嫌われるのが特技なのか……?
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は6/29の月曜日です。
「多分、旦那様のせいじゃないと思います」
ベッドで横になった赤毛の、エリーゼと同年代くらいのお嬢さんは、まだ白っぽい顔をして、囁くように静かに告げた。
彼女の名前はアンナ。
宇都宮さんが以前働いていたお屋敷、レグルスくんのご実家で料理人見習いとして働いていたお嬢さんだそうな。
身元確認というか、宇都宮さんが、彼女が屋敷にバーバリアンの皆に運ばれて来た時に悲鳴をあげながら「アンナ先輩!」と叫んでいたらしい。
それをロッテンマイヤーさんが落ち着かせて事情を聞いて、父の使者たる彼女の素性が解ったのだ。
父の屋敷は今、財政難だ。
とりもなおさず、私が費用を締め付けてるせいなんだけど。
父の屋敷の財政は現行火の車で、使用人を次々と解雇して凌いでいるらしい。
それで見習い料理人だった彼女も解雇の憂き目にあったわけだけど、それにしても最後の給料をレグルスくんからお礼状が来ないと出さないって、どういう了見なんだろう。
それなのに、アンナさんは今度の事を父のせいじゃないと言ってる。
使用人に庇われるほど、あの人はあちらでは人格者なんだろうか?
微妙な顔になってしまったのに気付いたのか、アンナさんが首を横に振った。
「私にこちらの御屋敷に伺うように言ったのは、メイド長のイルマさんですから」
ん?
メイド長に使用人が用事を指示されるのは別に普通だし、それがなんで父の潔白に通じるのかな?
首を捻った私に、おずおずと一緒に話を聞いていた宇都宮さんが手を挙げた。
宇都宮さんはレグルスくんの世話がない時は、アンナさんの看病をしていて、彼女が気付いたのを教えてくれたのも宇都宮さんだ。
「えぇっと、その、メイド長のイルマさんと旦那様はあまり仲がよろしくないのです……」
「え?」
「そのぉ……イルマさんは元々あちらの奥様の乳母だったそうで。あちらの奥様を日陰者にしたと旦那様を嫌っていまして……」
「まあ……」と私の後ろから声が上がる。
振り返ればロッテンマイヤーさんが、口を手で塞いでいた。
うーん、ロッテンマイヤーさんも父には思うところがあるようだけど、それを口に出したりはしないなぁ。
それはいいや。
アンナさんの話によれば、あちらのメイド長は元々レグルスくんのお母様が存命の頃から、本人には兎も角、周りには父への嫌悪を隠さなかったそうだ。
それは育てた大事なお嬢様にもそうだったようで、何度も苦言を呈していたらしい。
それだけならまだしも、お嬢様の子供だけど憎い男の息子でもあるレグルスくんに、陰ながら当たっていた節もあるそうで。
「そうなの!?」
「う……はい。宇都宮がレグルス様のオムツを換える時間なのを解っていて、すぐに終わらない量の洗濯物を押し付けたり、泣いているレグルス様を無視したりと……」
「レグルスくんのお母様はそのことは?」
「薄々は気づいておられたのでは……と。亡くなる少し前に宇都宮をレグルス様の専属メイドにされたのは、そういうことかと思っていました」
「なるほど」
男女の好いた惚れたは、決して片方だけの罪ではないはずだ。
それが子供に累を及ぼすのも違うだろう。
大人同士のイザコザは大人同士で勝手にやってろよ。
目が据わったのが解って、すぐに苦笑いに切り替える。
私が抱いてる怒りなんて、周りには筒抜けであったとしても、それで初対面のお嬢さん、それも立場の弱い人を怖がらせるなんて下衆なことは出来ない。
「えぇっと、そのイルマさんに父が嫌われていたのは解りました。それでこちらに行くように言ったのもイルマさん。でも貴方に持たせたプレゼントを選んだのは父でしょう? それなら……」
「いいえ、イルマさんです」
「はぁ……?」
今度こそはっきりと眉間にシワが出来た。
声も解るくらい低くなったのを取り繕う気も失せる。
何やってんだ、あのクソ野郎。
ぎりっと強く拳を握れば、隣に座って一緒にアンナさんの話を静かに聞いてくれていたロマノフ先生の指が、眉間のシワを伸ばすように擦る。
「ご令息の誕生日プレゼントを使用人が選ぶことは、無いわけではありませんが……一般的ではないような」
「私には、そういうことはよく解りません。解りませんが、帝都で流行りの男の子の玩具を調べて贈ってやってくれと、旦那様がイルマさんに指示したらしいんです。それが気に食わないって、商人に愚痴ってたのを聞いてしまって……。イルマさんは、私が聞いてたことなんか気付いてないだろうけど」
なんだそれ、ちょっと待ってほしい。
父の所業は今は置くとして、ここにきて呪いの籠った物を贈ってきた人物に、父以外に怪しい人物が出てきてしまった。
尚、呪いの籠った物はアンナさんが意識を取り戻す前に、レグルスくん宛ということで呪いに強いヴィクトルさんとブラダマンテさん立ち会いのもと開封させてもらったけど、「短剣の乙女」伝説に因んで「慈悲の剣」と呼ばれるようになった刃を落とした儀礼用の短剣で。
ブラダマンテさんが「これはわたくしが旅に出る時に桜蘭から持ち出したものですわ」って驚いてた。
デミリッチは生前ブラダマンテさんに調伏されたらしいから、その恨みで短剣に憑いたんだろう。
呪いの方はデミリッチが実体化した時点で消えたそうな。
因みにブラダマンテさんなんだけど、あの後すぐに本人たっての希望で身の証をたてるべく、ロマノフ先生と一緒にソーニャさんを訪ねたんだけど、色々あったらしい。
主にブラダマンテさんが結構な時間デミリッチに囚われていたこと、そのせいでブラダマンテさんは桜蘭では殉教扱いだということ、他にも幾つか問題があって、ちょっと扱いが難しい状況だと説明された。
けども、菊乃井には帝国認定英雄もいるし、桜蘭教皇国の衛士団が「心正しき衛士衆」と評したエストレージャもいる。
とりあえず、菊乃井がブラダマンテさんを困らせることはないだろうし、逆はもっとなかろうってことで、うちに逗留してもらうことに。
この辺りは帝国の上の方と桜蘭の上の方とが話し合った結果だけど、なんだろうな。
全体的に菊乃井に対する信用度が高すぎる。
あの両親だぞ?
訳が解らない。
二人を保護してからアンナさんが目覚める今日までの三日間で、その一連の流れが出来てたわけだけど、これ多分、私が知らない事情があるよね。そこは今の私では触れない方がいいことなんだろう。
んで、私はその大人の事情とは別に、父に手紙を書いた。
レグルスくんに誕生日プレゼントをくれたお礼を素直に、アンナさんにレグルスくんからの御礼状が来ないと給料を渡さないと言った件と皇帝陛下からのご叱責に関して、嫌味をふんだんに盛り込んだ上「近々会いに行くから首洗って待ってろ。逃げんなよ?(意訳)」って趣旨の手紙を。
「その商人は普段使ってる出入り商人なんですか?」
「いいえ。出入り商人なんてあのお屋敷にはいません。たまたまあの時はお隣の大きな商家と間違えて訪ねたそうで、イルマさんに物を買わせたかったのか世間話をしながら商品を見せてたみたいです」
「押し売りの使う手ですね」
「はい。でもイルマさん、その商人から何か買ったみたいで」
私が考え事をしている間にも、ロマノフ先生はアンナさんに聞き取りをしていてくれたようで。
アンナさんは人が少なくなってから、調理場だけじゃなく他の雑用もやらされるようになってたらしい。その彼女が洗濯物を持って庭に出て、全部干して戻ってくるまでずっと、メイド長・イルマと商人は話し込んでいたそうだ。
「商人が帰ったとき、イルマさんは凄く上機嫌でした。その時にちらっと手に箱のような物を持ってたなって思ったんですけど……」
「それを持たされて菊乃井に行けと言われたんですね?」
「はい。その徒歩と乗り合い馬車なので、半月くらい前なんですけど」
なるほど、限りなく黒に近いグレーだ。
動機は十分にある。
アンナさんが嘘をついているのでなければ、目撃証言もあるから、黒と言って差し支えない。
だがしかし。
デミリッチの憑いた物を数日持っていて、そのイルマとやらもだけど屋敷にいた人間、誰にも異変はなかったんだろうか。
私は短剣からデミリッチが出てくる前でさえ、近づくと鳥肌が立った。
呪いを受け付けない人間が一定数いるにしたって、屋敷の人間が全てそんな体質だとかそんな奇跡があるんだろうか?
疑問をそのまま口に出せば、ロマノフ先生が否定系に首を動かした。
「あり得ませんね。現にアンナさんは短剣を持っていて、体調を崩していました」
「ですよねー」
うむ、ないな。
頷いていると、静かにアンナさんが首を横に振った。
「あの、実は体調が悪くなったのはお屋敷に向かう道すがらで、それまでは全然なんともなかったんです」
「え、そうなんですか?」
「ほう……」
新たなる真実にロマノフ先生の目が細まる。
そう言えば、リッチやレイスなんかは自身が憑いていることを隠蔽するよう魔術が使えると、ヴィクトルさんが言ってた。
リッチやレイスが出来ることを、デミリッチが出来ない筈がない。しない理由もない。
だからあちらのお屋敷では牙を剥かなかった。
ならどうして、この屋敷に続く道で?
デミリッチが私が声を出した、つまり存在を明らかにした途端に実体化したのは、天敵を識別して、これを倒してレベルを上げたかったからだろう。
でも道?
道に魔術をかけたヴィクトルさんを、勝てる相手と踏んだのかな?
いや、でも、それならあの戦いにおいて、私だけを執拗に狙った意味が解らない。
神聖魔術を使えなくたって、強い魔術師を取り込めば強くはなれるんだから、勝てると踏んでたならヴィクトルさんだって狙った筈だ。
あかん、解らん。
プスプスと頭から煙が出そうな勢いで考え込んでいると、ふわりと手を包み込むように握られる。
はっとするとロッテンマイヤーさんが、目の前にいて私の手を握っていた。
「若様、お耳を」
「あ、うん?」
頷くと、ロッテンマイヤーさんの唇が耳に寄せられる。
アンナさんには聞かれたくないのか、聞かせられないのかな。
「もしやデミリッチが牙を剥いてアンナさんを苦しめたのは、こちらによく神様が降りられるためでは?」
うぅん?
ちょっと怪訝な顔をすると、ロマノフ先生がはっとしてこちらを見る。
エルフの耳は地獄耳。ロッテンマイヤーさんのゴニョゴニョが聞こえていたようだ。
ロマノフ先生も私に顔を寄せて、ゴニョゴニョする。あまりにも顔がいい。
「ありえますね。屋敷に続く道も含めて、屋敷ごとご座所のようになっているなら、さぞやデミリッチには命の危険を感じたことでしょう」
「ご座所……あ!」
そうか。
神聖魔術は神様の力をお借りして、歪んだ生死の理を正す魔術。
ご座所ってことは神様のご威光、ようするに神聖魔術の源のような力の満ちた場所だ。
さぞやデミリッチには居心地が悪かったろう。
真綿でじわじわ絞め殺されている気分を味わうことに耐えきれず、自分の依り代を放棄して逃げようとしたか、耐える力を欲してアンナさんを取り込もうとしたのか。
どちらにせよ、隠蔽する魔術が解けてアンナさんに呪いが降りかかってしまったんだろう。
ともあれ、今回の下手人は確定かな。
だけどいずれにせよ言えることがある。
やられたら、百倍返しだ!
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら、幸いです。
昨日付けの活動報告にて書籍第三巻の情報を上げております。
よろしければそちらもどうぞ。
 




