思ってたのと違う反応はテンパる
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新8/17の月曜日はです。
役所に母とレグルスくんの養子縁組と母の出家願い、平たく言ったら母の隠居の届け出を出してから三日、早速帝都から非公式の召喚状が来た。
それも宰相閣下のお名前で。
基本宰相閣下は貴族の家督相続なんかには関わらないんだけど、なにか怪しいものを感じたら非公式で出家願いを出した貴族やら、その家督相続をする跡継ぎやらを呼び出すらしい。
だけど今回はこっちから手回しして呼び出してもらったヤツだったり。
なんでかって言うと、どうせ父が煩く騒ぐのは目に見えてるし、それなら逆手に取ってこの時期の家督相続が私にとってどれだけ急で不本意かをアピールしようって作戦なのだ。
よくそんなことに宰相閣下が協力してくれたなと思ったら、なんとコーサラで私が大きな貸しを作った麒凰帝国の大貴族って、宰相閣下のことだったそうで。
「それだけじゃないよ。サン=ジュスト君を菊乃井で受け入れられたでしょ? あれでルマーニュには大分影響力を強められたらしいから」
「向こうの大貴族の、叩けば出る埃を掌握出来たんでしたっけ?」
「そういうこと。内政干渉出来る大義名分を得たわけだよ」
手紙を読んだヴィクトルさんが得意気に笑う。
ルマーニュは帝国建国から臣従してるようなもんなんだけど、その頃から隙あらば帝国の影響を撥ね付けようとする気風があって。
関係的にはルマーニュはかつての宗主国、帝国はその宗主国に反旗を翻す形で生まれた新興国だから、当然反発もあるだろう。
だけどここ数十年はちょっと事情が違って、どうもルマーニュは圧政が原因で一揆が各地で勃発してて、基がかなりがたついてるからか、帝国の動向に異様にピリついてるそうだ。
帝国が一揆の糸を引いていると思っているらしい。
何かと当て擦ってきて鬱陶しいことこの上なかったから、弱味を握ることが出来てかつ静かになったことに宰相閣下はご満足されているとか。
なのでその功労者たる私に、善きに計らってくれるそうだ。
「まあ、つまりお国にとって、君はとても使い勝手がいいと思われてるんですね」
「風評被害!」
「いやいや、中々の功臣ぶりですよ。将来を嘱望されるのも当たり前ですね」
「陰謀の匂いがします!」
「そりゃそうです。私達は乗っ取りを企てる一味なんですから」
「乗っ取りって……私は正統な家督相続人ですよ」
からからと笑うロマノフ先生に、唇を尖らせると、益々笑って先生は首を横に振る。
なんのこっちゃと思っていると、ラーラさんが呆れたように溜め息を吐いた。
「君のお父上が正月の皇宮パーティーで、ロートリンゲン公爵にそう訴えたんだよ」
「……あのひと、頭は大丈夫ですかね?」
「さあ? 軍役から外されてないし、大丈夫なんじゃないの?」
勿論、ロートリンゲン閣下はそれを笑い飛ばしたそうで、これじゃ代替わりしても仕方ない的な空気がその場に流れたそうだ。
我が父ながら恥ずかしい。
先生方に無礼をお詫びすると、揃って「あれじゃしょうがないから手伝ってるって思われて丁度良い」と言って下さった。
帝国三英雄、信用度が半端ない。
兎も角、この召喚状は父にも届いているそうだ。
三日後、皇宮内の宰相執務室に来られたし。
そう、決戦は三日後だ。
となると、その前にレグルスくんときちんと話し合いをしないといけない訳で。
憂鬱さに自然と唇が尖る。
それを察してくれたようで、ヴィクトルさんがそっと私の肩を抱いてくれた。
「あーたん。僕やアリョーシャやラーラから、れーたんにお話ししようか?」
「いえ、これは私がやらないといけないことなので」
「そう。でも辛かったらいつでも代わるからね?」
「ありがとうございます……」
わさわさと頭を撫でてくれる手が大小二つ。大きい方はロマノフ先生で、小さい方はラーラさんだ。
戸惑わないと決めたじゃないか。
たとえこれが原因で、将来、私が見た大人のレグルスくんが私に剣を振り下ろす場面に繋がったって、父を引き摺り降ろして追放しなきゃ、菊乃井の今が危ういんだから。
一度目を瞑って、唇を噛む。
覚悟を決めて目を開くと、呼び鈴を鳴らしてロッテンマイヤーさんを呼んだ。
するとすぐにロッテンマイヤーさんが来てくれて。
「レグルスくんをここに呼んで来てもらえますか?」
「承知致しました」
ここっていうのは、最近私の書斎になりつつある祖母の書斎だ。
しばらく待っていると、レグルスくんを伴ったロッテンマイヤーさんが部屋に入ってくる。
それと同時に先生方には席を外してもらう。
ロッテンマイヤーさんは心配そうに私を見ていたけど、私が頷くと彼女も部屋から退出してくれた。
「いらっしゃい、レグルスくん」
「にぃに、どうしたの?」
呼ばれた理由が解らないレグルスくんは、こてんと首を傾げた。
きちんと父との離別を伝えようと思った決意が、レグルスくん本人を目にすると揺らいでしまう。
いや、でも、言わなきゃいけない。
それは他の誰でもなく私の口からでなくては。
ぐっと手を握って、私は口を開いた。
「三日後、帝都に行きます」
「ていと!? れーも!?」
「勿論、レグルスくんも」
「またおしばい!? マリアおねえさんのコンサート!?」
楽しげな想像にレグルスくんの目がキラキラと輝く。
嬉しそうなその姿に、私は緊張しながら話を進める。
「うぅん、今回はお芝居とかコンサートじゃないよ」
「ちがうの?」
「うん。そうじゃなくて今回は……」
一度言葉を切って深呼吸を一つ。
手汗が気持ち悪い。
「今回は父上に会いに行くんだ」
「え……」
すっとレグルスくんの顔から表情が抜け落ちる。
驚きすぎて上手く表情が出せなかったんだろう。
少し経てばきっと笑顔になるんだろうと思ってその時を待っていた。
しかし、レグルスくんは顔を思いっきり嫌そうにしかめてしまい。
「やだ」
「へ……?」
「やだ。れー、とうさまきらい!」
「ひぇ!?」
結構な大声にびくっとすると、ぷくっとレグルスくんが頬を膨らませる。
なんで? どういうこと?
「な、なな、なん、なんで!?」
なんでー!?
思いもよらない言葉にパニックを起こした私の声が、部屋に滅茶苦茶響く。
「れー、ていとなんかいかない! とうさまとあいたくない!」
「で、でも、これが最後になっちゃうかも知れないんだよ!?」
「やー! とうさまなんかしらない! れーはにぃにといっしょにいるの!」
「や、父上とはまた別々に暮らすけど!? いやいや、そうじゃなくて!?」
どうなってんの、これー!?
悲鳴を上げれば、レグルスくんがぷいっと怒ったようにそっぽを向いた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




