横槍+不実=雪だるま式呪詛
いつも感想等々ありがとうございます。
とても嬉しく、何度も読み返しております。
次回の更新は7/10の金曜日です。
先生方が、クローゼットに仕舞ってある神様方からいただいた古龍のモロモロに気がついたのは、魔力切れを起こして寝落ちた私を部屋に運んだ時だったそうな。
尋常じゃない魔力の渦巻きに、ロマノフ先生がヴィクトルさんを呼んで、ヴィクトルさんがその魔力の出所のクローゼットを開けたら、そこに古龍のモロモロが沢山入った皮袋が鎮座していた、と。
「あの、隠すつもりとかじゃなくて……話そうとは思ってたんですけど……」
「デミリッチなどなどで忘れた、と」
「はい」
嘘じゃないよぅ!
凄く良い笑顔のロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんにブンブンと首を縦に振って見せる。
確かにデミリッチの出るちょっと前までは、先生方にモロモロのことを相談しないといけないと思ってたんだ。
でもデミリッチ気持ち悪かったし、父にムカついてたし、アンナさんやブラダマンテさんのことも気になるしで、うっかり忘却の彼方だった訳で。
しゅんとしながら説明すると、ラーラさんがくすりと笑う。
「まんまるちゃんが嘘ついてるなんて思ってないよ。でもホウレンソウは基本だからね?」
「はい、申し訳ありませんでした」
ぺこんと頭を下げると、ヴィクトルさんもロマノフ先生も「仕方ない子」って感じで笑ってくれた。
「だけど」とヴィクトルさんが肩をすくめる。
「あれ、一種類じゃないよね? なんかやたらと種類の違う神聖さを感じるんだけど」
「あ、えっと、姫君様の飼っておられるのと、氷輪様の古龍と、イゴール様のところのと、艶陽公主様のところのとを混ぜてくださったそうなんです。それも結構良い感じに力が溜まってるのを」
「なにそれ怖い! 迂闊に売ったら、お家が潤うどころか傾くやつも入ってるよ!?」
「ひぇ!?」
ヴィクトルさんがドン引きして、ロマノフ先生が目元を手のひらで覆っている。
唯一ラーラさんだけがケラケラ笑っている中で、ブラダマンテさんがおっとりと声をあげた。
「まあまあ、艶陽公主様の古龍のことでしたら大丈夫ですわ。わたくしが此方には二心無きこと、証明いたしますから」
「二心って……?」
出てきた単語に首を捻れば、眉間を押さえながらロマノフ先生が言う。
「艶陽公主様は皇室と桜蘭教皇国を守護くださる神様。個人に強制することはありませんが、暗黙の了解で主神扱いです。その方の古龍の鱗やモロモロなんて、普通手に入らないんですよ」
「……もしかして、持ってたらそれは皇室や桜蘭から下賜されたとかそんな?」
「はい。下賜されるものはきちんと記録も付けられています」
「あわわわわ!」
それって売ったら下賜されたものを売った不届きものだし、下賜の記録にないものを持ってたらそれはそれで盗んだとかそんな話になるヤツじゃん!
さっと血の気が引いたのが解る。
白目を剥きそうな私に気がついたのか、ブラダマンテさんが柔らかく笑んだ。
「誰もこちらに対して、その様な疑念は抱いたりしませんわ。わたくしをこちらに置くように仰せになったのは、その公主様ですもの」
「は……?」
「ああ、そうだったね」
ブラダマンテさんの話にきょとんとした私を置き去りに、ラーラさんが頷いた。
どういうこと?
まったく解りませんって顔をしてるのは、私とレグルスくんだけのようで、ヴィクトルさんもうんうん頷く。
どういうことかと尋ねると、エルフ三人衆が顔を見合わせた。
ブラダマンテさんとも三人は目で会話してから、咳払いしてロマノフ先生が口を開く。
「ブラダマンテさんの処遇ですが、桜蘭では殉教扱いになっています。ですが復帰するまで複雑な手続きが必要なんです」
「はい」
変な話だけど、桜蘭にも政治闘争はあるらしく、その煩雑な手続きの間に、艶陽公主様のお気に入りのブラダマンテさんに近付いてあれこれ利用しようと企むものがないではない。
折角デミリッチから解放されたブラダマンテさんを、そんなややこしい中に放り込みたくないと艶陽公主様は考えたそうで、皇室というか陛下と桜蘭の教皇猊下に「ブラダマンテは菊乃井に」って御神託を降されたそうな。
それで猊下は私を知らないから、最初は難色を示されたとか。
「当たり前ですよねー……」
「まあ、確かに。しかしそれは陛下が『菊乃井の嫡男は百華公主様の加護をいただいている』とご説明なさったら、あっさりと承服されたそうですよ」
「わぁ……やたらと上からの信用度が高いなって思ったら……!」
「この世で神様に加護をいただく以上の信用はありませんからね」
きっとその信用度でうちは平地にならないんだな。ありがたいけど、その信用にどう応えればいいのか。複雑。
兎も角、古龍の素材がお家に沢山あった理由は、先生方にご納得いただけたらしい。
だけどご飯の後、その素材の処遇のために話し合いを持つことに。
これはきっと口実だ。
レグルスくんには聞かせられない話があるんだもの。
もしゅもしゅとサラダやパンを平らげて、食後のお茶を飲んだら、レグルスくんは宇都宮さんや源三さんや奏くんと一緒にブラダマンテさんを街の神殿にご案内することに。
私も先生とお話し合いがあるから、同じタイミングで食堂を出ると、ぎゅっとレグルスくんが抱きついてきた。
やっぱり父のことはレグルスくんにショックを与えたんだろうか。
しがみつく小さな身体を、同じように抱き締めると「ふへ」っと小さくレグルスくんが笑った。
「にぃに、いってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
お腹から埋めた顔を上げたレグルスくんは、にかっと晴れ晴れした顔で宇都宮さんとブラダマンテさんを伴って一階へ去って行く。
私も先生方と一緒に部屋に行くと、クローゼットから古龍の鱗やらが入った皮袋を取り出して、それを持って祖母の書斎に。
話し合いをするには祖母の書斎の方が広い。
書斎のテーブルに、どさりとロマノフ先生が持ってくれていた皮袋を置くと、大きな息を吐いた。
「流石にこれだけの物を持つのは緊張しますね」
「凄く貴重な素材だもんね」
少し開いた袋から覗く、色とりどりの鱗にラーラさんも溜め息だ。
だけどこれ、神様には庭の敷石にするくらいあるって代物らしいって伝えると、ヴィクトルさんがこめかみを押さえる。
「スケールが違いすぎるよ。感覚が追い付かない」
「そうですね。……感覚が追い付かないと言えば、あちらのことですが」
ロマノフ先生の言葉に、ヴィクトルさんもラーラさんも、勿論私も首を縦に振った。
「あちらの家の話ですね」
「はい」
「あーたんのお父上への嫌がらせは、嫌がらせの域を超えてるよ」
「そこが解るかどうかが、名ばかりの貴族と、古くから続く貴族の違いなんだろうけどね」
そうだ。
そしてそれは使用人の問題だけでなく、父と母の私への対応の差にも表れている。
父は名ばかりの貴族で階級も帝国騎士だった。
名ばかりの帝国騎士など、その家格は下手をすれば古くからの豪農や豪商よりも下だったり、金銭的にも恵まれていなかったりする。
そうなってくると、家名に対するこだわりなどあって無きが如し。
あって無きが如しのそれを守るために行動することなどほぼ無い。
翻って菊乃井は少なくとも三代は続く伯爵家、家名は命と同じくらい大事だ。
その証拠に、母は家名を守るために形だけとはいえ、私にすり寄ってきている。
自身は叱責されたが、陛下は私、ひいては菊乃井に対しては好意的でいてくださっているから、私を立てて「あれは息子を育てるための計算だ」と言っておけば、自分の失点も私の上げた成果で打ち消し出来るからだ。家名に傷は付かない。
顧みて父の行動はそれとは逆を行く。
陛下からの叱責に反省もなく、私の足をまだ引っ張る。
家名を危うくする行動ばかりで、これでは毒の杯を渡されても貴族的には納得するよりない。
そこに来てこの呪詛騒ぎ。
あちらのメイド長が父の失態をそこまで知っているかは知らないけれど、これは不慮の事故や急な病でご逝去されても、貴族社会ではさもありなんだ。
問題はその状況をメイド長がきちんと理解しているか、だけど。
「解ってないと見るべきだね。あちらとこちらでは使用人の格が違いすぎる」
「そうですね。宇都宮さんを見ていたらよく解ります」
こちらに来た初日の宇都宮さんの態度は、それはちょっとどころじゃなく人様にお見せ出来ないものだったとロマノフ先生は言う。
だけど今の宇都宮さんなら、レグルスくんのカテキョとして父が目を付けた人がどんな人なのか、徹底的に調べあげるだろう。
レグルスくんはあちらの家ではたった一人の後嗣。
その守役になるってことがどれほどのことか、今の彼女なら察せられる筈だ。
メイドの一人をとっても教育に違いがある。
そしてそのメイドを教育する立場にあるのが、こちらだとロッテンマイヤーさんだけど、あちらでは「イルマ」なのだ。
則ち二人の差ともいえる。
ロッテンマイヤーさんはうちの両親が私から毒の杯を渡されかねないことを知っているけれど、おそらくあちらはそんなことちらとも思っていないのだ。
だからこその、この嫌がらせなんだろうけども。
「どうします?」と問うロマノフ先生の声は固い。
「証拠を積み重ねて、司法の手に委ねましょう。伯爵家の私刑にはしない。それが私に出来る精一杯です」
これは伯爵家への攻撃行動だから、見過ごすことは出来ない。
たとえばの話、私の推理が全て外れていて、イルマが呪いも何も本当に解らず、流れの商人も彼女に呪いに関して何も告げず、単に安物を買ってそれを嫌がらせとして送りつけてきただけだったとしても、現実に私はデミリッチに襲われているのだから。
本来ならイルマという人には儚くなっていただくのが、貴族としてのケリの付け方だろう。
だけどこの件の大元は母の横槍と父の不実のせいだ。
そして父の不実がなければ私はレグルスくんという弟を得られていない。
それら全てを鑑みれば、司法の手に彼女を委ね、助命と減刑の嘆願を出すのが最善だろう。
伯爵家の婿養子とはいえ当主が使用人に嵌められたって凄く外聞悪いし、その原因が伯爵夫人の横暴なんて物笑いの種でしかない。
しかしレグルスくんのお母様の乳母だった人を私刑に処せば、本格的にレグルスくんとあちらとの繋がりが切れてしまう。
そうなればレグルスくんと彼のお母様との絆も……。
となれば、公明正大にお互いに痛み分けに持ち込むのが一番だ。
「短剣から記憶を読み取ったものを証拠として提出しましょう。アンナさんにも証言をお願いするとして……」
「自白も取らなきゃだね」
「方法はボクたちも考えるよ」
先生たちが、穏やかに力強く請け負ってくれる。
ふぅっと大きく溜め息を吐くと、張り詰めていた空気が少し軽くなった気がして。
ぐっと腕を天に突き出して伸びをしていると、「ところで」とロマノフ先生がこちらを見た。
「これ、どうするんです?」
指した先には古龍のモロモロ。
それ、こっちが聞きたいんですけど……?
お読みいただいてありがとうございました。
感想等々いただけましたら、幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




