地雷地帯でスケルトン・ダンス
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は6/15の月曜日です。
咄嗟。
それ以外でもなんでもなく、首に巻いていたマフラーを外して魔力を込めると、長く伸ばしたそれを鞭のようにしならせ、こちらに走ってくる小さな影目掛けて投げられた、どす黒い稲妻に叩きつける。
バチバチと私の魔力とデミリッチの魔力がぶつかって、眩しいほどの衝突の末、押し勝ったのは私のマフラーだった。
流石タラちゃんが作ってくれた毛糸で編んだマフラー。
でもそれだけでは終わらせない。
返す刀……じゃなくて、マフラーを骸骨の顔面に全力で叩きつけて、デミリッチが吹っ飛んで大きな木の幹にぶつかるのも気に止めず、白骨の顔面に布を巻き付けてギシギシと頬骨を軋ませながら吊り上げた。
見事なネック・ハンギング・ツリーだと、「俺」が心の中で唸る。
もっとも、吊ってるのは首じゃなくて顔だけどね!
デミリッチは苦しそうに足掻いて、身悶えてるけど、姫君仕込みの技がそんな程度で解ける訳がない。
「にぃにー!」
砂埃の正体はレグルスくんで、私が骸骨を縛り上げている間にこちらに来たらしく、ぴったり腰に引っ付いてきた。
その後ろから、ラーラさんと奏くんが走ってきて、ぜえぜえと乱れた息を整えていて。
「ラーラ……!」
「ご、ごめっ! ひよこちゃんにっ……抜かれ、ちゃったっ……!」
「ひよさまっ……はしんのっ……っやすぎっ!」
どっと座り込む二人。レグルスくんも私の腰で、息を整えてるし、全力疾走してきたんだろう。
引っ付いてくるレグルスくんの頭を撫でると、ぎゅっと裾を掴む小さな手に力がこもった。
「危ないことしちゃ駄目だよ?」
「だって……にぃに……ジャヤンタがおばけでたって……」
「うん。心配してくれたんだね、ありがとう」
レグルスくんがぐしゅっと鼻水を啜る。
あとでお話するとして、今は安心させるのが先決だ。ぎゅっと手を握ると、「大丈夫だよ」と声をかける。
ぱぁっと涙と洟で汚れた顔を輝かせて頷くのが可愛い。
ついついつられて笑うと、ヴィクトルさんがおずおずとデミリッチを指差した。
「あのさ、あーたん。滅茶苦茶デミリッチの骨が軋んでるんだけど……」
「あのまま締め上げてたら、顔面複雑骨折で昇天しちゃいますよ?」
「えー? なんのことでしょー? 私、解んないなー」
苦笑するロマノフ先生の言葉に、思い切り棒読みで返す。
ミシミシとかギシギシとか、今にも折れそうな音がするけど、きっと枯れ木か何かだ。
知らん顔を決め込んでいると、苦く笑っていたヴィクトルさんの表情が少し変わる。
「あーたん、悪いんだけど顔面拘束から全身拘束に変えてくれるかな? なんかおかしなものが見える」
「解りました。でも、おかしなものって?」
「なんだろう、ステータスが二重に見えるんだよね」
言われた通りに顔面拘束から、身体全体の拘束に切り替えると、ヴィクトルさんはデミリッチをじっと目を凝らして見つめる。
暫くして、瞬きを一つ。ヴィクトルさんの眉間に深いシワが出来た。
「デミリッチの中に取り込まれてるひとがいる」
衝撃的な言葉に、私もロマノフ先生もラーラさんも奏くんも、声がでない。
レグルスくんは分かっているのかいないのか、小鳥のように首を傾げる。
「なかにだれかいるのー?」
「そうみたい」
「一体何の目的で……?」
「さぁ? 中の人を解放したら解るんじゃない?」
尋ねた私に「僕には解んないよ」とヴィクトルさんが肩を竦めるけど、もっともだ。
それなら中の人を解放すればいいだけなんだけど。
「僕、神聖魔術使えないんだよね」
「へ?」
「あれはね、生えるのに条件がある魔術なんだ。僕は残念だけど、その条件を満たさない」
「だからヴィーチャが世界一の魔術師だって、言い切れないんですよね」
「まあ、こればっかりはね」
飄々としたヴィクトルさんと対照的に、ロマノフ先生は凄く残念そうだ。
つか、ヴィクトルさんは使えない神聖魔術が、なんで私に生えてるの?
訳の解らなさに首を捻っていると、デミリッチが肉のない口をガチガチと鳴らす。歯の根が合わないとでもいうような感じだ。
ロマノフ先生が顎を撫でて、片眉を上げた。
「困りましたね。このままデミリッチを倒すと、中の人を殺すことになるかもしれない」
「アリョーシャ、桜蘭かどっかから神聖魔術が使える人連れてこれないの?」
「デミリッチを浄化出来るような人は、桜蘭でも一握りです。そういう人物は大抵偉い人なんで、無闇に『ちょっとおいでください』なんて出来ませんよ」
それは困った。
だけど、中に人がいるのが解っていて見殺しにすることなんて出来ない。
何か、何か出来ることはないかな?
大体、浄化ってどういうことだろう?
前世で死者を悼む時は、お坊さんという神官さんがお経とかいうものを読んだり、神主さんや神父さんという、これまた神官さんが鎮魂の儀式をしてた。
鎮魂、つまり魂を鎮める。
浄化もそういう事なのかな。
うーん。
唸っていても良い考えは浮かばない。
だいたい、私が出来ることなんて歌うことくらいだし。
そう言えば神父さんっていう神官さんがいる宗教には、神様を讃えて死者を悼む歌があったような……。
そこまで考えてはっとする。
そしてマフラーを握りなおすと、お腹に力を入れて喉を開く。
すうっと息を吸い込んで、私は最初の一音を紡ぎ出した。
たしか、前世ではゴスペルと言われていた音楽で、有名なのはその宗教の贋シスターが音楽の力で廃れた教会の息を吹き返させるというミュージカル映画で使われたやつ。
私が歌い出したのは、その映画の二作目で、劣等生の烙印を押された高校生たちが再起をかけて、同級生たちの前で歌った曲だ。
タイトルは「幸せな一日」という意味だったように思う。
神が人間の罪を洗い流し浄められた良き日、神は祈ることと闘うことを人間に教えたもうた……。歌詞はそんな感じの。
だけど、これ効くのかしら?
そんな風に思うから、映画の記憶をなぞるように、最初は小さな声で。だって自信ないし。
すると「お!」っと驚きの声が上がった。
「若さま、効いてるっぽい!」
「本当だ。あーたん、そのまま頑張って!」
チラリとマフラーでグルグル巻きにした骸骨を窺うと、何故か全身から黒い煙が上がっている。
だ、大丈夫なの、あれ?
兎も角、そのまま頑張れっていうから続けよう。
今度は少しだけ声を大きく。
あの映画の高校生たちも、徐々に自信を持って声を出していったんだもん。
そうして歌いながらデミリッチの様子を見ていると、その輪郭が二重にぼやけてきて。
ラーラさんとロマノフ先生が叫ぶ。
「中の人が見えてきたよ! 分離が始まったみたいだ!」
「鳳蝶君、もう少し魔力の出力を上げてください!」
ガクガクと骨が揺れる。苦しみ悶えるような仕草に、私は周囲を見回して頷くと、ぐっと腹と脚に力を入れた。
サビだ。
最初の一音を喉から出すのと同時に、マフラーに流す魔力を増やす。
それはもう、さっきまでのが小雨だったら、今度は集中豪雨かってくらい。
ドコドコと曲の盛り上がりに合わせて魔力を注ぐと、デミリッチが激しく暴れだした。それを奏くんとラーラさんがマフラーを弓で射抜いて、近くの太い木幹に縫い止める。
クライマックス……なんだけど、なんだか物足りない。
だって映画の中では合唱してたんだもん。
その記憶を知ってるだけに、歌に迫力がない気がして。
ちょっとモニョっていると、レグルスくんが首から掛けているひよこちゃんポーチと奏くんの鞄がピカッと光った。
「やー! れーのひよこちゃん、どこいくのぉ!?」
「うぉ!? 鞄が勝手に開いたー!?」
二人のマジックバッグから、陣取りゲームに使っている駒がわりのひよことシマエナガの編みぐるみが、次々と飛び出して来た。
そして木に縫い止められたデミリッチの前に規則正しく整列すると、私の歌に合わせてチィチィぴよぴよ歌い出す。
なんでや……!?
いや、もう、気にしてる場合じゃないか。
デミリッチの身体が光に包まれて、その禍々しい身体が透明になっていく。その反対に、中に取り込まれていた人の輪郭がはっきりしてきて、質量もしっかり感じられるようになってきて。
「にぃに、がんばって!!」
レグルスくんの声に押されて、最後の一音に力を込める。
腹の底から出した声は、森のなかに大きく響く。
それに合わせて合唱していたひよことシマエナガの編みぐるみも、万歳するように羽を天に突き上げた。
刹那、声にならない断末魔の叫びを上げて、デミリッチが空に溶ける。
後にはマフラーに巻かれた桃色の髪の女の人が、木の幹に縫い止められて項垂れているだけ。
気を失ってるようで、規則正しく肩が上下しているのが見える。
終わった。
膝から力が抜けて、思わずそこに座り込むと、ぴぃぴぃチヨチヨと編みぐるみ達が私を囲む。
もう、色々すっからかんだ。
「つ、疲れた……」
呟くと、急激に眠気が襲ってきて。
ダメだ、起きてなきゃ……起き……ぐぅ……。
お読みいただいて、ありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




