人でなしと畜生以下の戦争・前
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は7/31の金曜日です。
帝都で私たちを迎えたのはセバスチャンと帝都のメイド長だった。
玄関先で私を見た一瞬、二人は驚愕してから、表情を隠すように深々と頭を下げた。
そして案内されて通された応接室は、菊乃井本邸の応接室や短剣の記憶の中の部屋の壁紙と同じく、菊の模様が。
室内には母がいて、セバスチャンと同じく私の顔を見て驚いていた。
セバスチャンと違って一拍おいて、鬼……こっちだとオーガとかその辺のモンスターなんだろうけど、そんな形相になった母に、私は密かにため息を吐く。
そりゃね、私は祖母そっくりらしいよ。
祖母を知ってる人に会うたびにそう言われるから、真実似てるんだろう。
自分とイザコザがあった母親にそっくりな息子とか、たしかに嫌なんだろうけど、仮にもお客様、それも帝国認定英雄お三方様が来てるんだから、ちょっとは取り繕いなさいよ。
これは頭痛が痛いってやつだ。
のっけからこの態度とか、先が思いやられる。
時候やらなんやらの挨拶もすっ飛ばして、勧められた席に着くと、途端に嫌味っぽく「なにしに来やがった(意訳)」だってさ。
お互いに臨戦態勢な訳だ。
私はこの人のために時間を浪費する気はない。
目配せすると、ロマノフ先生が持ってくれていた包みを木の光沢があまり感じられないテーブルに置いた。
包みが解けて慈悲の剣──ブラダマンテさんの短剣が露になって、ピクリと僅かに母の頬がひきつる。
彼女の後ろに控えたセバスチャンは全く表情を変えない。
男の反応は至極当然だと思うけど、母の方はそれに比べればお粗末な反応だ。
これじゃどっちが上位者なんだか。
「これは……?」
私のそんな内心の動きを知らず、母が声を低くして呟く。
訝し気な母に、私は静かにこの短剣が手元に来た経緯……短剣は父がレグルスくんに宛てて送って来た誕生日プレゼントで、実は憑依の呪いがかけられていたこと、それからその呪具に憑いていたモンスターと交戦したことを話した。
「まぁ! それで……貴方は無事なの?」
「見ての通りです」
「……そう」
大袈裟に声を上げた母に短く返す。
母の背後にいるセバスチャンは、微動だにしない。
母の声が僅かにトーンを上げた。
「あの男は何を考えているのかしら? 愛人の息子に誕生日の祝いを渡して、貴方には何もしない。それどころか魔物を送り込むだなんて!」
「さて、私には解りかねます。ただ、この事は父に納得のいく説明を求めようとは思っています」
そう告げると、母が扇を広げて口元を隠す。
しかし隠しきれない頬の緩みが見て取れた。
嗤っているのは父が苦境にたたされているからか、それとも自分達の思惑通りに私が動こうとしているように見えているからか。
瞳に喜びを乗せて、母がセバスチャンを仰ぎ見た。
だが、当のセバスチャンは表情を緩めない。
「失礼ながら」と、蛇のような男が口を開いた。
「本日のご来訪は、旦那様への対応を奥様とご相談なさるため……ということでしょうか?」
「憑いていたモンスターと鳳蝶君は軽く言いますが、デミリッチに襲われたのです。これは菊乃井家嫡男の暗殺を企てたのと同義かと」
「…………!?」
探るようなセバスチャンの視線を無視したロマノフ先生の言葉に、ヴィクトルさんとラーラさんが頷く。
三英雄の様子に、セバスチャンの肩が僅かに揺れた。母の顔が少しだけ青くなる。
私はこてんと首を傾げた。
「どうしました、母上? 後ろの人も顔色が良くないように見えますが?」
「デ、デミリッチなんてそんな……伝説のような存在が出てくるとは思わなかったのよ」
「奥様の仰る通りで御座います。僭越ながら、リッチの勘違いでは?」
いや、セバスチャン、お前知ってたんじゃないのかよ!?
そう突っ込みたくなるのを押さえて男を見ていると、本当に顔色が良くない。
まさかこれ、憑いてるのはただのリッチだと思ってたのかな。
判断に困っていると、ヴィクトルさんが不機嫌そうに眉を跳ねあげた。
「失礼な。デミリッチを倒して帝国認定英雄になった僕が、ただのリッチとデミリッチを取り違えたとでも?」
普段のヴィクトルさんとは全然違う高圧的な雰囲気にも驚いたけど、もっと驚くことがあった。
ヴィクトルさんが英雄になったのってデミリッチ倒したからなの?
思わず彼の方に顔を向けると、にこやかに「後でね」って言われた。
けど、ヴィクトルさんはセバスチャンに対してはにこりともせず、発言の意図を追及するような鋭い視線を注ぐ。
それにセバスチャンはそんなつもりはなく、驚いて確認してしまったと無礼を詫びた。
ちょっと別件で気になることが出てきちゃったけど、今は置いといて。
深く息を吸い込むと、私は背筋を伸ばした。
「先に言っておきます。私は腹の探り合いをする気も、この件に長く時間を割く気もありません」
告げた言葉に母が眉を寄せた。
セバスチャンも首を少しだけ傾ける。
さて、勝負といきますか。
瞬きを一つして、私は言葉を紡ぐ。
「母上、正直にお答えいただきたい。この短剣に、覚えはありませんか?」
沈黙が室内を満たす。
母が瞬きを繰り返すこと数度。
そうして何を言われたのか理解出来たのか、上質なビロードで出来たドレスに包まれたたっぷりとした腹肉を揺らして哄笑する。
その姿を一瞥して視線を上げると、セバスチャンが私を見ていた。
母と違い、こちらは無表情だ。
私とセバスチャンで睨み合いを続けていると、母の高笑いがやっと止む。
そしてパシッと風を切って扇が畳まれると、不機嫌を隠そうともせず、母が吠えた。
「これはあの男が送って寄越したものでしょう!? 見覚えなどある筈ないでしょ!」
高笑いの次は激昂なんて、情緒が不安定過ぎる。
伯爵家の女主人としては、あまりにもな姿にラーラさんが眉をひそめた。
私は構わずセバスチャンと睨み合いを続ける。
「セバスチャン、あなたも覚えはありませんか?」
「……御座いません」
こちらはぴくりとも表情が動かない。形状記憶合金かよ。
私とセバスチャンの様子に、母は失礼だのなんだの騒ぐ。
だけどこれは想定内だ。
私は呆れたようにわざと大きなため息を吐く。
……いいだろう。
ヴィクトルさんとラーラさんに目配せすると、二人が立ち上がって持ってきていた大きな布を広げた。
「これでも?」
「…………?」
手のひらを広げられた布に向けて魔力を放つ。
するとぼんやりと布が薄く光だし、その表面には髪をひっつめたメイドが写った。
「これがなんだというの……!?」
「黙って見ていらっしゃい。菊乃井の伯爵夫人が、先程からガタガタとはしたない」
「なっ!?」
顔を真っ赤にした母の声が大きくなりかけた刹那、私は小規模なブリザードを起こす。
「黙って見ていろ」という意図を込めて睨むと、赤くなった顔色を白くして、ガタガタと震え出した。
セバスチャンも母の背後から、彼女を守るために飛び出してきたけれど、母の傍でその細長い身体を固くする。
なんだろうと視線を男に向ければ、彼の背後をラーラさんが取っていた。
「君も動かずにちゃんと見るんだね。まあ、ボクの影縫いから逃げられるとは思わないけど」
「っ!? 若様、これは、なんの真似ですか!?」
焦りを滲ませるセバスチャンを「大人しくなさい」とロマノフ先生が窘める。
抵抗が無駄だと解ったのか、蛇のような男は忌々しげな目をして布に視線を向けた。
そう、この布は菊乃井で私が短剣の記憶を映したカーテンで。
イルマと怪しげな商人のやり取りをブツブツと文句を言いながら見ている母とは対照的に、セバスチャンは一言も発しない。
しかし、怪しげな商人の行動を逆再生した画像が始まると、母の顔つきが変わった。
だらだらと額には脂汗を滲ませて、動揺も明らかな姿に、私は暗く笑う。
こんなものか。
高々映像があるくらいで揺らぐなんて、どうかしている。
敵が作ったものなのだから、陥れようとしているとシラを切ればいいものを。
逆にセバスチャンの方はふてぶてしい迄に落ち着いている。
そうこうしている間に、逆再生の短剣の記憶はクライマックスまで来たようだ。
飴色のテーブルと黒い袖、それから光が溢れて画面にセバスチャンの顔が大写しになって。
「私は知らないわ!? 全てセバスチャンのしたことよ! 私は関係ない! 関係ないのよ!」
金切り声。
そう表現するに相応しい声で母が叫ぶのを、私は冷ややかに聞いていた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。
 




