の蝶で父に麻痺をかけて。
イルマの方も逃げ出そうとしたから、翠の蝶で脚を縺れさせて、蒼い蝶でこっちは金縛り。
銀の蝶は二人の状態を常に私に知らせてくる。
二人とも服の一部を壁に氷柱で留めてあるので、抵抗は不可能だ。
因みに、橙の蝶は艶陽公主様の古龍、紫の蝶は氷輪様の嫦娥、蒼の蝶はロスマリウス様のティアマト、銀はイゴール様の古龍の素材が使われている。
これが私の武器・プシュケが全部揃った状態。
五つ全て重ねて防御壁を張ることも出来れば、全て違う攻撃魔術を使うことも可能だ。
概ね使いやすいけど、それぞれ個別に情報を収集して私に流してくるから、処理に結構神経を使うのが玉に瑕なんだよね。
閑話休題。
兎も角、レグルスくんの前で醜い言い争いなんかされちゃたまらない。
不機嫌で膨れたレグルスくんのお腹と心を宥めるために、皆でお茶してるわけで。
もしゃもしゃとスコーンを食べているレグルスくんは、まだ少し眉毛の辺りに不機嫌を滲ませている。
お母様のことを嫌いっていったのは、事前に父上に抱いた不信感が、あの人の言動で補強されて、怒った勢いで口走っちゃったんだろうけど。
だけどその怒りには私が解んないかなと思いつつ聞かせてしまった、事実だけども悪口みたいなものも含まれてるんだろう。
言っちゃった手前、レグルスくんも無かったことには出来ないんだろうな。
どうしたもんかとレグルスくんのブスくれたお顔を見ていると、すすっと宇都宮さんが私の傍までやってきて「お耳を」と身をかがめた。
「あの、宇都宮思い出したんですが、マーガレット様は日記を付けておられました。それがまだお部屋にあるのではないかと……!」
「日記か……。レグルスくんのこと書いてそう?」
「おそらくは。レグルス様が初めて立ったことを書き残すのに、頁を二頁も使ったと仰ってたのを思い出したんです!」
「それ、探してくれる?」
「勿論です!」
ぐっと手を握りしめる宇都宮さんに私は頷く。
それからレグルスくんの口の周りについたクロテッドクリームをハンカチで拭き取って。
「レグルスくん」
「なぁに?」
「私は父上とメイド長とこれからのお話をしないといけないから、その間にお母様の日記を探しておいで?」
そう言えば途端にレグルスくんの頬っぺたがぷすっと膨れる。
だけど青い目をみつめると、眉がぺしょりと下がった。
「お母様の日記を読んで、そこにレグルスくんにとって信じられないことや許せないことがあったなら、もうお墓参りなんかしなくていい。父上やイルマからお母様の話を聞く必要もないし、お母様がいたことすら忘れて構わない」
「うん」
「君の家族は私や菊乃井で君を大事に思う人だけ。私もそう思うことにします」
だけど、きっとそうじゃない。
レグルスくんのお母様だけは、私が抱いた親への理想を壊さないでいてくれる。
顔も見たことはない、どんな人だったかも解らない。
だけどレグルスくんは出会った時から、他人の心配が出来る子だった。
好き嫌いもないし、甘えたなところはあるけれど、どうにもならないことで駄々をこねたり、我が儘を言ったりすることも無かった。
そして宇都宮さんだって、自分だってイジメられるかも知れない怖さを振り切って、レグルスくんを守るために菊乃井にやってきた。
レグルスくんをお母様の代わりに守るために。
そこまでの覚悟を抱かせる人だ。
きっと私を裏切らないでいてくれるだろう。
違ったとしても、私には失望する権利はないんだけど。
レグルスくんの手を取ると、私は祈るように額に押し当てる。
すると、瞬きを数度。
レグルスくんが頷いた。
「わかった。れー、かあさまのにっきさがしてくる」
「うん。他にも探検してきたら良いからね?」
「はぁい!」
にこっと笑うと、レグルスくんは取り分けられたパウンドケーキを食べてしまう。
それから手をきちんと拭いて、さっと椅子から降りると、宇都宮さんの手を握った。
「うちゅのみや、いくよ!」
「よろしくね、宇都宮さん」
「はい! お片付けは戻ってからやりますので!」
パタパタと軽やかに小さな背中とメイド服の二人が、壁に縫い止められた父には眼もくれず去っていく。
足音が完全に聞こえなくなってから、私と先生方は父とイルマに向かいあう。
「さて、何か云いたいことはありますか?」
昆虫標本のように張り付けた二人にかかった状態異常を解いてやる。
悪意のある目線が二つ、私に注がれた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




