離縁だよ!菊乃井家(親子)解散! 三幕目
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あしからず。
「ふむ。要らないものを捨てるのに、これだけ仰々しいことをせねばならぬのは貴族の業かの……」
「そうですね。そもそもなりたくてなった婿養子ではないんです。弟の親権争いをするなら兎も角、何故そもそも継ぐ資格のない菊乃井家当主の座について、異議申立てしているのか理解に苦しみます」
机に組んだ手の上に顎をおいてため息を吐く宰相閣下に、私は肩をすくめた。
相変わらず父は傷ついたような顔をしているけど、何をそんなに衝撃を受けているんだろう?
あれだけ放置しておいて、まさか父親として慕われているとでも思っていたのだろうか?
だとしたらこの人の頭はお花畑に過ぎる。
こんな人を小隊の隊長にしてて、帝国軍大丈夫なのかね?
それはまあ、私が心配するようなことでもないか。
「ともあれ、吾の疑問は解けた。菊乃井家当主と養子の彼是については提出された書類に則り処理するので、通知が届くのを待つが良かろう」
「そ、それでは私はどうなるのです!?」
穏やかに宰相閣下が告げる。
それに父が食い下がるが、宰相閣下は意にも介さない。
「どうなるとは……幾ばくかの手切れ金を貰って離縁が妥当ではないのかね。菊乃井伯が言うように、養子に入る卿の子息の親権を争うつもりはないのであろう?」
「お待ち下さい! レグルスは私の子です! そのような横暴が許されるのですか!?」
「ここに至るまで、卿の口からその子どもを心配する言葉の一つも無かったのに、離縁を迫られてから口出しするとはあからさまに過ぎぬかの?」
「ぐっ……」
宰相閣下の冷ややかな目に気圧されたのか、父が押し黙る。
レグルスくんを父に会わせるために連れてきたけど、判断を誤ったかも知れないなぁ。
そう思っていると、また傷ついたような顔になった父が私を見た。
「……っているのか?」
「は?」
「レグルスも……俺を……父を要らぬと言っているのか……?」
「あー……えー……」
答え難いこと聞くなよ。
そう思ったが、父がふっと顔を歪めて卑しく笑う。
ああ、これ、こっちが思ってることと違う風に取ったな。
「ふんっ! レグルスがそんなことを言うはず……」
「ない」って言おうとしたところに、ロマノフ先生の冷ややかな声が被さる。
「貴方に会いに行こうと誘った鳳蝶君に『とうさま、きらい! あいたくない!』と癇癪起こしてましたよ」
「な!? そんなはずは……!?」
「あるんですよ。おまけに最近反抗期で、彼は私に父親を見ているらしく、私に対抗心を燃やしてるんですよね」
そうだった。
レグルスくんは既に自分で父親代わりに目標とする人を見つけている。
追いかける背中は既にあって、宇都宮さんをはじめ甘えさせてくれるひとも屋敷にはいるんだよ。
真っ青になって震える父を一瞥すると、宰相閣下は首をゆるゆると左右に振った。
「ふむ。まあ、ご子息が卿を慕っているかは会えばすぐに解るのではないかね? 会ってそれから年に数回の面会を許してもらって手切れにするか、それもなく縁切りになるのか……。それから考えてもよかろうよ。菊乃井伯もどうだね?」
「はあ、私の方は構いませんが……。正直言えば縁切りが望ましくはありますけど」
だってなぁ。
私の言葉に宰相閣下が、またちょっと困り顔をした。
レグルスくんと父につながりがあると、私に何かあった時にどうしても痛くない腹を探られる。
それは宰相閣下も直ぐに考えつかれたようで、顎髭をしごくと「そうよなぁ」と呟かれた。
「もし年に数回の面会を許すのであれば、菊乃井近くの辺境の屯所にバーンシュタイン卿を派遣しようか。反省して社交界からも俗世からも遠ざかったと喧伝出来よう」
「宰相閣下がそこまでご配慮くださるなら、私としても必要があれば譲歩いたしたいと思います」
「うむ。まあ、弟御が拒絶した時は好きになされよ」
「はい」
これで公的な縁切りは全て終了だ。
後は内々の処理が待っている。
ギリギリと唇を噛む父は、けれど何も納得していないのか、こちらを凄い形相で睨み付けていた。
何度かのため息を飲み込もうとした時、宰相閣下が父に呼び掛ける。
「バーンシュタイン卿、納得いかぬようだな。卿の罪深さが余程解らぬとみえる」
「私に何の罪があると仰るのです……!? 無理に伯爵家に入れられたかと思えば、用済みになった途端ゴミクズのように捨てられる私に!?」
「そうさな。卿が奥方と結婚して得られる利益を享受していなければ、その言は尤もなことだろうよ。しかし奥方の威を借りて領民から搾取し、贅沢な暮らしをしておったではないか。何も調べていないと思うなと、吾は言わなかったかね?」
「それは……!」
「それだけではないぞ。今日をもって菊乃井家の当主は鳳蝶殿だ。明日もし菊乃井領のダンジョンでモンスターの大発生があったとして、領地と領民を守るために総大将として前線に赴くのが鳳蝶殿ならば、領民を安堵するために街の防衛任務にあたるのは弟御となる」
「レ、レグルスが防衛任務!?」
「七つと五つの子どもを戦場にやる。卿が粗忽な行いを繰り返したツケを、幼子二人が背負うのだ。吾は長く宰相の位を預かるが、このような情けなくも嘆かわしい事態は初めてのことよ。陛下もまさかご自身の御代で斯様なことが起ころうとはと、嘆いておいでだ。だから格別の配慮をもって、菊乃井伯に四人の後ろ見をお付けになるのだ」
「俺が、レグルスを……戦場に追いやる……」
青かった顔色を白く変えて父が呻く。
気付いてなかったんだろうな、これ。
追い討ちをかけるように、宰相閣下は引き出しから二枚の紙を取り出して、父に掲げ見せる。
その二枚の紙に描かれていたのは、私の旗印とレグルスくんの旗印だった。
「これは鳳蝶殿と弟御、それぞれの旗印だ。これも本日付けで受理された。この旗印が菊乃井に初めてはためく日は、鳳蝶殿と弟御それぞれの成人の日であることを願うばかりよ」
「ありがとう存じます」
宰相閣下から差し出された書類を受けとる。
陛下の承認印も宰相閣下の印もきちんとあった。
「そしてバーンシュタイン卿。これで鳳蝶殿がこの時期の代替わりを不本意とする理由も解ったであろう?」
父は固まったまま、答えない。
宰相閣下はその様子に、こめかみを痛そうに揉む。
「卿は確かに被害者なのだろうよ。だが卿が搾取した領民や、鳳蝶殿、その弟御にとっては紛うことなく加害者だ。卿が虐げた民たちは、卿にも卿の子息にも良い感情はもっておらぬだろう。民の怒りが子息に矛先を向けぬよう祈るがよい」
厳しい目が父を射る。
けれど、これから先あの子を守るのはこの男でなく私だ。
「そんな事は私がさせません。私の成果をもって、レグルスについた悪評は払います」
「うむ。陰ながら成功を願っておるよ」
「は、ありがとうございます」
胸に手を当ててお辞儀する。
頭を上げるように声がかかると、宰相閣下が手を私に差し出してくださっていて。
「ロートリンゲンの洟垂れ小僧が近所のオジサンならば、吾は同じ師匠に育てられた兄弟子だ。弟弟子よ、何もなくとも頼っておいで。爺は若者の世話を焼くのが好きな生き物なのだから」
「ありがとうございます。遠慮なく頼らせていただきます」
差し出された手を握ると、ポンポンと頭を撫でられる。
そして人払い──父だけでなく先生方も退出させると、宰相閣下は穏やかなお爺ちゃんの顔になった。
「吾はもう爺ゆえな、余命が後十年ほどあれば十二分といったところだと思うている」
「……っ、ご病気なのですか?」
「いや、若い頃に重ねた無理のせいかの。何とは無しにそう感じるのよ」
宰相閣下の目尻にも首にも、深いシワが刻まれている。
それは大樹が持つ無数の年輪に似ていて。
何も言えずにいると、宰相閣下が笑みを深めた。
「吾は人ゆえ、どうしても吾が師より先に逝くが定め。吾が逝けば、あの方の弟子は地上から失せると思うていたが、卿が現れた。卿はまだ若い。しばらくはあの方を孤独にさせずに済む」
「ヴィクトルさんを、ですか?」
「左様。あの方は吾で弟子を取るのは最後と仰っていたゆえな。他のお二人にはまだ若い弟子がいるから案じておらなんだが、あの方は人に諦めを抱いておられたからの。気になっておったのよ」
私は驚きに軽く目を見開く。
初めて会ったときから、ヴィクトルさんは凄く友好的に接してくれた。
だから人間を好きでいてくれてるんだと思っていたけど、そうでもなかったなんて。
「あの、ヴィクトルさんには……じゃない、先生方には私以外にも弟子がいるんです。私の弟と友達と、エストレージャもだしラ・ピュセルのメンバーも。それに私の友達の弟や、ラ・ピュセルのメンバーの妹のことも、準備が出来たら色々教えてくださると……!」
「善き哉、善き哉」
ふぉっふぉと声を立てて笑いながら、宰相閣下は懐から封筒を取り出す。
それを私に握らせると、片目を不器用に瞑って。
「それはのどこの図書館でも、どのような禁書でも閲覧・貸出を可能にする特別な図書館カードだ。学問を領地に敷き、知を武器にするのであれば、必ず役に立とう」
「ありがとうございます!」
促されて封筒の中を見ると、手のひらサイズの薄い金属で出来たプレートが入っていた。
それには冒険者ギルドで貰うドッグタグについた、人物識別用の魔術の更に高度な物が付与されているそうな。
深々とお辞儀をすると、宰相閣下から「春の即位記念祭に、また会おう」という言葉をいただいて退出を促される。
扉を出る際、またお辞儀をして踵を返すと、少し離れた廊下で真っ青な顔をした父と、それを冷やかに見る先生方が。
部屋から出てきた私を見て手を振る先生方に近付くと、ちらりと父を見る。
あちらは顔色を悪くするばかりで、私と目も合わない。
レグルスくんが戦場に引き出される。それも自らの行いのとばっちりで。
余程にそれが堪えたらしい。
「レグルスくんと宇都宮さんにも連絡して、別邸で合流しましょう」
父の虚ろな目に、嫌悪も顕な私の顔が映っていた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




