離縁だよ!菊乃井家(親子)解散!
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あしからず。
金モールの肩章、青い肋骨服に白のトラウザーズ、腰にはレイピア。
入室してきて直ぐに踵を打ち鳴らし脚を揃えて敬礼をするのは、まあ様になっている。
一年半前に見た時は整っていると思えた容姿は、実はそんなでもないし、レグルスくんと瓜二つだとも思ってたけど、良く見ると全然なのは、私の見る目が厳しいせいだろうか。
「菊乃井リヒャルト・バーンシュタイン、お召しにより参上しました」
「うむ、ご苦労。まずは掛けるがよい」
宰相閣下が父に勧めたのは、私の正面のソファ。
そこに座ると私の方を見て絶句した。
私は祖母と良く似ているらしいから、父は気まずげに顔を背ける。
「さて、役者が揃ったようだの」
宰相閣下の言葉に私も先生方も頷く。
しかし、父だけが首を横に振った。
「恐れながら此度は菊乃井家の内輪のこと。英雄と言えど、何故関係のないお三方が同席されているのですか?」
「無論関係があるから、吾が呼んだ。不服かね?」
「不服などとは……。ただどういった理由があるのかと疑問に思った次第で……」
ぎろりと宰相閣下に睨まれて、父の言葉が弱くなる。
ちょっと睨まれたくらいで、なんだかなぁ。
とりあえず口出しせずにいると、宰相閣下が顎髭を扱きながら口を開いた。
「このお三方は菊乃井伯爵の後見人。ロートリンゲン公爵も後見を引き受けられるそうだが、公爵には自身の領地もある。実地で指導が出来る存在が必要ゆえな、お三方がそれを務められる」
「お待ち下さい。お言葉ながら私に後見人など必要は……」
「卿にはそうだろうとも。バーンシュタインの家には後見人の必要もなければ、当主の代替わりもないのだからの。これは菊乃井家の話だ」
お前は最早お呼びじゃない。
言葉の裏に隠された棘を読み取れたのか、父の顔色が変わる。
ぎりっと唇を噛み締めた父が、私に憎々しげな視線を寄越した。
けど、相手をしてやる義理なんかない。
知らん顔をしていると、父の顔が益々歪んで。
「菊乃井家の当主は私です……!」
絞り出すような父の言葉に、宰相閣下は否定系に首を動かす。
「卿は婿養子であろう? なれば当主は伯爵夫人。その伴侶は代行であり、正式には当主ではない。それにその婿養子も解消されるべく、届け出が伯爵夫人より提出されている」
「私は承知しておりません!」
声を荒らげた父が、ビシッと私を指差す。
私の陰謀だと言いたいんだろう。
さて、どうしてやろうか、この野郎。
ご指名ならば受けて立ってやろうと立ち上がりかけた私を、宰相閣下が何故か目で制された。
「承知するもなにも、卿が奥方からの連絡を全て無視したこと、調べはついているのだがね?」
「は……?」
「何を驚いている? まさかとは思うが、吾がこの呼び出しに至るまで何も調べておらんとでも思っているのかね? だとしたら心外なことだ」
デスクに組んだ手の上に乗せた顔はそのままに、器用に片眉だけ上げて宰相閣下は不快感を示す。
父の方はその様子に怯んで、「いえ」とか「そんなつもりでは」とかもごもご。
なるほど、私の知らないとこでまた何かしてくださってた訳ね。
そう思って先生方のお顔を見れば、皆明後日の方を見てる。
先生方が予め私に何をしたか言わないときは二種類あって、一つはとるに足らないことだからって時で、もう一つは私に対する試験的な要素がある時。
三人揃って明後日の方を向いてるってことは、今回は後者らしい。
えぇい、えげつないお師匠さんたちめ!
私のえげつなさの九割は、先生方のえげつなさで出来てます!
「最終確認に赴いたのは昨日の昼なのだがね。ご子息の前で言うべきではないと思うが、菊乃井伯爵夫人はもう生きているのがやっとという具合だった。あれではご子息としては不本意だろうが、代替わりは妥当だの」
気の毒そうな言葉に私は頭を下げる。
母の様子は折に触れ聞いているが、帝都の屋敷にはブラダマンテさんが常駐して、祈祷で母の苦痛を緩和してくださっているそうだ。
看病自体はセバスチャンが献身的にやっているとか。
「伯爵夫人の従僕に聞いたが、桜蘭からわざわざ徳の高い巫女殿を呼び寄せ、母御のために毎日祈りの秘蹟を施してもらっておるとか。仲があまり良くないと聞いていたが、どうして親孝行なことよ」
ちろりと宰相閣下から向けられた視線を追うように、父の視線が私に刺さる。
刺々しいそれに私が興味無さげにしていると、父が再び大きな声を出した。
「病など、どうせソレが何かしたに決まっています!」
「何故だね?」
「は!? な、何故!? 何故などと……!? 当主の座を奪うために決まっているではありませんか!?」
「先程も言ったが、鳳蝶殿は卿と違って正統な菊乃井の後継。待っていれば必ず転がり込んでくるものを、何故今奪う必要が?」
「そ、それは……」
「元々景気が良くて金回りのよい領地なら兎も角、卿らは領地経営が全く得手でなくもてあました挙げ句、寂れさせておったように記憶しておるがのう。菊乃井が栄えている間、卿らは何をしておったかと、陛下にお叱りを受けたのは去年のことではなかったかね?」
白けた空気が部屋に満ちる。
陛下にお叱りを受けたのは、去年の初夏の園遊会の後の晩餐会だ。
あの後直ぐに軍権を掌握してやったから、両親は下手に私に手出し出来なくなったんだよね。
それに関して突っ込まれたとしたって、言い抜けはいくらでも出来る。
だって私に付け入る隙を与えたのは両親なんだから。
言葉に詰まった父から宰相閣下は視線を外す。
そしてひたりと私に照準を定めた。
「まあ、吾も鳳蝶殿の行動に疑問がなくはないがの」
「疑問ですか?」
なんだろうな。
首を傾げると、宰相閣下も同じように首を傾げる。
「卿とご母堂の……いや、ソレなんぞと失礼極まりない呼び方をする辺り、両親の仲は極めて悪いのだろうよ」
「ご明察恐れ入ります」
「うむ、まあ、大分と噂にもなっておるしの。それで、その仲の極めて悪い親によく孝行してやる気になったことよな?」
ぎらりと宰相閣下の眼光が鋭くなる。
これが試験問題か。
私は肩をすくめた。
「確かに私と両親の仲は極めて悪いです。私とて別に孝行したいとも思ってません」
「ほう、ならば何故?」
「それをお話するには、私が帝都の屋敷に行ったのと、弟・レグルスを母の養子に迎えた理由をお話ししなければなりません。当家の恥を晒すのは、あまり……」
「家名に纏わる話ならばしたくはなかろうが、ここで話されたことは一切他言せぬと誓おう」
「はい、では……誓紙をいただけましょうか?」
つまり「絶対他言しない」って誓紙を貰いたいくらい恥ずかしいことだという、言外の訴えを理解していただけたようで、宰相閣下は軽く頷いてくださる。
それを解らない男が吠えた。
「宰相閣下になんたる不敬!」
ぷつん。
私の中で何かが切れた。
「黙れ、粗忽者! この程度のやり取りの意味も解らぬようだから、弟は命の危険にさらされたのだ! 恥を知れ、愚か者!」
刹那、父が卒倒した。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




