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人でなしと畜生以下の戦争・中

いつも感想などなどありがとうございます。

大変励みになっております。

次回の更新は8/3の月曜日です。

 やがてセバスチャンが口を開いた。


「……奥様の仰る通り、全ては私が一人で考えて行動したことです」

「そ、そうよ! 私は何にも知らない!」


 静かに暗い目をしたセバスチャンと違い、母の甲高い声で室内が揺れる。

 その煩わしさに、私はこめかみをもんだ。

 「いい加減少し黙ってください」と低い声で呟くと、ぐっと母が息を飲む。

 愚かな人だ。

 こんな映像は知らぬ存ぜぬとシラを切り通せば良いものを、こんな風に取り乱せば関わりがあると白状しているようなもんじゃないか。

 眉間にシワが寄るのを自覚して、力を抜いた。

 母のことはいい。それよりあっさり自分の関与を認めて、けれど自分だけの企みと認めたセバスチャンが気にかかる。

 ロマノフ先生と顔を見合わせると、私はソファにもたれて冷たく笑った。


「母上、どうなさるおつもりです?」

「ど、どう、ですって!?」

「ええ、私に対する暗殺未遂です。どのように責任を取ってくださるので?」


 歌うように告げれば、母がガタガタと震え出す。

 私だけでなく、帝国三英雄の視線が集中して、母の顔色が白くなっていくのが解った。


「わ、私は関係ない! 知らないと言っているじゃないの!?」

「貴方も伯爵夫人なら、それが通じる言い訳かどうか解るでしょう? それとも使用人の手綱も取れぬ愚かな女主人と嘲られたいのですか?」


 屋敷の使用人を預かり采配を振るうのは、その家の女主人の役割だ。

 それを果たせず使用人に好き勝手された挙げ句、伯爵の足を引っ張り、嫡男の暗殺を企まれるとは。

 言外にその呆れを滲ませると、途端に母の顔が赤くなった。

 しかし解決策が見つからないのだろう。

 口ごもってこちらを睨むだけ。

 やれやれとロマノフ先生が肩をすくめた。


「お話になりませんね。鳳蝶君、どうします?」

「どうもこうも……。母には責任を取る能力もないようなので、これで伯爵夫人を名乗るのは無理があるかと」

「お家のためにはならないだろうね」


 冷ややかな私の言葉に、ヴィクトルさんが足してくれる。

 宮廷音楽家の筆頭だったヴィクトルさんは、他所のお家騒動の顛末を知る生き字引みたいな所があるから、そんな人に「家のためにならない」と言い切られてしまって母の顔色は紙より白くなった。

 その様子を見て、セバスチャンが焦ったように大声を出す。


「お待ちください! この度の事は全て私一人が画策したこと! お恥ずかしながら、私はあの短剣にデミリッチが憑いていたなど知らなかったのです……!」

「それで?」

「私の狙いは旦那様を……伯爵家の御名を汚すあの不心得な男の排除であって、若様の暗殺などではなかったのです!」

「父も不心得ですけど母上も大概ですよ」


 目糞鼻糞が耳糞を「汚い」って指差すんじゃねぇよ。

 そんな思いを込めてセバスチャンを見れば、ぐっと唇を噛み締める。

 コイツのいうことが本当だったとして、じゃああれか?

 思い当たったことを、セバスチャンに聞いてみる。


「もしかして去年辺りから母上が私にすり寄って……失礼、私のやり方に同意するような姿勢を見せていたのは、貴方の入れ知恵……じゃない、助言を受けてのことです?」

「まんまるちゃん、毒が隠しきれてないよ」

「これでも頑張って歯に衣着せてるんですけど……。難しいな、貴族的な言い回しって。で、どうなんです?」


 じっとセバスチャンを見れば、観念したように頷く。

 母はというと忌々しそうな目で私を睨んでいた。

 だろうなっていう結果に、私は「それでどうなさるんです?」と、母に再び問いかける。

 しかし答えはない。

 仕方なく、またセバスチャンに問いかける。


「セバスチャン、貴方は父よりも私と母の仲が改善される方がこの人のためになると踏んで、去年からずっと助言していたわけでしょう。何故です?」

「……菊乃井の発展状況と三英雄が揃っていること。これを見て、何故あの男と手を組むことを奥様にお勧めできましょう? ましてバラス男爵に対する苛烈さは、まさに菊乃井のお血筋ですのに」

「血筋ねぇ?」

「先々代の旦那様より薫陶を受けられた先代の奥様のなさりようと、若様のなさりようはよく似ておいでです。菊乃井の正統なお血筋の方に奥様が味方なさるのは当たり前、ましてご子息なのですから」


 蛇のような男はにやりと顔を歪める。

 だけど、その母は私を滅茶苦茶不服そうに睨んでるんだけど?

 横目でちらっとみると、鼻息荒く母は顔を逸らした。

 埒もないことを続けていては時間が嵩む。

 私は本題に入る事にした。


「なるほど、忠義に篤い従僕だ。私としても母上のため、ひいては家のためと言われてしまったら、考えざるを得ませんね」


 そう言って肩をすくめれば、母の顔がこちらを向く。そして表情を明るく変えた。


「そ、そうよ。セバスチャンはこの家のために、私に内緒でこんなことをしたのよ? ひいては貴方のためでもあるわ!」

「……そういう言い方も出来なくはありませんね。まあ、母上には菊乃井の存在を社交界でアピールしていただいていましたしね。陛下のご叱責はあれど、いわばそれだけで済ませていただける間柄なのだ、と。その功は鑑みなければとは、思っていたんですが」


 実際は神様方からご加護をいただいてる故の恩情というやつなんだろうけど、それをこの人のたちに教える必要はない。

 とりあえず、狙い通り相手の優位には立てた。

 さて、追い込みにかかろうか。

 にっこりと穏やかに笑って見せると、セバスチャンと母が訝しげに顔を歪めた。


「……良いでしょう。母上は何も知らなかった、そして私との親子関係を改善したくはある。そういう理解でよろしいか?」

「も、勿論よ!」


 私の笑みに不穏な物を感じたのか、セバスチャンが止めようと口を開きかけたが、母がそれより早く同意する。

 「そうですか」と頷けば、母の顔が輝く。

 なので笑顔のままでロマノフ先生を見ると、先生も柔らかく笑んで、書類入れから四枚の書類を取り出し、テーブルに置いた。


「では、仲直りの証にお願いを二つほど聞いてくださいませんか?」

「……なにかしら?」


 母にその四枚の書類を渡すと、自分は赦されたのだと錯覚したのか、にこやかに視線を落とす。

 しかし読み進めるに連れて、ぎちぎちと書類を持つ手に力が入りだした。

 ぐしゃりと母が握る辺りから紙が歪んだ音がする。


「これは……どういうことなの!?」

「読まれたままですよ。それにサインをいただければ、結構」


 書類から母が顔を上げる。

 眦はつり上がり、わなわなと唇が震えて、抑えきれない怒りがくっきりと現れていた。

 これが所謂憤怒の形相ってやつかな。

 だんっと書類を握った母の手が、テーブルに叩きつけられる。


「どうして私があの女の息子を養子にしなければいけないの!? それに出家願いですって!? 私はそんなこと望んでいなくてよ!」


 激しい怒りを金切り声に乗せて叫ぶ母に、私は肩をすくめてみせた。


「そうですか。でしたら仲直りの件は無しですね」

「なっ!?」

「だってこれは母上を救済するための案なんですよ?」


 思わぬ言葉に母が唖然とする。

 毒気を抜かれたのか、静かになって、ちらりとセバスチャンの方を見た。

 同じくセバスチャンを見ればこちらは微妙な顔つきで。

 

「別に母上がそれにサインしなくても、私は構わないんですけどね」


 このまま統治実績を重ねて両親が統治者として失格であると、公に訴え出れば家名に傷は付くかもしれないが、権力は奪い取れる。

 その上で私がレグルスくんに菊乃井の籍を与えることも可能だし、両親を追放するのも簡単だ。

 だけどそんなことをするより、レグルスくんを母が養子にすれば美談が作れる。

 夫が不実だったせいで、実母の乳母に逆恨みされて命を脅かされる可哀想な妾腹の子供を見るに見かねたのと、自身が過去にしたことに対しての罪滅ぼしとして、引き取って養子にしてやった、と。

 そしてそんな不実な男には愛想が尽きた、だから出家して俗世の縁を切る。

 帝国の法律では嫡男を儲けた貴族の夫婦は離婚が出来なくなっているが、出家して世俗と縁を切るのであれば例外として離婚が認められるのだ。

 この美談があれば、レグルスくんを可愛がっている私と、彼を養子にしたことで親子仲が急に修復されたとしても、不自然にはならないだろう。

 そう説明してやれば、母は口惜しげに唇を噛む。

 「どうします?」と尋ねた私に、母が憎々しげに叫んだ。


「実の母親に愛人の子を養子に迎えろだなんて……! 人でなし!」


 投げ付けられた言葉に、腹の底から湧き上がるものがあった。

 抑え付けなくてはと思うと余計にそれは湧き出してきて、思わず俯く。

 ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんが心配そうに私の名を呼ぶのが聞こえた。

 顔を上げると、抑えきれなかった笑い声が口から溢れる。

 一頻り笑った後で母の顔を見れば、彼女は奇妙な物を見るような目をしていた。

 その表情にまた笑いが込み上げてくる。


「母上、良いことを教えて差し上げますね。犬畜生だって子を産めば育てるんですよ。しかるにそれが出来なかった貴方は畜生以下です。畜生以下から人でないもの……人でなしが生まれるのは道理じゃありませんか」


 傑作だ。

 心底からおかしい。


「そんな畜生以下な母上と、人でなしな私。私達は所詮同じ穴の狢……いや、白豚なんですよ。存外似た者親子ですよね。それでサインするんですか? しないんですか?」


 笑いながら告げれば、何か怖いものでも見たのか、真っ青になりながら母は書類にサインを入れた。

 四枚全てに記名を終えると、血色の悪くなった顔を背けて「これでいいでしょ……」と呟く。

 受け取った書類に不備がないか確かめて、私はヴィクトルさんへと目配せした。

 それにヴィクトルさんが頷いた途端、魔石を光源とするシャンデリアが明滅して、ふっと光がかき消える。


「おや、魔石の魔力切れですかね?」

「僕がメイドさんにでも知らせてくるよ」

「ああ、いえ、もうお暇しますし」


 そういいつつ私は手のひらに魔力を集め、火を灯す。

 そして書類をロマノフ先生に渡すと、小さく首を傾げた。


「念のために聞きますが、本当に母上はこの件には関わっていないのですね?」

「そう言っているでしょう!? 人の弱味に付け込んでまだ疑うだなんて!」

「……セバスチャンも、母は一切関係ないと?」

「はい」

「神掛けて誓えますか?」


 神妙な声が出た。

 しかし母はそれに気付かなかったようで「何度もしつこい!」と喚く。

 だが、セバスチャンは違って。


「なにゆえ、神などと……」

「誓えないんですか?」


 疑問には答えないで、反対に尋ねてやればセバスチャンは首を横に振った。


「いえ……」

「嘘をついたら呪われますよ?」

「誓えるわ! 私は無関係よ!」

「私もです。奥様は関係御座いません」

「そうですか」


 にこりと二人に笑いかけると、私は手のひらに灯した火を消した。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[一言] まんまるちゃん、ここにきて、初めて貴族らしいと思います あまり、人間的に褒めた事ではありませんが…(汗)
[良い点] 愛なく育ち、愛する事はできても愛されることを信じられないことほど不憫なこともないですね… 幸せになって欲しいものです
[一言] ちょっとだけ気になったので2投目 『関与していない』と『関係ない』は別物ですから、本当に母が知らなかったんだとしても、『母の従僕が母の為にやった』と今知った上で『関係ない』は嘘になるのでは…
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